遂に開戦!運命の会長・副会長戦!!
翌日の放課後。遂に生徒会選挙最終戦、会長・副会長混合戦が開始されようとしていた。
『みなさん、こんにちは!本日はいよいよ生徒会選挙のクライマックス、会長・副会長戦です!長いようで短かった選挙戦も今日で最後!およそ1時間後には次期生徒会役員が決定します!!』
最終戦ということで、司会者もいつも以上に気合が入っているのだろう。普段は前フリもほどほどにテンポよく進行していくのだが今日ばかりは少ししゃべり過ぎではないか、と思うくらい熱いマイクパフォーマンスを見せている。
そして、
「磯子会長、頼みます!!」
「里奈ちゃーん!!」
「戸越―!絶対勝てよ―!!」
観客の方もこれでもかという程の盛り上がりを見せている。
さすが、国内屈指の学園の最高権力者を決める選挙。それも最終戦ともなれば凄まじい熱気だ。
やはり、この俺様が出場するとなれば、これくらいの盛り上がりは必要不可欠だな。
そんなことを考えている俺の傍らでは……
「や、や、やっぱり、む、む無理です!!だ、誰か代わりに……!!」
本日の主役の一人、生徒会長候補・目黒里奈が舞台裏の端っこで丸くなっていた。
「……とりあえず、落ち着け……」
安定のテンパり具合だ。自分が出ていない試合でもガチガチに緊張していた程だ。自分が出場する日、それもこの異様な盛り上がりの中緊張しないわけがなかった。
ここまでは、まぁ予想通りだった。だが……
「……誰か目黒落ち着かせるの手伝えよ……」
そう、今日は目黒の相手をするのが俺一人しかいないのだ。
いつもであれば全員がかりでなんとか目黒を落ち着かせるのが試合前の通過儀礼となっていたのだが、なぜか今日はみんなニヤつきながら距離を置いている。
「いやいや、さすがに付き合いたてのカップルのやり取りを邪魔するわけには、ねぇ?」
「そうよ。『彼女』が助けを求めてるんだから『彼氏』が何とかしてあげなきゃ、ねぇ?」
「戸越さん!ここは男の見せどころッス!!」
「このあわあわしている目黒さんも可愛いのでそのままで大丈夫です。」
昨日の告白現場を目撃されてからはずっとこの調子である。
「……いいから、手伝えよ……」
あの現場を見られたのはさすがに誤算だった。―まぁ、数日経てば収まるだろ……
溜息交じりにジト目を向けると
「仕方ないわね。」
そう言って、いつもメインで目黒を落ち着かせている浅田がこちらに歩み寄り、丸くなって座っている目黒と目の高さを合わせるようにしてかがんだ。
「目黒ちゃん。そんなに緊張しなくて大丈夫よ。」
ゆっくりと優しい声で頬笑みかける浅田。
「で、でも、もし私が、足引っ張ったりしたら……」
少し落ち着いてきたような気がする。やはり、目黒の緊張をほぐすのことにかけては浅田の右に出る者はいなさそうだ。
そして、このままいつも通り落ち着いていくのだと思った矢先……浅田の口の端が少しつり上がったような気がした。
「じゃあ、誰かと交代する?」
「……」
黙って俯いてしまう目黒。
「まぁ、もし交代するならその立場も交代することになるけど、いいの?」
「……」
「ここまで頑張ってきた生徒会長の座も……そして、戸越君の彼女の座も!」
「!!?」
浅田の言葉に目黒がバッと顔を上げ、浅田の方を見る。
そして、今度ははっきりと浅田の表情がニヤリと笑う。
「いやー、残念だね。せっかく好きな人と結ばれたのに。だけど、目黒ちゃん本人が交代してほしいって言うならしょうがないよね。」
浅田がこれでもかという程わざとらしく、嫌味ったらしく言いながら目黒をおちょくる。
目黒は再び俯いて黙りこくってしまう。
「おい、浅田。こんなことしても何の意味も―」
さすがに可哀そうになり、止めに入るが、
「―せんから。」
目黒の声が微かに聞こえてきた。
「ぜっったいに戸越さんは譲りませんから!!!」
目黒が頬をぷくっと膨らませて、ダダをこねる子供のように叫び、浅田を睨みつける。
どうやら、浅田の挑発を本気にしてしまっているらしい……
まさかの展開に沈黙が流れる。
―……怒った顔も可愛らしいなんて、とてもじゃないがこの雰囲気では言えないな……
そして、しばしの沈黙の後、
「そ、その意気よ!目黒ちゃん!!いやー、緊張もほぐれたみたいで良かったわ!!」
まさか、怒るとは怒っていなかったのだろう。予想外の展開に少し気圧され気味の浅田の表情も引きつっている。
「はじめから緊張なんてしてません。」
まだ頬をふくらませて、浅田を睨みつけている。
『どの口がはじめから緊張してません。なんて言ってんだ!!』という言葉をここにいる全員がなんとか飲み込む。
『それでは、本日の主役に登場願いましょう!』
舞台からは少し長めの前フリを終え、満足感漂う司会者が登場を促す声が聞こえてくる。
「さぁ、出番です。戸越さん、何してるんですか!早く行きますよ!」
「お、おう」
さっきまでおどおどしていた少女が嘘のような積極性である。
「が、がんばってね。」
引きつった笑顔で見送る面々。
そして、舞台に出る寸前のところで目黒は立ち止まると、
「はい、戸越さんと!二人で!頑張ります。」
『戸越』と『二人』のところをこれでもかという程強調し、満面の笑みを返した。
以前からちょくちょく顔を出していた目黒のヤンデレ気質な一面がパワーアップして完全に姿を現したようだ……
―……これから、この状態の目黒をブラック・目黒と名付けよう。
そう心に決め、俺も目黒の後に続いて入場した。
『さあ、本日の主役が出そろいました!』
「目黒ちゃーん!」
「磯子様―!!頑張って―!!」
「戸越―!頼むぞ!」
司会者と同時に観客からも一斉に歓声が鳴り響く。
「戸越、約束は覚えてるだろうな。」
「あぁ。ちゃんと覚えてる。まぁ、勝てば関係ないがな。」
約束―磯子とは、最初に生徒会室に呼び出され、宣戦布告をした際に、交換条件を出している。
『負ければ、俺は退学になり、その後の進路も磯子が決定権を有する。』―つまり、負ければ磯子のおもちゃ確定というわけだ。
「ふん、減らず口を。」
磯子は鼻で笑い、余裕の表情を浮かべている。
「戸越!お前ごとき、会長の手を煩わせることなく、この僕が蹴散らしてやろう!」
磯子の横に立っている短髪の男が話しかけてくる。
確か現副会長の……最近存在感が薄かったせいか、名前が出てこない……。
さすがに名前を覚えてないのは不憫だ。頑張って思い出してやろう。
最初の字は、確か“大”だったはずだ!大田……いや、違う。大井……これも違う。
不意に俺の視界に客席の生徒が持っていた応援の幕が入ってきた。
『絶対勝利!磯子会長・大黒副会長!!』
「ぜいぜい頑張ってくれ、“おおぐろ”。」
「“ダイコク”だ!!―クソッ!舐めやがって!!」
……まぁ、誰しも間違いはある。仕方がない。
「それにしても小者感が凄まじいな……」
「何が小者だ!だいたい―」
『それでは、待ちに待った会長・副会長戦を開始します!』
司会者の声に遮られてしまうとは……敵ながら少し哀れである。
『ここまで、投票前に能力勝負を設けておりましたが、今日はありません!勝負内容はいたってシンプル!“演説と討論”です!』
ワーッと客席から歓声が起こる。
『両陣営の会長にはそれぞれ交互に演説を行っていただきます!そして、その演説を聞いた上で、4人には質疑応答および討論をしていただきます。最後にその討論を踏まえた上で全校生徒による投票一発勝負で勝者を決めていただきます!』
―勝負のカギはやはり討論だな。
俺は隣に目を向けると、目が合った。
先ほどまでのブラック化は終了したのか、再び不安そうな表情で目黒がこちらを見上げる。
「心配するな。俺を信じろ!―それと、今日はお前にかかっている。」
「は、はい!」
目黒の表情はやはり、緊張で固いままだが、その目にはもう不安感はなく、覚悟で満ちている。
―これでいい。今日に限っては無理して緊張を解いてやる必要はない。
『今回に限っては能力勝負がないため、純粋な票数のみで勝敗が決まります。純粋な投票を行っていただくために、これまでに皆さんが結んだ契約は一旦破棄。つまり、投票権をはく奪されている方々も投票可能です!そして、機密性の確保のため、投票箱の前で投票用紙を受け取り、その場で記入していただきます。もちろん、選挙管理委員も投票用紙を渡したら後ろを向き、誰の名前を記入したか分からないようにします。―少し時間はかかりますがご了承ください。―以上が今回の詳細ルールになりますが、何か質問はありますか?』
事前に知らされていた内容と大差はないか。
「特にないな。」
「わ、私もありません。」
「俺もない。」
「僕もない。」
『それでは全員OKとのことで、早速始めましょう!―まずは会長候補による演説です!先攻は現生徒会長・磯子会長です!!』
俺達は係員の指示に従い、演説をする磯子以外はステージの端にある椅子に座らされた。
そして、磯子はステージの中央に立ち、マイクを握る。
『磯子会長、準備は良いですか?』
『問題ない。』
磯子の声がマイク越しに聞こえてくる。
『持ち時間は一人1分!それでは、スタート!!』
司会者がスタートをコールし、会場中が息を飲んで、磯子が話し始めるのを待つ。
磯子は一つ、深呼吸をすると
『改めて、現会長の磯子仁だ。』
遂に、演説が開始された。
『まず最初に、俺は今のこの学園を大きく変えるつもりはない。』
やはり、保守的な意見できたか。ここまでは予想通りだ。
『なぜなら、現時点でこの王政学園は既に大きな成功を収めており、各方面からのも高評価を受けているからだ。そして、この結果にはシビアな結果主義による学園内での競争化、さらに学園の風紀を乱すものへの厳しい厳罰による統制等この学園独自のやり方が大きく貢献していると考えている。』
まぁ、保守派の意見としては妥当なところだろう。
『しかし、一方で一部の生徒から不満の声が上がっているのも把握している。だが、俺はあえてこの不満に対して大きな変革は行なわない。なぜなら、どんな状況においても不満が完全になくなることはあり得ないからだ。一つ不満が無くなればまた別の不満が噴出する。まさに同道巡りだ。そんなことに労力を割いたところで何も生まれない。そればかりか、今までより退化し、学園全体が衰退する可能性すらある。お前達はそれを踏まえた上で自由が欲しいとか、もっと自分達の意見を取り入れろとか言うつもりか?』
生徒達は黙ったままではあるものの、反応は様々である。
黙って頷く者、俯いて自分の考えを改めようとする者、反抗的な目でステージ上の磯子を睨みつける者等多種多様な反応を見せている。
『誰よりもこの王政学園の更なる栄光と皆の明るい将来を願う身としては、今まで通りのやり方をベースに続けていきたいと考えている。そして、俺は再び自らが先頭に立ち、学園のため、皆のために誠心誠意励んでいきたいと考えている。―後悔はさせない。どうか、再び俺についてきてはくれないだろうか!お前達が正しい選択をしてくれることを信じている。』
そう最後に締めくくって、一礼する。
直後、
「磯子会長!俺はあなたに付いていきます!」
「磯子様―!!」
「僕も自分の愚かさに気付きました!」
自分の声が聞こえないくらいの大歓声に包まれた。
「ふん、まぁ俺にかかればこんなもんだ。」
磯子が、マイクを司会者に返し、舞台の端っこに立つ俺達の方にドヤ顔で歩み寄ってきた。
「別に。まぁ、お前のような雑魚にしては頑張ったんだろうがな。」
「貴様!会長に向かってなんて無礼な!!」
「大黒、放っておけ。こいつの減らず口を聞けるのも残り僅か何だからな。」
余程、演説に手ごたえを感じているのか、磯子は余裕の態度だ。
『磯子会長、ありがとうございました。それでは、続きまして、新会長候補・目黒里奈さんです!!』
司会者に呼ばれ、目黒が緊張の面持ちでステージ中央に歩きだす。
「目黒、お前に任せる。好きなようにやってこい!」
笑顔で送りだしてやると
「は、はい。」
振り返り笑顔を見せるものの、緊張のせいか引きつっている。
―だが、これでいい。あとは目黒次第だな……
『それでは目黒さん、準備はいいですか?』
『は、はい!』
マイク越しに少し上ずった声で返事をする。
『それでは、制限時間は先ほどと同じ1分間!―スタート!』
『み、みなしゃん、こ、こんにちは!』
いきなり噛み噛みの挨拶からスタート。
「里奈ちゃーん!がんばれー!」
「目黒さん、可愛い!」
「頑張れ―!」
先ほどの磯子の時とは違い、みんな笑顔交じりの応援が飛び交う等、和やかな雰囲気で始まった。
『す、すみません!……』
キーン
勢いよく謝罪するが、音量が大き過ぎたのか、マイクから甲高いノイズが響きわたる。
そんな微笑ましいハプニングに会場からは笑い声も聞こえてくる。
ふと、目黒がこちらを見る。
目が合った俺は真剣な目で黙って頷いてやる。
目黒も小さく頷くと、再び前方を見据え大きく深呼吸をする。
『し、失礼しました。……改めまして生徒会長候補の目黒里奈です。』
今度は比較的落ち着いた調子で話し始める。
いつもの目黒であれば、ここからさらにパニックに陥り、自力では復活できなくなるパターンだが、少なくとも今日に限ってはその心配はあまりしていなかった。
―よし、大丈夫そうだな。
『わ、私は一人一人の気持ちが尊重されて、誰も嫌な思いをすることのない学園にしたいと思ってます。』
目黒が話し始め、先ほどまで明るくざわざわしながら聞いていた生徒達が静かになり、真剣に聞き始める。
『も、もちろん、「そんなの綺麗ごとだ」と言う方もいらっしゃると思います。―それでも、私はそんな学園を作りたいんです!みなさんの中にもきっと、私と同じ気持ちの方がいらっしゃると思います。』
『で、でも、わ、私は磯子会長や戸越君、それから他の新生徒会候補の皆さんと違って、大して優秀だというわけではありません。―私一人では学園を変えることはできません!学園全員でより良い学園を作るために……ど、どうか、私に力を貸してください!!』
勢いよく、深く頭を下げる目黒。
そして、一瞬の沈黙の後、
「里奈ちゃーん!一緒にガンバロー!!」
「俺も協力するよー!」
「目黒ちゃん、可愛い!」
先ほどの磯子に負けず劣らずの大歓声だ。
そして、頭を挙げた目黒はやはり声援には慣れていないのだろう。顔を赤くして俯いたまま足早に司会者にマイクを返し、俺達が立っているところに戻ってくる。
その姿に再度「可愛い!」という歓声が男女関係なく巻き起こる。
「よかったぞ。お前のおかげで前半戦は互角だ。」
そう言って、戻ってきた目黒の頭にポンと手を置くと
「あ、ありがとう、ございます……」
さらに顔を赤くして照れながら、上目遣いでおそるおそるこちらの顔を窺ってくる。
『目黒さん、ありがとうございました!―ここまで歓声の大きさを聞く限り、ほぼ互角のようです!』
「チッ!」
司会者を挟んだ隣では磯子が小さく舌打ちするのが聞こえた。
目黒の演説がここまで支持されるとは思っていなかったのだろう。先ほどまでの余裕の態度は最早ない。
『さて次はいよいよ、会長・副会長混合の質疑応答および討論に移ります!』
―ここからが本番だ。ここまでは予定通りにいっている。あとは奴らが上手く罠にかかってくれれば……
『両陣営参加者はこちらの席についてください。』
アシスタントに促され、俺達4人はステージ上に用意された長机に向かい合わせに座らされた。
席順は左奥に俺、隣に目黒、俺の向かいに大黒、そしてその隣に磯子という順である。
『それでは、これからみなさんにはあるテーマに沿った討論・質疑応答をしていただきます。―そして、そのテーマとは……「誰がこの学園の生徒会長・生徒会役員にふさわしいか」です!』
―テーマがあるのは予想外だったが、まぁ特に影響はなさそうだな。
『泣いても笑ってもこれが投票前最後の戦いになります。4名とも準備はよろしいですか?』
「なんでもいい。早くはじめろ。」
「そうだ!良い加減待ちくたびれたぞ!」
相手方は少し予定が狂ったのか、イライラした様子で開始を促す。
「俺もかまわんぞ。」
「は、はい。私も大丈夫です。」
今度は目黒も割と落ち着いているようだ。
『それでは、時間は15分!……スタート!!』
そして、遂に最後の戦いのゴングが鳴らされた。




