磯子、最後の反撃
「私にかかれば、あんな勝負朝飯前だったわね!圧勝よ?圧勝!?あんた達、もっと私を崇め奉りなさい!ほほほほっ!」
いつもの資料室には鈴森の上機嫌な高笑いが鳴り響いている。
先ほどまで行なわれていた会計戦の勝利の高揚感が続いているらしい。
それに関しては大変喜ばしいことだし、感謝もしている。しかし……
「……おい、もうそろそろ落ち着けよ。もう1時間以上この調子だぞ……」
他のメンバーも最初は鈴森の圧勝劇に一緒に歓喜し、鈴森に賛辞を送っていたのだが……
体育館からこの資料室に戻ってきて1時間以上が経過した今、依然止まることのない鈴森の自慢に疲れ切った苦笑で返すのがやっとの状態になっている。
「何よ!いいじゃない!今日は私のおかげで勝てたんだから!!」
鈴森はまだ祝福され足りないのか不満顔である。
「あ、あの……今回の勝利は戸越さん達のおかげでもあるんですが……」
目黒がかなり言いにくそうに、加勢してくれた。
今まで鈴森のあまりの喜びようになかなか言い出せなかったことが次期生徒会長候補の口からついに飛び出した。
「うっ!」
鈴森も自覚はあるのだろう。言葉に詰まっていると、
「そうですね。正直今回の勝利の半分は戸越君達裏方のおかげですね。」
「そうね。戸越の案がなかったら少なくとも投票では勝てな勝ったわけだし。」
「っていうか、ほとんど戸越さんのおかげだしな。」
他のメンバーもここぞと言わんばかりにたたみかける。
「た、確かにそうなんだけど……いいじゃない!少しくらい……」
「「「少しならな(ね)!!」」」
気まずそうに、少し小さくなりながらもまだぶつぶつ言っている鈴森に対し、他の全メンバーからトドメの一言が突き付けられた。
「……すみません。少し調子に乗ってました……」
鈴森が普段から小さい体をより一層小さくして、いたずらが見つかったことものようにバツが悪そうに謝る。
「で、でも実際鈴森さんのおかげでもありますし!」
そんな鈴森の姿がいたたまれなくなったのか。目黒が救援を出す。
「―そうよね!私のおかげでもあるわけだし―」
「「「おい!」」」
すぐにまた調子に乗ろうとするが、再び全員から口撃を受け再び小さくなる。
こいつを見ていると近所の生意気な小学生を思い出すな……
「でも、本当にどうやってもう一度支持者を集めたんですか?」
ずっと鈴森と行動を共にしており、俺達の裏小作について詳しく知らない目黒が問いかけてきた。
「ああ、それについては―」
ガラガラ
俺が説明しようとした瞬間、ノックもなしに教室のドアが開かれ一人の生徒が入ってきた。
「その話、俺達にも聞かせてもらおうか。」
「なんだよ。盗み聞きか?しかも一人なんて珍しいじゃねぇか。」
教室に乱入してきた男―磯子仁―と睨みあう。
「お前を問い詰めようとここに来たら丁度その話をしていただけだ。いいからさっさと話せ。」
「構わん。説明してやる。」
「「「「えっ!!」」」」
俺が即座に了承すると、他のメンバーからは驚きの声が上がった。
「と、戸越さん、いいんですか?その、磯子会長に話してしまって……?」
目黒がみんなの気持ちを代弁するように問いかける。
「大丈夫だ。心配するな。」
俺はそっと目黒の頭に手を置いて諭すように言う。目黒は急に頭を撫でられ驚き、顔を真っ赤にして頷いた。
「ほう。頼んでおいてなんだが、まさか即答するとはな。まさかまだ奥の手を用意してるのか?」
口では驚いた風に言っている磯子だが、その様子は全く動じていない。
「別に。説明してもしなくても状況は変わらんからな。既に詰んでるんだよ。―磯子、お前がここに来たのもそれが分かってるからだろ?」
磯子に意味ありげな視線を向ける。
「―なるほど。やはりそういう状況か。まあ、構わん。さっさと説明しろ。」
俺の指摘にも動揺することなく改めて説明を求めてくる。
どうやら、磯子の方もこの状況は理解できているらしい。―自分達とこちら側の戦力差が、そして自分達がここから逆転するのが厳しいということを……
「じゃあ、説明してやろう。まず、最初に言っておくが、別に俺達は裏切った支持者を再び獲得したわけじゃない。ただ、裏切り者を排除しただけに過ぎん。」
「「「えっ!?」」」
裏工作について知らない目黒、鈴森、芝浦の3人は驚きの表情を見せた。
一方磯子は既に分かっていたのか、全く驚いていない。
「最後のスコアを見れば一目瞭然だ。最終スコアは340対130.ここから能力勝負のポイントを差し引くと240対130だ。二人の投票数を合わせても全校生徒の3分の2程度しかいない。」
「あっ!!」
ようやく裏方以外の3人も状況を把握する。
「そんなことは分かっている。俺が知りたいのはどうやって支持者の中から裏切り者を見つけ出したかということだ。本来ならこの期間内に見つけ出すのは不可能なはずだ。」
よほど、この結果に納得がいっていないのだろう。磯子が説明を急がせる。
「磯子の言った通り、正攻法で見つける手段はあるが、それにはどんなに急いでも一カ月以上はかかる。当然この本選挙の期間中には間に合わない。―だが、こいつを使えばどうだ?」
俺は自分の目の前にある物―パソコン―を指さしながら言った。
「ど、どういうことですか……?」
目黒が聞き返す。
「まず、そもそもこいつらがどうやって俺達から支持者を奪ったかを説明する。こいつはメールで俺達の支持者のうち少しでも脈がありそうな奴らに俺達を裏切り、自分達に付くように呼び掛けた。そして、そのうちのほとんどが寝返ったってわけだ。メールなら秘密裏に支持者達と交渉できるし、直接会って交渉するより効率的でバレる可能性も低くなる。しかも、メールなら形が残るから契約書の代わりにもなり得る。」
「しかし、そのメールが本当に磯子会長や他の生徒会から送られていると信じる生徒ばかりではないと思うのですが……」
俺の説明に芝浦が口を挟む。
「確かに。―だが、送信元のアドレスが生徒会のアドレスならどうだ?」
「!!」
磯子に視線を向けると先ほどまで全く動揺していなかった顔が驚きを隠し切れていていない。
「生徒会室は厳重に閉ざされていて、セキュリティも万全を期している。これは、この学園の生徒なら誰しもが知っているはずだ。そして、全校生徒への緊急メールが生徒会から配信されるため、生徒会のパソコンには全校生徒のアドレスが登録されているし、生徒達もそのアドレスが生徒会のものだということを知っている。―信じる生徒は多かっただろう。」
「―だが、それが分かったところでどうやって裏切り者達を見つけ出した!?俺は自分が送ったメールはすべて完全に削除しているし、この短期間では生徒達のメールをすべて見るというのは不可能だ。」
「別に特別なことは何もしてない。―俺はただ生徒会室のパソコンの送信履歴を復元させて裏切り者の生徒を突きとめ、裏切り者の生徒達に再び俺達に協力するように仕向けただけだ。」
「なに!?」
磯子が驚愕の表情を浮かべる。もはやそこには先ほどまでの余裕は一切ない。
「それは不可能なはずだ!先ほどお前が口にした通り、生徒会室・およびパソコンの席竜ティは完璧だ。それに万が一に備えて俺は送信履歴をすべて削除している。お前が付きとめられるわけがない!!」
「そんなに取り乱すなよ。さっきから言っているが俺は何も特別なことはしていない。俺はただ生徒会のメールアカウントを乗っ取り、裏切り者達と交渉していただけだ。」
「!!なんだと……!?」
磯子はこれでもかという程鋭い目で俺を睨みつける。
「信じられないか?まあ、当然だよな。―だが、これが事実だ。」
俺はその鋭い視線に勝ち誇った余裕の表情で返す。
「馬鹿な!!この生徒会のセキュリティは一流のハッカーが組み立てたものだぞ!!パソコンの専門家でもないお前が破れるわけないだろ!!一体どんなトリックを使ったんだ!!」
磯子は予想外の返答に憤慨している。よほどセキュリティに自信を持っていたのだろう。未だ俺の言葉を信じていない。
「だから言ってるだろ。俺は特別なことは何もしてないって。俺がやったことを簡単に説明してやる。まず、浅田に頼んで新聞部のパソコンをすべて貸し切り、さらに『普通に』ハッキングして生徒会のメールアドレスを乗っ取った。そして、乗っ取った後は俺と浅田、そして荏原の3人で裏切り者達との交渉を行い、今回の裏切りを不問にしてやる代わりに今後の選挙では記名して投票するように伝えた。―たったそれだけだ。」
記名することによってその投票用紙は無効票となる。―相手が選挙管理委員会と繋がっていると考えると、選挙を辞退させると投票用紙が余ってしまい、選挙管理委員会に不正をされる恐れもあるからな。
したがって、会場には前回と同じくらいの人数が集まっていたにも関わらず、投票数は400未満になっていたというわけだ。
俺は説明を終えるとニヤリと笑みを湛え再び磯子に視線を送る。
「―くっ……そんなことができるわけ……」
「やれやれ。まだ理解できないか……確かに俺はパソコンの専門家でもないし、生徒会のセキュリティは相当なものだった。普通の奴ならハッキングなんて不可能だ。―だが、俺は『普通』じゃない。『天才』だぞ。」
「!?」
「この天才たる俺に出来ないことなんてあるわけないだろう?―それがたとえ専門外のことでも、一見不可能だろ思われることであろうと『普通』にできてしまうのが『天才』―つまり俺のことだ。」
「……」
最早磯子に言い返す気力はないらしい
「何度も言うぞ、磯子。―これが現実だ!」
磯子は俯き、唇をかみしめ、ただ黙って佇んでいる。
しかし、
「……なるほど。今回は俺の負けのようだ。認めてやろう。お前が俺以上の天才だということを!」
磯子が顔を少し上げ、俺を睨みつけながら怒りを押し殺すように話す。
「そんなこと最初から分かってたことだし、お前に認められたって全く嬉しくないんだがな。」
「だが!選挙はまだ終わってない!最後に勝つのはこの俺だ!!」
「まあ、諦めないのは勝手だが、改めて言ってやる。―お前らは既に詰んでる。」
しかし、磯子は不敵に口の端を釣り上げ、
「ならば俺も改めて言ってやろう。―そこにいる女は不要者だ。―そんな足手まといがいて俺に勝てると思うなよ!」
磯子は視線を目黒の方に向ける。
「!?」
目黒はその不敵な視線にビクつき怯えてしまっているようだ。
「……おい、もう一回言ってみろ!!」
磯子の言葉に自然と怒りがこみ上げ、自分の感情を制御するので精一杯になる。
「何度でも言ってやる。この女は不要者だ。俺達はそこを利用して勝つ!―最後に笑うのはこの俺だ!!」
そう言って磯子は踵を返し、教室から出ていった。
「クソッ!」
俺は怒りの矛先を失い、自分の机を殴り八つ当たりすることしかできなかった。
その様子に他のメンバーから、気まずい雰囲気が流れた。
特に目黒は当事者なだけに居心地悪そうに小さく俯いている。
先ほどまでのにぎやかな雰囲気から一転、教室内は何とも言えない沈黙に包まれていた。
翌週の放課後、予定通り書記戦が行なわれた。
先週の一件があって、俺達は磯子達が何か仕掛けてくるのではないかと勘繰り、徹底的に調査したが、その痕跡は見つからなかった。
そして、書記戦中にも特に何も起きることなく、予定通り合計320対120で芝浦の勝利に終わった。
「なんか意外とあっけなかったわね。」
「てっきり磯子達が何か仕掛けてくると思ったんだが……」
浅田や荏原が拍子抜けの様子で感想を述べる。
正直、俺も同じ気持ちだ。先週磯子が俺達の部室を訪れて以来、現生徒会側には何も動きはなかった。てっきり、今日何らかの動きをするのかと思ったが、どうやらそれも杞憂に終わったらしい。
「まあ、無事勝てたのですから良しとしましょう。これで私たちはリーチをかけたわけですし。」
芝浦は淡々と、冷静に現状を述べる。
芝浦の勝利で俺達はトータル2対1としている。全部で5戦なわけだからあと1勝すれば俺達の勝ちだ。
そして、次のカードは
『さて、次週の対戦は副会長戦!大黒現副会長VS戸越副会長候補です!!』
先ほどまで書記戦が行なわれていたステージから司会を務める選挙管理委員会の声が響いている。
「次はこの俺の出番だ。万に一つも負けるわけがない。」
俺は当然のように言い放つが、
「なんかそれ負けフラグっぽいんだけど……」
「なんか縁起悪いわね……」
「なぜでしょう。普通に負けそうな気がするんですが……」
目黒以外の女性陣からは不吉な言葉しか返ってこない……
―……やれやれ、いつも間にか皆揃ってツンデレ属性を身につけているとは……。
「俺は別にツンデレ好きではないんだが?」
「いや、別に普通に感想言っただけなんだけど……」
「っていうか、みんなあんたに好意がある前提で話してるのよ!」
「普通に不愉快です。」
なぜだろう。行動を共にするうちに俺の扱いがどんどん雑になっている気がするんだが……
まあ、しかし、
「おい、目黒。こいつら最近俺に対する礼儀がなってないんだが!お前からも何とか言ってやれ!!」
隣にいた目黒に助けを求める。しかし……
「……そんなに他の女の子に好かれたいんですか……?」
頬を膨らましジト目を向けてきた。
―天才はいつでも孤独な者だ。……どうやらここに俺の味方はいないらしい……
俺が、一人天才の宿命を感じていると、
『すみません!みなさんに緊急の連絡があります!』
再度、司会者からアナウンスが流れた。
「なんだ?もう今日の選挙は終わりじゃないのか?」
「さあ?何かあったのかしら……?」
会場もざわざわとして、戸惑っているらしい。
『それではこれより、会長からお話があります。―磯子会長、お願いします。』
ステージを覗くとそこには司会者の女ともう一人―生徒会長・磯子仁がマイクを受け取ろうとしていた。
―あいつ、今さらどういうつもりだ……
『改めて、会長の磯子だ。お前達には今回の選挙について話しがある。―選挙のルール変更についてだ。』
「な、なんだと!?」
―この期に及んでまたルール改正とは……
「おいおい、またルー変更かよ!」
「一体何度目だと思ってるんだよ!」
会場からは当然不満の声が噴き出す。しかし……
「「「!!」」」
ステージ上の磯子が一睨みすると、その圧力に気押され押し黙る。
『説明を続けるぞ。ルールの変更点は次の二つだ。①会長・副会長戦を混合で行う。②s会長・副会長戦に限って、今まで各生徒達と交わした契約は対戦中一旦破棄する者とする。―以上だ。何か質問があれば受け付けるぞ。』
そう言って磯子は会場を見渡すが誰も答えない。しかし、
「一つ質問だ。」
会場中の視線が一か所―俺―に集まる。
『何だ?言ってみろ。』
「このルール変更、俺達にとって明らかにメリットがないんだが、なぜ俺達が無条件で受け入れなければいけない?」
会場中が磯子の回答を静かに待つ。
『それは、これが生徒会長と副会長を決定する選挙だからだ。』
「どういう意味だ?」
『お前らは何か勘違いをしているかもしれないが、別にこのルール変更は俺達が有利になるようにするための物ではない。―今回のルールは会長と副会長の適正能力を測る上で最も適したルールに変えただけだ。』
「……」
『戸越、生徒会長と副会長に必要なものは何だと思う?』
「会長には学園全体のことを考え、行動できる思慮深さと行動力、そして統率力。そして、副会長には会長を支えるサポート力だ。」
俺が迷わず答えると
『まあ、副会長については大体正解だ。しかし会長に必要な能力はそれじゃない。会長に最も必要なのは―生徒に支持されることだ。』
―こいつ、どの口が言ってやがる……!
『それは買収や交渉等で集めた支持ではなく、純粋にその人物についていこうという本物の支持だ。それは副会長にも必要な能力だ。そして、二人は常に協力し合う必要がある。―故に会長・副会長戦では純粋な支持力の勝負、そして二人一組での勝負が望ましいと考え提案したんだが―何か問題でもあるか?』
説明を終えた磯子が見下したような余裕の表情をこちらに向けてくる。
『まあ、確かにあの見るからに足手まといの会長候補とペアではお前の勝ち目はないに等しいからな。お前が拒否したがるのは仕方がない。別にお前が自信がないというのであれば断ればいい。当初の予定通り次回は副会長戦を行う。』
そう言って、磯子は鼻で笑う。
―なるほど、そういうことか……。こいつは自分のとこの副会長では俺に勝てないことを悟り、タッグ戦に持ち込むことで自分の出番前に決着してしまうことを防いだ。
さらに、ここで俺が断れば暗に目黒がいると負ける可能性が増すということを認めたと取られかねない。たとえ選挙に勝ってもそれでは意味がない。
だが、一番気に入らないのは―こいつが目黒を足手まとい、不要者と見下していることだ!
それだけはどうしても許せない……!
「分かった。ルール変更を認めよう。―忘れているようだからもう一度言ってやる!『どっちが不要者かここではっきりさせてやる!!』目黒はお前が思っている程度の奴じゃない!!」
そう俺は磯子に言い放つと舞台裏に引き返した。
「戸越さん……」
舞台裏に戻ると、目に涙を溜め、申し訳なさそうに佇んでいた。
「安心しろ。俺がお前の価値・力を証明してやる。―俺に任せろ!」
力強く言うと目黒は
「……はい。そうですね。ありがとうございます。」
そう言って力なく笑った。―気のせいだろうか。その笑顔はどこか寂しげな感情がこもっていたように感じた……




