買収騒動会見~本選挙前の大勝負!~
放課後、体育館には既に100人以上の生徒がきちんと整列して座っており、出入り口からはまだまだ生徒達が入室してくる。
俺達新生徒会候補一同は、昼休みに浅田の説得という重大ミッションを完遂させ、本日のメインイベント・『買収騒動の会見』に挑もうとしている。
ついさっき、選挙管理委員会からこの会見があったばかりのはずなのに、どうやらほとんどの生徒が参加しているようだ。
「と、戸越さん!あ、あんなに人が……。本当に大丈夫なんですか!?」:
俺達の待機所であるステージ裏からこっそり会場の様子を窺っている生徒会長候補・目黒里奈は不安そうな震える声で問いかけてきた。
「絶対大丈夫だ!―とは言えないが、勝算はかなり高い。―今回はちゃんと協力者も得られたしな」
そう言って、俺は少し離れたところに気まずそうに立っていた浅田の方に視線を向け、軽い皮肉をお見舞いしてやった。
「し、心配しなくても、今回は大丈夫よ!……あんた結構性格悪いわね。」
バツが悪そうに答えながらも、最後に一言反撃を加えるところはさすがである。(ちなみにジト目で睨んでくるおまけ付きだ。)
そして、そんな俺と浅田のやりとりを目黒はじめ、他のメンバーも不思議そうな顔で眺めている。
「すみません。そろそろ準備お願いします。」
そうこうしている間に、選挙管理委員会の生徒が呼びに来た。
「まあ、今回は俺と浅田に任せておけ。」
―ここでしくじれば俺達の負けは確定だ……やるしかねぇ!
俺は一人立ち上がり、全校生徒が待つ舞台へとゆっくり出ていった。
「この卑怯者!」
「せっかく応援してやってたのに……」
「納得するまで説明しろ!」
「っていうかもう退学でいいだろ!!」
ステージに出た瞬間、これでもかというほどのブーイングのあらしが俺一人に浴びせられた。まあ、これくらいは想定内だ。
「こんにちは。今日は忙しい中集まってくれて感謝する。」
俺がしゃべり始めてもブーイングは尚続いている。
「今日は、今朝の校内新聞で掲載されていた『中間投票での買収騒動』について説明し、みんなの意見を聞かせてもらおうと思う。」
生徒達の罵声はさらに激しさを増してきた。
―さあ、ここからが勝負だ。
俺は軽く息を吐いて自分を落ち着かせ、覚悟を決めた。
「俺はまどろっこしいのが嫌いだ。だから単刀直入に言う。―俺が高崎に生徒会当選後の部費の増額などを条件に生徒会選挙で票集めに協力してもらったのは―事実だ!」
予想外の回答だったからか、先ほどまで激しい罵声を放ち続けていた全校生徒達が一瞬静まり返る。
しかし、すぐさま再び会場はブーイングに包まれる。
「ごまかせなくなったからって、開き直ってるんじゃねえぞ!」
「まずは謝りなさいよ!」
「会長候補にも任命責任あるだろ!会長だせ!」
先ほどの静寂はどこへやら、本日一番のヒートアップを見せている生徒達ではあるが……完全に予定通りの展開だ。
そして、本番はここからだ。
俺は、もう一度、今度は大きく息を吸って
「うるせぇ!!!!!」
音量を最大にしたマイクをフルに使って、これでもかと言う程の大声で叫んだ。
あまりの大声に会場は再び静まり返る。
「お前ら何か勘違いしてねぇか?今日俺は『今回の件について説明して、お前らの意見を聞きに来た』だけだ。謝罪しにきたわけでも、言い訳しに来たわけでもねぇ。なぜなら何も悪いことはしていないからだ」
あえて挑発的な口調で生徒達に言い放つ。
「ば、買収行為をしておいて何言ってんだ!」
「選挙での買収が禁じられてることくら誰でも分かるだろ!」
先ほどの俺の大声と自信満々の態度に気圧されてか、非難する生徒達に先ほどまでの勢いは感じられない。
「おいおい、どこに『選挙での買収は禁止です』なんて書いてあるんだ?少なくとも校則や選挙規約にはどこにも記載されていないんだが?―なぁ選挙管理委員会の方々!」
舞台の端に並んでいる選挙管理委員会に視線を向けると、彼らは予想外の飛び火に驚き、すぐに視線を反らす。
「た、確かにそのような行為を禁じる規約はありませんが……」
選挙管理委員長が歯切れ悪そうに答える。
「だ、そうだ。つまり、俺たちはここで責められるようなことは何もしていないってことだ。」
「で、でも……」
「禁じられていないからって部費を条件に票を買うなんて……」
最早、非難する側は風前の灯状態である。―しかし、こいつらを言い負かしても何も意味はない。
「なら逆に聞こう。お前らはどうして一般生徒と生徒会候補が票を使って交渉することに反対するんだ?」
さっきまでの見下したような挑発口調から真面目で落ち着いた口調へと変え、問いかけた。
俺の問いにすぐに返答する声はなく、沈黙が続く。
「なかなか答えが出てこないようだから、俺が代わりに答えてやろう。―お前らが票を使って俺達が交渉することを非難する理由、それは―羨ましいからだ。」
「う、羨ましいって……」
「別にそんなんじゃ……」
俺の言葉に会場はざわざわしてきた。勢いがなくなってからも粘り強く続いていた非難の声も会場の雰囲気に流されてか、はっきりとした非難の声は聞こえてこない。
「お前らは選挙での買収行為自体が許せないんじゃない。その行為によって自分以外の一部の人間だけが得をするのが許せないんだ。―違うか?」
会場中の生徒達が図星をつかれたのか、ざわざわしていた声が一層大きくなる。
しかし、さきほどとは違って、非難の声ではなく周りで意思確認を行っているような感じだ。
「どうやら図星の生徒がかなりいるようだな。結局みんな自分のことが最優先なんだよ―だが、それが当たり前だ。」
またしても予想外の言葉だったのだろう。(恐らく、このまま自分達が責められ続けると思って、俯いていた生徒も大勢いた。)俯いていた生徒も一斉にこちらに視線を向けた。
「誰でも自分以外の奴が影でこっそり得していれば気に入らないに決まってる。それは当たり前のことで別に恥じることじゃない。―だから、俺達新生徒会はその権利を平等に与える。」
俺が言いたいことがイマイチ理解できていないのか、生徒達の反応はイマイチだ。
「具体的には既に俺達の選挙公約で説明してある。『役員直接交渉制度』。―生徒・教師達はそれぞれ意見がある場合は好きな役員を指名して交渉を行う権利を有する。その交渉がまとまればその案は即刻採用される。―つまりお前らは、今まで一部の生徒によって影でこっそり行なわれてきたことを、俺達新生徒会相手に自由に持ちかけることができるってわけだ。交渉材料、タイミング、誰を交渉相手に選ぶかもお前らの自由だ。もちろん、俺達から交渉を持ちかける場合もあるがな。」
「でも、俺達じゃ大した交渉材料もないし……」
「だよな。俺達が交渉したからって勝てそうにないしな……」
「結局意味ないじゃない……」
生徒達にはかなり動揺が見られる。『おもしろいかも?』と思いつつ、『これは本当に自分達にとって良いことなのか?』ということを考えて、全く新しいことに尻込みしているようだ。
―もう一息だ!
「確かに、この制度を使っても絶対お前らの意見が通る、とは言えない。だが、お前らのやり方次第では十分勝機はある。」
「そんなこと言われたって……」
「どうせ戸越に言い負かされて終わりだしなあ……」
「仕方がない……お前らにヒントをくれてやろう。―この制度の特徴の一つ交渉相手は交渉する側が指名できるというものがある。例えば、俺と交渉しても上手くいきそうになくても、目黒相手ならもしかしたら……ということもある。よっぽど大きな案件以外は回答を持ち越すことはしないつもりだ。つまり、お前らは自分が勝てそうな相手を指名することで勝率を格段に上げることができるってわけだ。―他にもこの制度を有効活用する方法は山ほどある。どうしても知りたい場合は後から直接俺に質問しにくるといい。」
「目黒さんになら勝てるかも!」
「芝浦さんは何となく分かってくれそうだよな。」
「鈴森様って以外と押しに弱いんだよな。」
俺の一例が効いたのか、生徒たちからはポジティブな声がかなり聞こえてくるようになり、会場からは歓迎ムードが漂っている。
最早最初のころの俺達への嫌悪感は見られない。
ふと、生徒達の中に磯子達現生徒会メンバーを発見した。
磯子はじめ全員が予想外の展開に渋い表情をしている。ざまぁみろ!
「これでひとまず俺から説明することは以上だが、まだ、納得していない者や反論がある者はいるか?」
改めて俺が生徒達へ投げかける。今の生徒達の反応を見れば不満のある生徒がほとんどいないことは明白である。
さらに、例え不満がある者がいてもこの雰囲気の中で堂々と申し出る奴はそうそういないはずだ。
しかし、これで終わるはずがなかった。
「一ついいだろうか!」
誰も不満を口にしない中、一人の生徒が名乗りを上げた。現生徒会長・磯子仁である。
「やれやれ、本当に人を口車に乗せるのが上手い奴だ。お前が今言ったことは結局『後付け』だ。この騒動を収め、自分達の支持率を下げないための応急処置に過ぎんのだ。」
周りの生徒達は一斉に磯子の方に注目する―やっぱりこいつが出てきたか……。
「何を言ってる。俺達の公約が発表されたのは騒動よりずっと前だ。『後付け』でもなければ騒動を収拾するための応急処置でもない。言いがかりはよせ!」
そう言って、磯子の方に視線を向けるが彼の表情は余裕で自身に満ちている。多分こいつは俺の論理の唯一の弱点に気づいている。
「じゃあ、なぜ公約を発表した時点で今の説明をしなかった?なぜこのタイミングでそんな制度の説明をする?公約を発表してから今までで一言でもお前は今の説明をしたか?」
磯子が一気に捲し立てる。―そう、これが今回の俺の説明の唯一と言っていい程の弱点であり、矛盾だ。
俺が今説明した内容は最初に公約を決めた時に他の役員メンバーに話したことと何一つ変わらない。もし、俺が今日までにこの説明を一度でも全校生徒相手にしていればここで終了だった。
しかし、生徒達からしたらこの制度の詳細については初耳なのである。この騒動を乗り切るためにこじ付けをしていると思われても仕方がない……
正直、これに気付かれたら負けだと思っていた―今日の昼休みまでは!
「なるほど。確かにみんなにこの制度の説明が遅れたことは認める。だが、決して俺の説明は後付けでもごまかしでもない!―なぜなら、俺は事前にこの制度の説明を選挙管理委員会に提出し、さらに制度の説明をしっかり掲載してくれるように新聞部にも依頼していたんだからな。」
そう言って、まず俺は選挙管理委員会の方に視線を送る。
「確かに、公約をいただいた時にこの制度の説明についてもしっかり記載されています。」
選挙管理委員長がすぐに書類を確認し、毅然と答える。
「ふん!しかし―」
「それに!―」
選挙管理委員長の回答を受け、それでも磯子が反撃を繰り出そうとするが、俺が強引に割り込み遮る。
「それに、どうやら何者かに校内新聞への掲載を制限されたみたいでな。」
俺は舞台裏に視線を送る。すると、
ピッ
体育館のスピーカーから録音済みと思われる会話が流れてくる。
『じゃあ、この新生徒会側の役員直接交渉制度の説明はどうすればいいの?』
『今さらそんなこと聞く必要ないだろう!以前もそこは必要以上に記事に載せる必要はないと言ったはずだが?』
ピッ
再びスイッチ音が鳴り、会話が途切れる。
磯子の様子を窺うと驚きのあまり、口を半開きにして固まっている。
「この会話の続きにはこの声の主の名前や取引の条件内容なんかも入っているんだが……磯子、お前はこの続きが聞きたいか?」
勝ち誇ったように磯子に挑発的な口調で問いかける。
すると、先ほどまで固まっていた磯子は眉間にしわを寄せ、鬼のような形相でこちらを睨んでくる。
「―別に、この続きを聞く必要は……ない!」
必死に怒りを抑え、絞り出すように声を出す。
「どうやら、この直接交渉制度が後付けでこの騒動を乗り切るための即興案ではないと納得してもらえたようだな。」
磯子達を見下しながら勝利宣言すると、磯子達はキッとこちらを鋭く睨みつけると足早に体育館を後にした。
「他に意見や不満なんかがあれば聞くぞ?」
改めて生徒達に問いかけるが、先ほどの磯子達を目の当たりにしたことも影響しているのだろう。
しばらく待っても誰ひとり手を挙げる様子はない。
「誰もいないようなので、これで今回の会見会は終わろうと思うが……納得してくれた者は拍手をしてくれ!」
俺がそう問いかけると、一瞬の間をおいてまばらに拍手が起こり始めた。 そして、拍手音はどんどん広がり、数秒後には会場中が拍手音で包まれていた。
―なんとかなったか
拍手喝采の場内に安堵し舞台裏の方に振り返ると、目黒達他のメンバーも笑顔で拍手を敷いた。
その後、直接交渉制度の説明を求める生徒達への対応を全員で行った。
その大盛況ぶりから、騒動前より間違いなく支持者が増えていることが確認できた。
そして数時間後、俺達新生徒会候補+浅田はやっとの思いで生徒への対応を終えて、今、部室に戻ってきていた。
「まさかここまで上手くいくとは思わなかったわ!」
「俺は戸越さんのこと最初から信じてました!」
荏原、お前結構不安そうな顔してたけどな……
「でも、本当にすごいです!なんか支持者の方も増えているような気がしましたし!」
目黒は一人前のめりで、少し興奮気味だ。
「でも、最後の録音テープはよく準備できましたね。―まさか事前にこの騒動が起きることを予想してたんですか?」
そんな中、芝浦だけは冷静に今日の出来事を振り返る。―こいつは妙なところで鋭いからな……
「ぶっちゃけ、今回の騒動は最悪あるかもしれないとは思ってた。だが、俺が準備してたのは直接交渉制度までだ。」
「え!?」
一同が驚きで動きが固まってしまったようだ。
「校内新聞に直接交渉制度の説明が書かれていなかったのも騒動の後知ったしな。―だから録音テープは完全に『後付け』だ。」
「そ、それってどういう意味ですか……?」
「あの会話は昼休みが終わった後、浅田に頼んで撮ってきてもらったんだ。つまり、あの会話は今日の昼休み後のものってわけだ。もちろん、磯子もそのことには気付いていたが、指摘できない。指摘した時点で自分が命令していたことを自白してしまうからな。」
―なんてパーフェクトな計画だ。この計画を考案した奴の才能が恐ろしいな!つまり俺のことなんだが!
「で、でもどうして私達にも今回の作戦を教えてくれなかったんですか?」
「確かに!別に秘密にしておく必要なかったわよね!」
浅田を除くメンバー一同が俺に説明を求めてくる。
「別にバタバタしていて、説明する時間がなかっただけだ。」
そう、素っ気なく返す。しかし、
「あんた達のためよ。」
不意に今まで沈黙を貫いていた浅田が口を開いた。浅田の方を見るとニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「どういうことですか?」
「おい―」
俺の制止を振り切り、浅田が続ける。
「今回非難されてたのは主に戸越だけでしょ?万が一、今日の会見でしくじった時にあんた達は無関係だって言い張るためにあえて教えなかったのよ。もし、教えちゃったら何かしら協力しようとしてたでしょ?」
「戸越さん……そこまで俺達のこと考えて……でも水臭いっすよ!」
「そうよ!普段偉そうなクセに変なところだけ気遣ってんじゃないわよ!」
「そうです。あなたに気遣ってもらう必要ありません。」
―何で芝浦だけちょっとトゲトゲしいんだよ!
「単なる念のためのリスクマネジメントだよ。それに今回はかなり勝率高かったし、わざわざ言う必要ないと判断しただけだ」
少しバツが悪く視線を反らす。
「戸越さんはバカです。」
「はぁ!?この俺がバカなら―」
俺が反論しようとするが目黒は無視して話し続ける。
「万が一のことが起こっても、私達が大人しく戸越さんを犠牲にすると思いますか?」
「そ、それは……」
「少なくとも、私は絶対しません!私は戸越さんを犠牲にしてまで生徒会長になりたいとは思ってません。もし、この先負けることがあっても……私はこの先もずっと、戸越さんと一緒にいたいです!」
「なっ!?」
目の前の目黒は満面の笑みをこちらに向けてくる。
―ちょっと焦ったぜ……こいつ……今の言葉、告白、もしくはプロポーズととられてもおかしくないぞ……恐らくこいつに自覚はないんだろうが……
「ヒュー、ヒュー!このタイミングで公開プロポーズとは!やるねぇ、目黒ちゃん!」
浅田が茶化すと、目黒が一瞬不可解な表情を見せるが、数秒後、一気に顔を真っ赤にさせておどおどし出した。
どうやら、自分が今さっき発した言葉を脳内再生し、理解したらしい。
「い、い、いや、あ、あの、べ、別にそういう意味では!あっ、いや、でも、別に戸越さんが嫌っていう意味じゃなくて……」
完全にパニックに陥っている。ここまでの慌てようはいくら目黒といつも一緒にいてもなかなか見られない。
まぁ、そう言う俺も一瞬慌ててしまったわけだが……
「とりあえず落ち着け。」
「は、はい、だだ、だい、大丈夫、でです。」
―これは少し時間がかかりそうだ……
そんないつも以上の微笑ましいパニック状態の目黒を見て他のメンバーは思わず笑ってしまう。
まぁ、とりあえず、こうやって笑ってられるだけマシか……
俺は必死に目黒を落ち着かせようとしつつも、その平和な光景に思わず苦笑してしまった。




