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いじめられっ娘と下克上選挙  作者: 沖マリオ
39/49

そして彼女は再び彼らのもとに舞い戻る

 遂にこの時が来てしまった。

 多分これで今までのように接することはできない。

 勝手に会議に乗り込んだり、冗談を言い合ったり、目黒ちゃんをからかったり……そんな楽しい日常はもう訪れないだろう。

 でも、私にはこうすることしかできなかった……

 そして、もう引き返すことはできない。

「なんか、正解発表するまでもなく私が犯人みたいになっているけど、いいの?もしかしたら真犯人は別にいるかもよ?」

 自分の弱さを隠すため、必死にいつもの明るくて少し意地悪い自分を演じてみる。

 しかし、目の前のナルシストは普段決して見せない鋭い目つきで、ただ黙ってこちらを見ている。

 冗談でごまかせる雰囲気じゃないか。

「ま、校内新聞もがっつり貼りだされていることだし、誰でもわかるか。」

 何も返事をしない目の前に佇む少年・戸越唯一の回答を諦め、勝手にしゃべり続ける

「どう?戸越君!味方だと思ってた人に裏切られる気分は?」

私はあえて挑発的な口調で話す。戸越君はというと、唇を噛み少し俯いている。

 私だって、こんなことはしたくない。……でも、こうでもしないと私達は……

「浅田……どうして……どうして!!」

 戸越君は裏切られたことに対する怒りや悔しさがとうとう抑えきれなくなっているようだ。

 普段のナルシストでなんでも卒なくこなす彼からは想像できない姿だ。そんな普段は見せない彼の弱々しい姿を目の当たりにし、思わず責めるのを躊躇しそうになる。

 彼らと一緒にいるのは楽しかった。できることなら、私も彼らの味方について一緒に新生徒会を目指したかった。

 でも、それは叶わない。今回ばかりは負けるわけにはいかないのだ。

 ―名残惜しいけど、心は痛むけど、ここで彼らとはおわかれよ。

「あんなにいろいろ偉そうにしてたのに、こんなにあっさりと負けちゃうなんてね。これでめでたく、君も目黒ちゃんも退学だね♪結局君も口だけで大したことなかったね。」

 これで、戸越君には精神的にもかなりのダメージを与えられたはず。

 戸越君は完全に俯き、先ほどまで怒りを押し殺すように強く握られていた拳にも最早力はない。

「じゃあ、そういうわけだから!今のうちに退学届書いておいた方がいいんじゃない?あはははっ。」

「……はは、ははは。」

 私が教室から出ようと歩きだすと、微かに笑い声が聞こえた。

「―何?とうとう頭おかしくなっちゃったんじゃない?」

「ははは、はははははっ!」

 さっきまで意気消沈していた少年は唐突に高笑いをはじめた。

「ちょっと、あんた―」

「どうだ?相手を言い負かせる気分は?」

 あまりに気味が悪いため文句を言おうとした時、私の言葉はその高笑いの主によって遮られた。

「言い負かす側の気持ちがわかったところで―次は言い負かされる側の気持ちを教えてやろう。」


「全く、何を勝手に勝ち誇っているのか知らんが……敗北必至なのはお前らの方だぞ?」

 戸越唯一は顔を上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながらこちらを見据えていた。

 その姿には先ほどまで弱々しさは一切なく、自信たっぷりで、他人を見下すようないつもの戸越君だった。

「……どういうこと?」

「うむ。分かりやすいように結論から言おう。お前のことなど全てお見通しだ。お前が敵の味方をしていることは最初から気付いていた!」

「なっ!?」

 ―いや、動揺するな。ハッタリに決まっている。

「ハッタリだと思ってるだろ?でも、残念ながらそうじゃない。」

「じゃあ、いつから気付いてたっていうのよ!そんなに言うなら説明してみなさいよ!」

「だから、言ってるだろ?最初からだよ。最初から!」

 先ほどの私への仕返しだろうか。戸越君は挑発的な態度で続ける。

「まあ、確信をもったのは芝浦の裏切り騒動があった時だがな。」

「どうして?」

「お前は必死過ぎたんだよ。何の確証もないのに、メンバー全員の前で芝浦を悪者扱いしたり、俺が芝浦話しを聞くためお前を退席させようとすれば、必死に抵抗したり……。とにかくあの時のお前の行動は味方としては違和感だらけだった。おそらく、必死に自分の役割を果たそうと、必死になり過ぎていたからだろう。」

 ―確かに、あの時は自分でも少しやり過ぎた自覚がある。でも、さすがにあれだけでバレるなんて……

「まあ、最初からある程度怪しんでおかないと気付かないだろうけどな。

 でも、そもそもお前の行動は最初から矛盾だらけだったし、怪しむなって方が無理だろ。」

「……一体どこに矛盾があったの?」

自分の表情がどんどん険しくなっているのが分かる。

「お前、俺達の味方し過ぎなんだよ。」

「―!?」

 味方のし過ぎで、裏切りがバレた?一体この男は何を言ってるの??

「俺が初めてお前に頼みごとをした時、『私は中立の立場だから味方はできない』っていうようなことを言った。しかし、その後のお前は頼んでいないのに、役員の立候補者のデータをくれたり、高崎との交渉を提案してきたりと、完全に俺達の味方のような行動ばかりしていた。こんな、矛盾だらけの奴を警戒しないなんてありえんだろ?」

「なるほどね……まさか、そんな序盤から気付かれてたなんてね……」

 完敗だ……どうやら、私は目の前の人物を過小評価していたようね……

 でも……!!

「確かに、私の計画はあなたに完全に見破られたわ。でも、いくらここで私を論破したところで現状は何一つ変わらないわ!」

 そう、いくらここで私が言い負かされても、現状戸越君が買収疑惑で支持率を大きく下げていて、さらに高崎達の票がすべて現生徒会に流れることが確定していることに変わりはない。

 つまり、戸越くん達の絶望的な状況は続いているってこと。

「ここで、いくら私を追い詰めたところで事態はちっとも好転しないわよ。私とおしゃべりしてる暇があったら、早く他の生徒に弁明しに行った方がいいんじゃない?」

 まだ、現生徒会側の有利は変わらない。雰囲気に吞まれてはだめよ!

「ああ、そうだ。お前を言い負かして、お前の表情が意気消沈していくのを見るのが楽し過ぎて本題をすっかり忘れていた。」

 ‐ドSか!性格悪過ぎでしょ。だから友達できないのよ!

 目の前の少年はそんな私の挑発など全く気にしていない。

 ―いやいや、そんなことより、なんでこの目の前の男はこんなに余裕なの?まさか、もう選挙戦は諦めたとか……?

「俺が諦めるわけないだろう。」

「エスパー!?」

「は?」

 つい、心を読まれていると錯覚してしまった。

「まあいい。今日はお前にこれを私に来た。」

 そう言って、戸越君は私に一枚の紙切れを渡してきた。

 私は手渡された紙に書かれていた内容を読んでみる。


 生徒会選挙に関する契約書―


「!?ちょっと!何よこれ!!」

「?見ての通り契約書だが。」

「そんなのは見れば分かるわよ!私が言ってるのはその内容よ!な・い・よ・う!」




 <生徒会選挙に関する契約書>

・浅田早記は生徒会選挙中、生徒会長候補目黒里奈をはじめ新生徒会役員候 補(戸越唯一、鈴森茜、芝浦唯、荏原英雄)の指示に従い、選挙当選のた め全面的に協力する。

・新生徒会役員候補は浅田早記による本契約締結前の行為に対し、いかなる 報復行為も禁じる。

・今後は協力関係を築き、互いに助け合うものとする。


以上の内容に違反した場合、違反者に対し、それ以外のメンバーはいかなる罰を与えても良いものとする。また、その際の罰がどのようなものであっても一切罪には問われないものとする。




「読み終わったら、サインしてくれ。」

「なんで絶対的に有利な立場の私がこんな契約書にサインしなきゃいけないのよ!」

 こいつは自分の立場が分かってないの?必死にお願いしてくるならまだしも、よくこんな自分有利の契約を何事もなく出せたわね!

「一体どこが不満なんだ?ちゃんと、互いに有益な内容になってるだろ?」

「どこがよ!この契約で私にどんなメリットがあるっていうのよ!」

 さすがに理解に苦しむわ……。何をぬけぬけと『互いに有益な内容』よ! 一瞬でもこいつを裏切ることに罪悪感を抱いた私がバカだったわ!!

「やれやれ……。馬鹿には一から十まで言わなければいけないのか……。」

 目の前のバカは溜息をつき、面倒くさそうに言った。―バカはお前だろ!どう考えても!!

「まず、お前のメリットだが、大きく分けて2つある。一つ目はこの俺を敵に回さなくていいことだ。言っておくが、俺はやられた分は倍返しする派だ。たとえどんな手段を使ってもな。」

 そう言う彼の目は全く笑っておらず、口元だけがニヤリと不敵に笑っていた。

 その表情を見て、不覚にも一歩後ずさりしてしまった。

「そして二つ目だ。まあ、こいつを見てもらった方が早そうだ。」

 そう言って、戸越君はまた一枚の紙を私に差し出した。



『新生徒会と新聞部間においての契約書』


「!!どういうこと……?」

 その内容を読んで、思わず目を丸くしてしまった。

「だから言っただろ?『お前のことはすべてお見通しだ』って」

 そう言って戸越君は笑いかけてきた。今度は先ほどの笑みとは違い、勝ち誇った態度ではあるもののどこか優しさを含んだ笑顔で……



<新生徒会と新聞部間においての契約書>

・新聞部は、校内新聞等校内での広報活動において、目黒里奈を生徒会長と する新生徒会が発足した場合、何者からの制約も受けず、何者の許可も得 る必要なく自由に活動を行うことができるものとする。

・また、新聞部に対していかなる妨害を行うことを禁ずる。


 以上の事項に違反した場合、生徒会がその行為に応じた厳罰を与える。

また、生徒会が違反した場合、新聞部自身がその行為に応じた厳罰を与えるものとする。





「どうして……?」

「今の新聞部が生徒会の許可なく記事を貼りだすことができないことは調査済みだ。だから、今まで生徒会を非難したり、生徒会にとって都合の悪い記事はなかった。新聞部の活動を監視する意味で生徒会からの紹介で強引に入部した生徒もいたようだしな。その影響で純粋に新聞の作成をしたい部員はずいぶん減ってしまった。今回の選挙も奴らに協力しなければ即刻廃部にすると言われているらしいな。」

 彼の言うとおり、私達新聞部は脅迫され、従わされている。彼ら生徒会は本気だ。だから、彼らに逆らうことはできない。

 でも、分からないのはそこではない。

「そういうことじゃなくて!」

 戸越君の話の途中で強引に割り込んだ。自分でも驚くほど大きな声で、そして驚くほど涙声で叫んでいた。

「……どうして私を助けようとするの?……私は平気であんた達を裏切ったのに……」

 もちろん、彼が私が現生徒会に逆らえない事情を知っていたことも驚きであったけど、それ以上に、私を助けようとしていること驚いたのだ。

 確かに、彼の契約書の中にはこの選挙において、私が彼らに協力させられるという項目がある。

 しかし、私を協力させたとして、得られるメリットは決して多くない。

 さらに、冷静に考えれば、そして私が現生徒会の言いなりになっている理由をしっているならば分かるはずだ。―この契約で彼ら新生徒会側が得るメリットは極めて少ないということを。

「仮に私がこの契約にサインしても、あんた達の負けは変わらないわ!それなのにどうして裏切り者の私を助けようとするの?」

「まあ、俺達がここから逆転するためにお前の力が必要だってのもあるが……一番はお前にもっと学園生活を楽しんでほしいからだ。選挙期間中、お前とは結構長く一緒に行動していたが、俺はその時間が結構楽しかった。恐らく目黒や他の連中もそう思っていたはずだ。だけど、お前はその間やりたい活動もできずに苦しんでいた。だから、今度はお前に楽しく学園生活を送ってほしい。できれば、俺と一緒に!」

 戸越君は真剣な目でこちらをまっすぐに見つめて言った。

 ―ちょっと!何、この告白みたいなの!?

 自分で自分の顔が赤く、熱くなっているが感じられた。

「まあ、決めるのはお前だ。別に断ったからと言ってお前に何か報復しようとは思ってない。だけど、これだけは言っておく。自分に正直に生きないと後悔するぞ!」

 戸越君の真面目な口調に、私の口も勝手に開く。

「私だって、あんた達といて本当に楽しかった。だから、最後決定的な裏切りをするときは本気で迷った。できればこれからもみんなで楽しくやりたい!あんたが新聞部の問題を解決してくれるなら尚更!!……でも……」

 戸越君は黙って私の話しを聞いていてくれる。

「でも、私はみんなを騙した!今さらみんなに合わす顔がないよ……。」

 謝りたい。そしてできるなら、また一緒に笑いあいたい。

 でも平然と裏切った私を、尚且つこの選挙で窮地に立たされるきっかけとなった奴と許されるわけがない……


「なるほど、そういうことか。―おい、お前らそこら辺どうなんだ?」

 戸越君は急にドアの方を振り返り、誰かに話しかけた。

 ガラガラ

 すると、ドアが開き4人の男女が入ってくる。

「!?」

「戸越、あんた気づいてたの?」

「やっぱり戸越さんには敵わないッスね。」

「す、すみません……でも、やっぱり戸越さんが心配で……」

「私はむしろ目黒さんが心配で」

 鈴森さん、荏原君、目黒ちゃん、芝浦さん―新生徒会候補のメンバーが入ってきた。

「一体いつから……?」

「多分最初からだろ?」

 4人ではなく、戸越君が答えた。

「確かに最初から覗いてたけど……あんた最初から気づいての……?」

「当たり前だ。この天才にかかれば後を付けられていることに気づくなど造作もないことだ。」

「さすが、戸越さん……半端ねぇッス……」

 いつも通りドヤ顔の戸越君に対し、いつもは目をキラキラさせて戸越くんを崇めている荏原くんもまさか最初からバレているとは思っていなかったのか、少し怯えているようにも見える。

「で、どうなんだ、お前ら?」

 戸越君が後から入ってきた4人の方を見る。

「わ、私はこれからも浅田さんに味方でいてほしいです。今回は……浅田さんにもいろいろ事情があるようですし……」

 目黒ちゃんが複雑な表情ながらも、優しげな笑みで答える。

「まぁ、今後しっかり役に立ってくれるなら構わないけど!」

「死ぬ気で戸越さんに尽くしてもらおう。」

「私も別に構いません。」

 他の3人も受け入れてくれているらしい。

「あ、ありがとう……ごめんなさい……」

 私はとうとう、我慢していた涙を隠せなくなった。

「泣いてる暇はないぞ。何せお前のおかげでやることが増えちまったからな。」

 そう言って、満面の笑みを湛え皮肉ってくる戸越君だが、今日ばかりは感謝の気持ちしか浮かんでこない。

「ありがとう……でも、私が協力したところでもう選挙には勝てないかもよ……?」

「俺を誰だと思ってる。この俺がこのまま負けるなどあり得ん!」

「はいはい、信じてるわよ。」

 私は、軽口を叩きながら、自分の名前を署名する。

「はい、これ……」

 そして、署名を終えた2枚の紙を戸越君に手渡す。

「ふん。これで契約成立だな。」

「ええ、よろしくね。」

 戸越君と笑い合う。もう、生徒会なんかに屈しない。私も彼らと一緒に這い上がろう!

 私は改めて決意を固めた。

 そして、一人の女子生徒がこちらに歩み寄ってくる。

「浅田さん、これからもよろしくお願いしますね。」

「うん。本当にごめんなさい。あと、ありがとう。」

「もう、気にしないでください。今まで通り遠慮なく接してくださいよ。」

 誰よりも裏切りに敏感のはずの彼女には絶対に許してもらえないんじゃないかと内心思っていた。

 でも、蓋を開けてみれば、そこにはいつもの彼女特有の控えめで少し照れたような笑顔があった。

「じゃあ、遠慮なく―」

 そう言って、私は彼女の耳元に口を近づける。

「―もたもたしてると私が戸越君獲っちゃうよ?」

 耳元から口を離し、ニヤッと笑いかけると、彼女は顔を真っ赤にして

「べ、別に、わ、私は戸越さんなんて……」

 分かりやすく動揺して、目をきょろきょろさせながら必死に反論していた。

 その姿を微笑ましく見守りながら、私は改めて心の中でつぶやいた。

 ―みんな、ありがとう。


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