過去の清算と新たなスタート
「これが私の今まで黙っていたことと、今回の件での私の行動です。」
芝浦はすべてを語り終えると俯いてしまった。その様子はまるで、被告人が裁判で判決を待っているかのような覚悟と不安と恐怖が入り混じっているような感じだ。
「なるほど。お前が隠していたことはそれで全部か?」
メンバー全員の視線が芝浦に集まる中、俺が口を開いた。
「はい。……」
俯いたまま、か細い声で芝浦は頷いた。
俺はメンバー全員の顔を見渡し、頷き合った。
「なら、この件はこれで解決だ。さっさと次の選挙公約作りに取り掛かるぞ」
「はい、そうですね。」
目黒が笑顔で頷く。
「戸越さん!俺から意見いいですか!?」
「どうせ、あんたの意見なんて大したことないんだから言うだけ時間の無駄よ。」
荏原と鈴森はいつも通りじゃれあっている。
「え?……ちょ、ちょっと、みなさん、私にもっと言うこととかないんですか!?」
そんな中、芝浦は周りの予想外の反応に戸惑い、おどおどしている。
「ん?なんだ?もしかして、お前の過去のいじめに対して同情がほしいのか?」
「そ、そういうことじゃなくて!―その……」
俺がとぼけたふりをして聞き返すと、芝浦は言い淀む。
「私は、みなさんをずっと騙していたんですよ!もっと、こう……びっくりするとか、怒るとかないんですか?」
恐る恐る全員に問いかける芝浦に、仕方なく俺が答える。
「お前が裏切っていないことはさっきのやり取りを見ていれば何となく分かった。それと、お前が『普通』を装っていたことならずっと前から気づいていた。」
「い、いつから、私が『普通』じゃないって気づいてたんですか?」
芝浦が驚いた様子で聞き返す。
「最初に違和感を覚えたのは書類選考の時だな。そもそもお前の実績には違和感がありまくりだった。」
「始めから……?どうしてですか?私の実績は誰がどう見ても『普通』だったと思うんですが……」
芝浦は納得いかないといった様子だ。
「その『普通』の度が過ぎてるんだよ。」
「え?」
「確かに数字上はすべてにおいて『普通』だった。でも、そんなこと普通はほぼありえないことなんだよ。―意図的にコントロールしない限りな。」
「……」
「普通なら得意・不得意、高・不調の波が大なり小なりあるはずなんだよ。それがお前には全くなかった。さらに、勉強だけでなく、運動全般、さらにその他日常すべてにおいてお前は入学後ずっと『普通』を取り続けていた。―こんなこと『普通なら』できるはずないんだよ。」
「……じゃあ、どうして私を採用したんですか?他にも優秀な人ならたくさんいたと思うのですが。」
「それは、お前が誰よりも『普通』を理解しているからだ。―偽りだろうが、本当に普通であろうがそんなことはどうでもいい。意図的に『普通』を演じ続けるには、ただ普通の実績を持っているだけの奴より『普通』を理解していないとできない。さらにお前は客観的に見れば『普通』にしか見えない程完璧に『普通』を演じきっている。俺はその『普通』に対する理解とほとんどの奴を騙しきる演技力を評価した。―これが俺がお前を推した理由だ。」
「そうですか……戸越君にはすべてお見通しだったわけですね……」
芝浦は力の抜けたような笑みを浮かべていた。その笑顔には諦めや安堵等様々な感情が入り混じっていたように見えた。
「それに、この会長様独自の選考理由にも合致してたしな。」
俺は隣で自分の体の前で手をもじもじさせながら照れ笑いを浮かべる目黒の方を見やる。
「え?」
芝浦は驚き、目黒の方に視線を移す。
目黒は優しい笑顔で芝浦を見つめ返す。
『私や戸越君を理解してくれそうな人。そして、これからお互いに信じ合えそうな人。』―これは、目黒が新たな生徒会候補を選定する時に彼女が独自に持っていた選考条件だ。そして、この条件を踏まえた上で彼女が真っ先に決めた(俺も別の理由から真っ先に選んだわけだが……)人物、それが『芝浦唯』だったのだ。
「実は、私、初めから知ってたんです。芝浦さんが中学の時のクラスメイトだってことも、あなたが私が転校してくる前にいじめに遭っていたことも……。」
「え?じゃ、じゃあ……」
芝浦が表情をこわばらせ、再びおどおどし始めた。どうやら混乱していらしい。
「はい、この学園で最初に声をかけられた時から気付いていました。」
「……」
「正直、中学時代に見て見ぬふりをされたこともありましたし、最初は二度と関わるつもりはありませんでした。―だから、最初に声をかけられた時もつい逃げてしまいました。……すみませんでした。」
そう言って目黒は頭を下げた。
「それは、私があなたを見捨てたからであって……」
「その通りです。」
「―!!」
目黒のはっきりとした有罪宣告に芝浦は一瞬体をびくつかせた。ある程度覚悟はしていても、やはり面と向かって言われると堪えるようだ。
「芝浦さんをはじめ、クラス中が私を見捨てていきました。そのおかげで数カ月で再び転校することになったことも事実です。」
目黒の言葉を聞き、芝浦は再び俯いて黙りこんでしまう。
「正直、最初にあなたが立候補してきた時は半信半疑でした。ただ役員の肩書がほしくて立候補しただけじゃないか、とかまた見捨てられるのではないかとか……。」
目黒は俯いたままの芝浦にほほ笑みかけて
「それでも、私はあなたを信じることにしました。……いえ、あなたになら裏切られても構わないと思ったんです。」
「!?」
今まで俯いたまま微動だにしなかった芝浦は目黒の予想外の言葉に思わず顔を上げ、目を丸くしている。
「ど、どうして……?」
「あなたは私の目標ですから。」
目黒は未だ驚きの表情を浮かべ続ける芝浦に向けてにっこりと笑顔を向ける。
「あなたは私と同じような境遇に遭いながら、それを自分の力で打開しました。確かに、一度は見捨てましたが、高校では下手をすれば再び自分がいじめられる可能性があるにも関わらず、真っ先に私を助けようとしてくれました。
「別にそんなこと……」
「『そんなこと』普通はできません!」
芝浦の言葉を目黒が強い口調で遮る。
「普通は誰かが助けてくれるのをひたすら待つか諦めるくらいしかできないと思います。だから、間違いなく芝浦さんは普通より強くて優しい人だと思います。そして、私も芝浦さんのように強く、そして優しい人間になりたいと思っているんです。」
「わ、私なんか……」
芝浦は泣きそうな声になっている。
「そんな自分が憧れて、目標としようとしている人に裏切られたなら、仕方ありません。それは私に見る目がなかっただけなんですから……」
―まさか、目黒がこんなにポジティブに考えられるようになっていたとはな。
俺は目黒の思わぬ成長に目を細めずにはいられなかった。
「だから、芝浦さん。これからも私の目標の人でいてください。……それで、できれば今まで通り私達を助けてくれると嬉しいです……」
目黒は少し照れながら再び芝浦に笑いかけた。
「は、はい……はい。」
芝浦は泣きながらも笑顔で何度も目黒のお願いに答え続け、目黒もそれを優しい笑顔で見守っている。
「これでようやく、選挙活動に戻れそうね。」
「まったく、手間掛けさせやがって」
鈴森と荏原も生意気なことを言いつつ表情は嬉しそうである。
―なるほど、これがツンデレというやつか。
「でも、まさか目黒さんがあそこまで芝浦さんを評価してたとはな。」
「確かに!『この人になら裏切られても構わない』ですもんね」
この意見には俺も全くの同意見である。まさか、目黒がこんなに簡単に他人を信じれるようになるとは……。
嬉しいようなさびしいような複雑な気持ちで目黒の方に視線を向けると、本人と目が合った。
目黒は笑顔を返すと
「それは、戸越君のおかげです。」
「は?」
思わぬ言葉に俺が間抜けな返事をしてしまう。ていうか聞いてたのか、目黒!
「今は、もし、裏切られても戸越君がいますし……。」
目黒が頬を紅く染めながら恥ずかしそうに上目遣いでこちらをちらちら見てくる。
―くそ!悔しいがやはり可愛い!思わずこっちが照れてしまう。
「ま、まあ、当然だなっ!」
目黒から目を反らし、不覚にも動揺してしまったのを隠そうとするが、残念ながら声が裏返ってしまった。
そんな俺の様子を見て、他のメンバーが笑う。
笑われるのは癪だが、その笑顔の輪の中に今までどこかメンバーと距離を置いていた芝浦も加わっているのを見ると文句を言う気は失せてしまった。
「こほん!ま、まあ、無事に芝浦の裏切り疑惑も晴れたところで、さっさと各々の公約を決めるぞ!ただでさえ遅れているんだからな!!」
「はい、すみません、戸越さん!」
「なにいきなり仕切ってるのよ。」
鈴森がニヤリと笑いながら引き続き俺をイジろうとしてくる。
―こいつ、さてはこの機を利用して俺との立場を逆転させようとしてるな。
「鈴森、その生意気で高飛車な仮面を剥がしてほしいようだな。泣かせてほしいならいつでも相談に乗るぞ?」
「は、はやく公約決めるわよ!ただでさえ時間がないんだから!」
俺が鈴森に冷たい視線を送ると、鈴森は急に表情をこわばらせ、額にうっすらと冷や汗を浮かべながら進行を促した。
そんな様子を見て、一同は再び笑顔に包まれた。
「それでは、各自のマニフェスト決めに移りましょう。」
本当の意味で俺たちの生徒会がスタートしたと感じた。
そして、この良い雰囲気の中、俺たちは本来の今日の本題である選挙公約作りに入ることにした。
ただ、俺にはどうしてもこの裏切り事件が完全に終わったとは思えなかった……
どうしても一人解せない行動をとっている人物がいる。俺の気のせいならいいんだが……。念のため対策を立てる必要がるな。
改めて周りを見渡すが、俺と同じように違和感を感じている奴はいなさそうだ……。ここは俺がなんとかしないとな……。
俺は笑顔の生徒会候補メンバーを見守りながら、改めて決意した。




