裏切り疑惑・芝浦VS新聞部部長・浅田
そして放課後、校門付近の中庭では現生徒会達が演説を行っている中、俺達新生徒会候補と新聞部部長の浅田は資料室1に集まっていた。
昨日、今日と選挙運動を欠席していた件の芝浦も出席しており、事態を察したように、ただ静かに俺の隣の席に座っている。
既に全員集合しているにも関わらず話し合いの内容が内容だけに、目黒もなかなか切り出しずらそうにおどおどしている。
―仕方がない。ここは俺がやるしかないか。そう思った矢先―
「おい、今日の話し合いが何なのか分かってるんだろ?」
しばらく続いていた沈黙に我慢できなくなったのか、苛立った様子で荏原が芝浦を睨みつけた。
「はい。今日は新生徒会の選挙公約を決めると聞いてましたが……違うみたいですね。」
芝浦は改めて周りを見渡しながら答えた。これから問い詰められることを分かっているにしてはあまりにも落ち着きすぎているように見える。その様子はいつもの『普通』な雰囲気からはかけ離れているように感じる。
―今回の件もそうだが、芝浦にはどこか違和感を覚えることが何回かあった。糾弾の方は他のメンバーがするだろうし、俺は芝浦を観察して少しでも違和感の正体を見極める方に専念した方が良さそうだ。
そんなことを考えていると、芝浦が俺にだけ聞こえるような小声で
「万が一の時は頼りにしていますよ、戸越君。」
芝浦がまっすぐ前を向いたまま、隣に座る俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いた。
「どういうことだ?」
俺が問い返すが、聞こえているのかいないのか、芝浦は何も返答はしない。
―どういう意味だ?こいつ、何か隠していそうだが……やっぱり、この件には裏があるのか?……
「分かってるなら話は早いわ!単刀直入に聞くけど―あんた磯子と手を組んで影でこそこそやってるってのは本当なの?」
今度は鈴森が切り出した。
「別に磯子君と手を組んではいません。」
芝浦は少し強い口調で、堂々とした態度のままだ。この強気な態度は普段の芝浦からは考えられない。
俺は周りのメンバーの様子を窺ってみると、いつもと違う芝浦の雰囲気にどこか戸惑っているように見える。どうやら俺以外のメンバーも芝浦の変化には気づいているようだ。
「じゃあ、この写真はどういうこと?」
しかし、浅田だけは芝浦の変化に気づきつつも平然と糾弾し続ける。
「これは、今日の昼休みにあなたと磯子会長が二人きりで話している写真よ!昼休みの会議をサボってまで一体何を話し合っていたのかしら?この現場を見た私には選挙の件以外には考えられないんだけど?」
浅田が挑発的な口調で一気に捲し立てる。
「確かに、私は昼休みに磯子君と会っていました。でも、どうしてそれだけで私と磯子君が手を組んでいると分かるんですか?あなたの言ったことによると、あなたは実際に会話の内容を聞いていたわけではないってことですよね?」
逆に芝浦も質問攻勢で反撃に打って出る。
確かにこの写真だけでは手を組んでいるという決定的な証拠にはならない。選挙期間中に敵同士がこっそり会っていること事態が問題と言えば問題だが、これだけで処分をするには少しやり過ぎという意見も尤もだ。
「少し離れた場所からだったからしっかりとは聞き取れなかったけど、『選挙』とか『投票』とか『騙して』とかどう考えても選挙戦の裏切りの話をしているような単語は聞きとれたわ!」
「そんな都合のいい部分だけ聞こえるなんてさすがですね。」
芝浦が冷酷な笑顔を浅田に向けて皮肉る。
「確かに、今回は決定的な証拠は集められていないのが現状ね。だから、これを新聞記事にすることはしないわ。新聞部部長としては根拠のない記事を記事にするなんてできないしね。」
「ち、ちょっと待ってよ。じゃあ、あんたは何のためにこの話し合いに参加してんのよ!」
珍しく、ずっと二人のやり取りを黙って聞いていた鈴森が怪訝な表情で割って入った。
「そんなのあなた達のために決まってるじゃない。このまま放置しておけばあなた達は裏切り者を手元に置いたまま選挙戦を戦うことになるわ。かといって、記事にしてしまえばあなた達の支持率は著しく落ちる。だから、選挙で勝つことを考えたらここはこの話し合いで徹底的に裏切り者を排除するべきでしょ?」
浅田は予想外のところからの質問に少し驚きながらも、平然と答えた。
「ま、まぁそういうことなら……」
鈴森は渋々納得したという表情でその後は何も言い返さなかった。
「それでは、あなたは私に何を要求するんですか?」
芝浦が問う。
「それは部外者の私が決めることではないけど……私的にはあなたには生徒会候補を辞退してもらうっていうのが一番良いと思うわ」
浅田は勝ち誇ったかのような余裕の表情で芝浦に言い放った。
「で、でも、芝浦さんは裏切っていないと言っていますし……」
目黒が、反論する。確かに証拠がなく、本人がやっていないと言っている以上、処罰を与えるのはおかしい。だが、何も罰を与えなければ今後の他のメンバーに示しがつかん。それに―
「証拠がないにしろ、芝浦さんが怪しい動きをしていたのは事実。何かしらの罰を受けるのは当然だと思うんだけど……」
浅田はそう言って、目黒に視線を送った。
「で、でも……」
目黒は言い返すことができず、言い淀み俯いてしまう。
芝浦の方を見ると、黙ったまま俺の方をじっと見ている。
-―ここは早めに切り上げた方が良さそうだな……仕方がない。とりあえず、一連の流れで今まで感じていた違和感の正体も大体把握できたし、この場は俺が何とかしてやるか……
「なぁ、目黒。この件の処分については俺に一任してくれないか?さすがに辞任はやり過ぎだが、何もなしってわけにもいかん。それに、芝浦の採用を最初に推したのは俺だしな。」
「はい。それではお願いします。」
目黒は、俺の助け船にぱあっと笑顔になり、二つ返事でOKした。
「浅田、お前の言った通り、証拠はないが、怪しい行動を取っていたのは事実だ。だが、証拠がない以上、芝浦の言い分を聞かないわけにはいかない。したがって……芝浦、お前は厳重処分だ。今後単独行動は禁止とする。そして、次に同じような騒動が起きた場合は辞任してもらうことになる。覚悟しておけ!―意義のある奴はいるか?」
俺は少し強い口調で言い放った。俺が言い終えた後しばらく待ったが、誰も異を唱える奴はいなかった。
判決を言い渡された芝浦は目を閉じたまま黙ったままだ。
「じゃあ、これでこの件は終了だ。さっさと今日の本題のマニフェスト決めに移るぞ!」
俺は他の生徒会候補メンバーに視線を送り、この件を終わらせるようにアイコンタクトを送った。
「は、はい。」
「まぁ、これ以上話しててもしょうがないしね」
「やべ!もう5時回ってんじゃん!急がねぇと締め切り間に合わねぇぞ!!」
どうやら無事に俺の意思が伝わったみたいだ。
しかし、一人だけ憮然とした表情でこっちを見ている人物がいた。
「ち、ちょっと!そんな軽い処分でいいの!?」
「浅田、いろいろ教えてくれて感謝する。お前は納得できんかもしれんが、今回はこれで終了にさせてくれ。」
「まぁ、あなたがそれでいいなら別にいいけど……でも、あの子には気をつけなさいよ。証拠不十分とはいえ、実質黒なんだから。」
浅田も肩を落とし、苦笑を浮かべているものの渋々納得したようだ。
「あぁ、気をつけるよ。―忙しいところ悪いな。これから現生徒会の方の取材もあるんだろ?」
「え?……えぇ、まぁそうね。でも、何か私に手伝えることがあるならやってあげるけど?」
「いや、とりあえず、今日は選挙公約を決めるだけだし問題ない。」
「そ、そう。じゃあ、また何かあったら連絡してね。」
少し抵抗を見せる浅田に俺は毅然とした態度で退室を促すと、浅田は名残惜しそうにしながら資料室を去っていった。
俺はそんな彼女の後姿を見送り終えると、振り返った。
すると、すでにメンバーの視線は一人の人物に集中していた。
「さて、環境は整えてやった。次はお前がちゃんと話す番だ。まだ俺達に隠していることがあるんだろ?なぁ―芝浦!」
俺が処分を言い渡してからずっと、目を閉じて黙ったままだった芝浦はゆっくり目を開けると
「……分かりました。すべてお話しましょう。」
意を決したように、強い意志のこもった目をメンバーに向けて、語り始めた。




