意識し合う二人―戸越唯一side―
その日の放課後も昨日と同じように演説をしながらの署名活動を行った。
「そろそろ俺たちも帰るか。」
日もすっかり暮れ、ほとんどの部活も活動を終え、生徒もほとんど残っていない。
「そ、そうですね」
俺と目黒は演説に使ったマイクや台を片付け、それぞれ帰り仕度をする。
最後に署名の記された紙をカバンにしまう。
「今日の成果は30人か……」
昨日の38人と合わせて今現在合計で68人だ。残り日数3日を考えれば物足りない数字だが、浅田の協力を得られた今、本番は明日からだ。
「す、すみません……このままでは全然足りませんよね……」
帰り道、隣で歩いている目黒が申し訳なさそうに俯いている。どうやら、今のペースではノルマが達成できないことは分かっているらしい。
「いや、そんなに気に病む必要はない。2日で68人はそこまで悲観する数字ではない。それに、昼休みに浅田を味方につけられたのが大きい。明日からはかなり期待できそうだ。」
そう答え、目黒の方を見ると―彼女はムッとした表情を浮かべていた。あれ?励ますつもりで言ったのに……
「たしかに、あの人、美人でしたもんね。それに明るくて……スタイルも私なんかより……」
―えっ?まさか、嫉妬している?いや、俺の勘違いってことも考えられる。ここは……
「ふん、もしかして嫉妬か?」
俺は平静を装い、冗談のような口ぶりで言った。
「あ、あなたに、し、嫉妬なんて……してましぇん、……してません!」
……なんだ、このツンデレのテンプレ。しかも、無駄にかわいいから困る……
「ま、まぁいい。とにかく本番は明日からだ。それに浅田が味方になったと言ってもあくまで主役はお前だ。頼むぞ、目黒。」
そう無難に切り返し、目黒の様子を窺ってみると
「は、はい……頑張ります」
いつものように顔を赤くし俯くが、すぐに顔を上げてはにかみながら小さく頷いた。
「さて、どうするか……」
夜、俺は早く寝ようと思いベッドに入るが全く眠れず、自分のベッドの上で小さくつぶやいた。悩みの種もちろん、目黒のことである。おそらく、彼女が俺を異性として意識しているのは間違いない。幸か不幸か、俺はそこらの漫画やアニメの主人公達のような鈍感キャラじゃない。今日の目黒の振る舞いを見れば一目瞭然だ。だが、問題はそこではない。普段の俺なら「このイケメンで完璧な俺に惚れるのは必然だ。これもイケメンの宿命か」と自分のカッコよさに酔いしれておしまいなのだが……さっきはそうもいかなかった。彼女の好意に気付いた時、俺は、動揺し満更でもなく、うれしくさえ思ってしまった。つまり……俺も、少なからず目黒のことを異性として意識してしまっているということだ。
「だが、しかし……」
俺たちがお互いに意識し合うのはあまり良くない。今は選挙のことを最優先で考えるべき時だ。これが他の生徒に知れたら間違いなくマイナスイメージになりかねない。したがって、俺がとるべき選択肢は……保留だ。このまま、気付かなかったことにしてこれまで通り振る舞う。これで当分は大丈夫なはずだ。選挙への影響も出ないだろう。
答えを決めてしまうと、意外と楽になるものである。俺は、そのまま意識が薄れていくのを感じ、眠りに就いた。




