タイムマシン
タイムマシンって知ってますか? 実は…
博士が長年研究していたタイムマシンがついに完成したとの報を
受け、かつて彼の教え子だった私たち四人は、博士の研究室に集まっ
た。
博士は元々国立の研究所にいたのだが、タイムマシンに取り憑か
れ、退職したと言う経緯があった。当時の教え子である私たちにこ
んな言葉を残して。
『タイムマシンが完成した暁には、みんなを呼んでお披露目をする
から。とりあえず、十年後を目処にな』
あれから十年。ついにこの日を迎えたのだ。
しかし、今では中堅となった私たち教え子も、これを俄かに信じ
る事は難しかった。と言うのも、タイムマシンの理論は、相対性理
論において【光速】が鍵とされている。タイムマシンが出来ない理
由、それは物質を光速以上の速さで動かす事が出来ない、それに尽
きた。しかし、あの博士の事だ。もしかしたら? 一抹の希望を持
って私たちは博士の元に…という訳だ。
「え~、それでは今からタイムマシンの体験実験をします。君たち、
よく集まってくれたね」
博士は十年前とまるで変わらない笑顔で私たちを迎えてくれた。
「博士、お久しぶりです。で、タイムマシンはどこに?」
一刻も早く博士の創りあげたタイムマシンが見たい、触りたい、
体験したい。集まった誰もがそう願っていた。
「はは、君たち、そんなに慌てるなよ。じゃ、別室にて一人ずつ体
験をしてもらうから」
博士はそう言うと、私たち四人を順番に並ばせた。まずは先輩で
もあるT大の教授からだ。彼は今ではその世界の第一人者とも呼ば
れている。
教授は彼を伴い、研究室の続き部屋に入っていった。暫くすると
「おおっ! まさか! 信じられない!」
という、T大教授の声が響いた。
こ、これは…そんなに凄い物なのか? 私たちは自分の番が来る
のを今か今かと待ち焦がれていた。
そして一時間後、我々は涙を流して博士を祝福していた。ついに
完璧なタイムマシンが出来たのだ。実験の結果は大成功。私は過去
の世界、幕末に行って黒船の来航をこの目で見た。確かにあれは現
実だった。疑いようもない。
「博士、実に凄い発明です。遂にやりましたね。で、その方法は?
どうやって光速以上の速度で物質を移動させる事に成功を?」
我々の注目はその点に集まった。
博士は笑いながら言った。
「それは、その、企業秘密じゃ。それからこの事はまだオフレコで
頼むぞ」
博士のそんな言葉に私たち四人は未練たっぷりだったが、素直に
彼に従う事にした。いずれにせよ、タイムマシンは完成したのだ。
その精査にはたっぷりと時間も取れるはずだ。我々は博士に祝福と
感謝を伝えて研究所を後にした。
***
「ねえ、おじいちゃん、あれで本当によかったの?」
博士の孫娘である中学生が、博士にそんな言葉を投げかけていた。
「ん? まあな。彼らも感激していたようだし、かん口令も敷いて
おいた。まぁ、大丈夫じゃろう」
博士は孫娘にウインクをして、悪戯っぽく笑った。
「え~? でもホント、学者って世間知らずよね。あんなのに騙さ
れるなんて」
孫娘はテーブルの上においてあるヘッドホンとゴーグルを指差し
て言った。
それは一種の催眠装置で、誰にでも扱えるバーチャルシステムの
一種だった。
「いいかね? そこに物質が存在しないとしてもだよ、意識にそれ
がそこにあるという情報を与えたら、それはそこに物質があるのと
同じ事なんじゃ。被験者に情報を与え、それを頭の中で構築させる。
過去でも未来でも何でも好きな世界をな。それこそがタイムマシン
の真実でもあるのじゃ」
博士の言葉に孫娘は首を捻りながら訊ねた。
「でも、それってまやかしよね? なんでおじいちゃんはそんなコ
トをしたの?」
孫娘のそんな質問に、博士は胸を張って答えた。
「だって、実際には出来なかったなんて言うのは悔しいじゃろ?
それにいつでも夢はあった方がいいからの」
そんな博士の言葉に、孫娘は溜息混じりに
「夢って、あの人たちだってそのうち騙された事がわかるわよ。ど
うするの?」
そう言ったが、博士は自信満々にこう答えた。
「大丈夫! 一時間後には今日の事はすべて忘れるという暗示もか
けておいた。覚えておるのは、気持ち良かったという感覚だけじゃ」
「え~? じゃ、おじいちゃんのことも忘れちゃうんじゃない。お
じいちゃんがタイムマシンを完成させたっていう記憶もよ?」
孫娘の言葉に
「しまった! そうじゃった!」
博士は実に残念そうな顔をした後で、寂しそうに笑うのだった。
タイムマシン…それは想像上の乗り物。だからどんな風に想像してもOKなんですよね。都合がいい乗り物です。