23 ヤブカラシ――甘い香りに死は隠れる
「おいゲン太、完全に道を間違っただろう?」
目を細めるヤタカに、ゲン太はぶるぶると鼻緒を振り、間違っていないと主張する。
いくら違っていないといわれても、人ひとりがやっと這って出られる、横に長く狭い隙間を通って外へでたヤタカが目にしたのは、最後に見た景色と似ても似つかないものだった。
大きく息を吐きだし、文句を続けようと開けた口を何とか閉じた。
「まいったな。これじゃイリス達を見失った街道が、どっちにあるのかわかりゃしない」
地面に傾斜が見られないから、山というより林に近い。山に囲まれた街道なら、山裾に広がる林を両脇に抱える場所もある。イリス達と離れた街道から、あまり遠くないことを祈り、ヤタカは小さく舌を打つ。
「傾いだ太陽があそこ。あっちには山が見える。だとしたら、少なくとも街道はこっちの方向か」
まだ軋む体にむち打って歩き出そうとしたヤタカの横で、カンカンと木肌が打ち鳴らされた。
―― これ
ゲン太の鼻緒に引っかけられていたのは、紫の棒アメだった。引き摺られて、すっかり土まみれになっている。
「これを食わないで済んだのは、ゲン太のおかげか。世話をかけたな」
身を捩り、ゲン太が紫の棒アメを地面に転がした。
――これ すてる
目を閉じ思考を巡らせたヤタカは静かに首を振り、転がった土まみれの棒アメを拾い上げる。
「これは俺が持っている。イリス達には内緒だ」
取り返そうと下駄の歯で跳ね上がったゲン太の鼻緒は、紫の棒アメには届かない。
「心配するな。食う気なんてさらさらない。敵を撃退するのに使えるかも、だろう?」
コトリと前の歯を落とし黙り込んだゲン太を小突いて、ヤタカは歩きだした。
平気で歩ける体ではない。それでも今は、平気な振りをするしかない。イリスとわたるを救えなければ、味わった苦痛もゲン太の頑張りも、何一つ意味を持たなくなるのだから。
『死にたくなったら、水場で紫のアメを噛み砕け。水の器は体を抜けて水へ逃げ込む。おまえは、どんな方法より楽に死ねる』
ゴザ売りの男の声が脳裏を過ぎる。
あの男、いったいどこまで知っているのか。イリスを守ると決めた以上、これを口にする気など無い。だが、イリスを守るため口にする日が来るのなら、決してゲン太を苦しめない方法で、とヤタカは心に誓う。
死へと導く紫の棒アメをヤタカへ返してしまったことを、ゲン太が後悔しないように。 生意気なクソ下駄が、気に病まないように。
馬鹿下駄が、小さな心を痛めないように。
一人静かに死出へ旅立とう。
まるで自然に命尽きたように。
あるいは、不慮の災難に見舞われたように。
「そう思うくらいには、おまえのことだって大事に思ってんだぜ?」
小さく呟くヤタカの声は、後ろをとぼとぼ歩くゲン太には届かない。
それでいい。
ヤタカが大きく肩で息を吐いたとき、かん、とひと鳴りしてゲン太が駆けだした。
「ゲン太、どこへ行く!」
どんなに気力を振り絞っても、駆けていくゲン太に追いつく力は残っていない。
「ゲン太!」
先の茂みから、呼ぶように下駄の歯を打ち鳴らす音が響く。時折鳴らされるその音だけを頼りに、ヤタカは歯を食いしばって足を進めた。
胃の残留物を押し上げて、時折口に溢れる白く苦い泡を吐き出しながら、林を駆け抜けるゲン太が揺らす草の茂みの葉先を追った。
急流の波頭を思わせる草の波が不意に止まる。
二人を見つけたのかと思ったが、喜びの下駄の音は響かない。さして広くは無さそうだが、林の中にぽかりと開けた空間があるのが見て取れた。ゲン太が足を止めたのはその手前。頭の中に響いた警鐘に、身を沈めてヤタカも足を止めた。
――慈庭との山歩きが、こんなところで役に立つとはな
木葉を揺らすそよ風は、ヤタカとゲン太が『何か』の風下に立つことを教えてくれる。 森に籠もるときは、野生を相手に狩りで勝てなければ腹は満たされなかった。
あの頃の訓練は、痛みと共にヤタカの体に染み込んでいる。
獲物によっては、しくじれば返り討ちに遭い死を招く。命を繋ぐ食事を取る行為が、本来命懸けのものなのだと知ったのもその頃だった。
風下であれば臭いで感づかれる心配はない。形を持たない気配もそう。
ヤタカは更に腰を沈め、音を立てないように足を進めた。
歩いて行くヤタカの頭、肩、腰の高さは、まるで鋼に固定されているかのように動かない。
枝や枯れ葉を避け、柔らかくしなる草のみを漕いで滑るように進んでいく。
鍛錬された足はつま先からしなやかに草の隙間に滑り込み、そよ風にさえ揺らぐ柔らかな葉先を、必要以上にしならせることはなかった。
――ゲン太
木の根元にぴたりと身を寄せ縮こまるゲン太にヤタカは視線を送り、動くなと手の平で指示をだす。
ゲン太が足を止めた先には狭いながらも空間が開け、真ん中に一本立つ木の向こう側に二つの影が見えた。
――わたる
ゲン太の木肌に文字が浮かぶ。
そっと覗き見ると、木の陰から僅かにはみ出している着物の裾には、確かに見覚えがあった。
――イリス いない
わたるの向こう側には、黒い作務衣の肩が見える。薄茶色の笠の端がある高さからして、おそらく男だろう。
だらりと下がった手には、小型の刃物が握られていた。指先で摘むように緩く握られた柄が、わたるに対して男の方が上位に立っていることを暗示している。
木立にすっぽりと身を隠し、ヤタカは必死に思考を巡らせ、目を閉じて脳裏に焼き付けた映像を探っていく。
二人しかいないように見えた木の周りには、大きく草を押し潰したようにへこみが点在していた。
――人が倒れているのか?
紅花虫が造りだす帯の向こうに垣間見えた、幾筋もの黒い影が倒されたとして、やったのはどっちなのか。策を巡らせて罠を張るなら、医術と高い薬草の知識を持つわたるにも、人間を倒す、あるいは殺すことは可能だろう。だが、体技で襲ってきた複数の手練れを相手に打ち勝てるとは思えなかった。黒い作務衣が倒したのなら、なぜ今、刃物を手にわたると向かい合っているのか。
――いったい何者だ
イリスの安否を確かめに飛び出したい衝動に駆られたが、拳を握ってヤタカは堪える。 何が起きたのか正確に情報を伝えてくれるのは、わたる以外に考えられない。
わたるは今、人質に取られているのとかわらない。だからこそ、下手に動けば全てを失うことになる。
――どうする、考えろ!
幹の横からそっと様子を覗いに顔をだしたヤタカは、予想していなかった恐怖に目を見開き体を凍らせた。
――なぜだ? どこから湧いてきた!
風下に居たというのに、気配さえ感じなかった。
交差して飛び交う無数の影が、ぴたりと静止して人の形をなす。
手にはそれぞれ形の違う刃物が握られ、黒い頭巾の隙間からのぞく双眼からはなんの表情も伺えない。
わたるの袂が、びくりと揺れた。
総勢八人の黒装束を背にしても、作務衣を纏う男の笠は微動だにしていない。
――仲間か……いや、違う
男が両腕を上げ、ゆっくりと離れていく。
上げた手の肘まで作務衣の袖口が下がり、男の腕が露わになる。勝手にしろと言わんばかりにひらひらと指先を振り、踵を返した男の腕を見たヤタカは、ひゅうっと音を立てて息を呑み込んだ。
腕に並んで刻まれた二本の傷跡は、無防備なままヤタカを敵の前へ引きずり出すに十分
な衝撃だった。
衝動のままに踏み出した三歩が草を踏み、落ちた小枝を折る音が響く。
一斉に黒装束の視線が集まり、その気配に気づいた作務衣の男が笠の前を深く下げて、僅かに振り向きヤタカを見た。
横顔の鼻から下しか見えない男の口元が嗤ったように見えたのは、ヤタカの思い込みだろうか。
「動かないで! ヤタカ、動いてはいけない」
凜としたわたるの声が木々に木霊し、俯いたままのわたるがゆっくりと姿を見せた。
咄嗟に踏み出したヤタカを止めようとしたゲン太は、勢いのまま蹴り上げられて前方へと飛ばされた。
「わたる、大丈夫なのか? そいつらは何者だ! 作務衣の男を知っているのか?」
わたるを責める気などなかった。焦りに荒げられた語気に、わたるは薄く下唇を噛み眉根を寄せて目を閉じた。
作務衣の男は興味を失ったように、再び背を向け木が茂る林の向こうへと歩き出す。
「待て! おまえ、泉で俺を引き上げ、首筋に毒を打ち込んだ奴だろう?」
声を抑えてヤタカが問う。
男の歩調は緩まない。
「聞いてんのか!」
「動かないで!」
ザッと踏み出したヤタカを、再びわたるが押し留める。
「どうする気だ? なぜ止める? あの男のことだけじゃない。これだけの人数を相手に、俺が加わっても太刀打ちできるかわからないんだぞ!」
目を閉じたまま、わたるがゆっくりと頭を振る。
「言っただろう?」
その声は、敵に囲まれたこの場にそぐわない柔らかさを持って草の先を撫でて広がる。
「今回だけは、わたしを信じていいって。でもね、いってはみたが、あんな約束しなけりゃ良かったって、とんでもなく後悔しているよ」
作務衣姿が、林の向こうに呑まれて消えた。
「せめてもの救いはヤタカが現れたから、あの男に見られなくて済んだことかねぇ。イリスなら心配ない。今は夢の中だから」
わたるを囲む黒装束の間合いが、じりじりと詰められていく。まるで今はヤタカになど興味がないと言わんばかりに、わたるを中心に敵の包囲が狭められる。
イリスの身が無事だったことを、ゆっくり喜んでいる暇などなかった。
正体不明の敵に囲まれながらも、イリスの無事を知らせてくれたわたるが危機に直面している。そして敵の包囲網は、目に見えて縮まっていた。
あの男の正体も、黒装束の目的にさえ構っている余裕はない。
「わたる! 逃げろ!」
草地を蹴ってヤタカが飛び出したのと、黒装束の集団が胸の前に刃を構えたのが同時。
「頓悟」
全方向に波紋を広げた、柔らかな声の中心にいるのがわたるだと気付いても、ヤタカは自分の耳を幾度も疑った。
刃を構え前傾姿勢をとり、今にもわたるに向けて突進しようとしていた黒装束達の動きは、黒い切り絵のように止まっている。
全ての動きを静止させた声色は、聞き慣れたわたるのものではなかった。
夏の風に揺れる鈴のように、あるは冬の薄氷がひび割れるような、相反する幾つもの声を合わせて耳にした違和感に、ヤタカの三半規管は戸惑い筋肉を司る神経はびくりとも動くことを許さなかった。
全ての者が動きを止める中、わたるはゆっくりと左のこめかみに手を当て、力を込めて擦り上げる。
動きを止めた黒装束の視線を集めたまま、いつもは頬にはらりとかかる長い横の髪が、
白く細い指先でかきあげられた。
「解」
前傾姿勢になっていた、黒装束と共に、ヤタカの体も見えない支えを失って膝をつく。
黒装束達の視線は、髪を掻き上げられたこめかみへと集まり、ヤタカと同様に膝をついたまま驚愕に目を見開いているのが遠目にも見て取れた。
呆気に取られたヤタカが、体が自由に動くことに気づき立ち上がろうとしたとき、視線を向けることなくわたるの手の平がすいと上げられた。
「そこを動かないでおくれ。あまり近付くと、ヤタカまで術に嵌めてしまう」
体は自由だというのに、動けなかった。
「今はまだあたしを信じていいよ。だってさ、まだ約束を果たしていないからねぇ。イリスと約束しちまったんだ。色気も素っ気もない布に、刺繍をしてやるってさ」
駆け寄ってきたゲン太が、動くなというようにヤタカの足先に下駄の歯をかける。
「その後はどうなる……」
「前にもいっただろう? あたしみたいな人間を信じていたら、命が幾つあってもありゃしない。だから、今回だけだよ」
向けられていた手の平がすっと握られたかと思うと、ヤタカへ向けて真っ直ぐに指先が解き放たれた。
「いったいなにを……くそっ」
太ももを押さえたタカは、がくりと片膝を着く。
右の太ももに、吹き矢に似た円錐状の矢が刺さっていた。
何かしらの薬物が塗られているのだろう。
「動け、クソ! があああぁぁぁ!」
意識を完全に保ったまま、四肢の自由だけが利かない状態に、ヤタカは腹の底から咆哮した。
動きを押さえられていない黒装束達は、体勢を変えて一様に尻で後退り、まるで化け物を見たかのようにわたるを凝視している。
「この世に居るはずのないモノがいた……そういいたいのかい?」
髪を掻き上げた手をそのままに、露わになったこめかみを見せつけるように、わたるはゆっくりと黒装束へ近づいていく。
――どういうことだ? 顔見知りなのか? いや、そんな筈は……
わたるがこめかみを見せるまで、黒装束の集団は明らかにわたるを仕留めようとしていた。人を襲う殺すという行為は、この世のどこでも起こりうる。
だがそれが一般的な人の生活で行われるならいざ知らず、この状況でわたるが狙われる理由がわからなかった。
どこかで気を失っている異種宿りのイリス、異物憑きのヤタカが二人揃うところに、得体の知れない者達が刃物を手に現れたなら、自ずと的は決まってくる。
標的にされるべきはイリスとヤタカ。
不遇な幼少期を抱えているとはいえ、高い医術を除けばわたるはか弱い女性に過ぎない。
ヤタカはそう感じていた。
わたるを襲う理由は何だ。どれだけ記憶を手繰っても答えは見つからない。
ヤタカの場所から見えるわたるのこめかみは、すっと通った眉尻が流れる抜けるような白い肌にしか見えなかった。
――あいつらには、何かが見えているのか?
一歩、また一歩とわたるが黒装束の近くへ足を進めていくと、後退っていた腕は震え、ヤタカの場所からでも頭巾を被った頭部が、がくがくと震える様が見て取れた。
「結局、見つけられなかった……そうだよねぇ?」
覗き込むように顔を近づけたわたるを恐れながら、視線を外せない恐怖に囚われているのだろう。黒装束の頭部が、わたるの言葉に不必要なほど大きく何度も頷く。
「いい子だ」
ヤタカに向けられたままになっていた手の平がだらりと下がり、わたるはすっと姿勢を正した。
「直ぐに遠くへお行き。余計なことは……全て忘れておしまい」
ヤタカの体は動かない。太ももに刺さった矢を抜くことさえできずに、ただ成り行きを見守るしかなかった。
「漸悟」
あぁ、またあの声だ。
ヤタカは、再び脳がくらりと揺さぶられる感覚に眉根を寄せる。だがそれは、わたるが放った術の余波の端に触れただけのこと。ヤタカの神経に影響を及ぼすことはなかった。
黒装束がひとり、またひとりと立ち上がり、弾かれたように踵を返して駆けだした。
逃げ出したわけではないだろう。体の震えは止まり、わたるやヤタカのことが見えていない振る舞いを除けば、目的に向けて動く統制の取れた部隊そのもの。
何より不可解だったのは、ここへ辿り着いたとき最初に見つけた草のへこみから、幽霊のごとく起き上がってきた黒装束を纏う者達も、何事も無かったようにこの場を後にしたことだった。
――見えていないのか?
何一つ理解できないまま、静まりかえった林のなかヤタカは放心していた。
「下駄の坊や、いるんだろう? ちょっと頼まれておくれよ」
いつものわたるの声だった。
目の前で起きた光景を見ていただろうに、ゲン太は躊躇することなくわたるのもとへ駆けていく。
直ぐに戻ってきたゲン太は、棘だらけの葉をさけるように茎を鼻緒に巻き付け戻ってきた。それを見たヤタカは目を丸くする。
「おい、止めろ? それは煮て棘を柔らかくしてからすり潰して……おい!」
ヤタカの声を無視して高く跳ね上がったゲン太の鼻緒から、ひらりと葉が解き放たれる。
「ばか! 止めろってクソ下駄!」
袖を捲り上げ剥き出しになったヤタカの腕の前まで、はらりと落下した葉を目掛けてゲン太が直角に蹴り込んだ。
感じているのが無数に刺さった棘の痛みなのか、クソ下駄といわれて必要以上に全力で飛び込んだ、ゲン太の蹴りが与える苦痛なのかさえ解らないまま、ヤタカは腕を抱えて地面に転がった。
腕には大小の棘が刺さり、棘先に含まれる僅かな毒素が点々と赤い膨らみつくりだす。
「一応礼をいうべきか?」
大の字になってヤタカが息を吐く。
「体の痺れは取れただろう?」
言葉とともに、木に凭れてわたるが腰を沈めていく。
「約束どおり、無事に帰ってきたねぇ。イリスはここで眠っているけれど、自然に目が覚めるまで待った方がいい。この薬は副作用が無い代わり、無理に起こすと頭病みが辛いからさ」
「そうか」
駆けていったゲン太が大人しいということは、イリスは本当に眠っているだけなのだろう。腕に刺さった細かい棘を抜きながら、ヤタカは言葉を選ぶ。
どれほど遠回しでも、どんなに真綿に包んでも、口にする言葉の全てがわたるを突き刺す気がした。
「なぁ」
「うん?」
「本来わたるが居るべき場所は……ここじゃないんだろう?」
俯いたまま答えないわたるに代わって、空の高いところで小鳥が鳴いた。
「ほんとうは、親爺さんがやっていたことを、知っているんじゃないのか?」
「あぁ」
見上げた空の高い所を、白い雲が形を変えて流れていく。
「それぞれの思惑を抱えた者達の助けがなければ、俺は記憶を岩肌に写したあの場所で死んでいた。死ぬはずだった。そしておまえは、そのことを知っていた?」
「知っちゃいないさ。それに死なないと思っていた。下駄の坊やがそっち側へ飛び込んだとき、ヤタカは生きて戻ると確信した」
そうか、とヤタカは頷いた。
林の奥が騒がしい。羽根の音が聞こえるのは、気のせいだろうか。
「独り言だと思って、聞き流して構わない。奴らに見せたこめかみには、いったい何がある?」
横目で眺めるわたるは背を丸め、指先で横髪を摘んで静かに垂らす。
「あたしが後ろ髪引かれることなく、父様の意思を継げるように。誰とも近しくならないように。誰も寄りつかず、独り生きることを余儀なくするために、父様があたしに残した遺産だよ。負の遺産……かねぇ」
かける言葉を口の中で転がしながら、ヤタカが体を起こしたとき、奥の林から七羽のカラスが大きく羽根の音を響かせ目の前を通り過ぎた。
灰色の綿毛がふわふわと天高く昇っていく。
「ヤブカラシ……か?」
普通の藪枯らしから取られた異名だが、絡まれば藪さえ枯らすといわれる藪枯らしと違い、ヤブカラシは縁起が悪いと忌み嫌われてきた。
独特の甘く濃い香が立ち籠める。
カラスの羽根が種となる綿毛を運ぶこと以外は、なんら普通の植物とかわらない。
迷信にも近い話だというのに、空高く昇ってヤブカラシが見えなくなっても、ヤタカはじっと空を眺めていた。
「ヤブカラシが姿を見せたとき……その場に居合わせた誰かが、命を落とす」
ヤタカの呟きに空を見上げたわたるは、見えなくなったヤブカラシに手を伸ばす。
「ヤブカラシが現れたから、誰かが死ぬんじゃないさ。誰かが死ぬから、ヤブカラシが姿をみせるんだから、ねぇ」
わたるは目を閉じ微笑む。
ヤブカラシが残した、濃く甘い香りがヤタカの胸を騒がせた。
読んで下さったみなさん、ありがとうございました!




