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10 泡の声


 脳天を突くような銅鑼の音に目を見開いたヤタカは、ぺしりと叩かれた額にもう一度目を瞑った。


「ヤタカ、おはよう。もうすぐ朝ご飯だよ」


 聞き慣れたイリスの声がどこか遠くで響く。

 頭の中を痺れさせる残響は、銅鑼の音だけではないだろう。深海を彷徨うように漂っていた夢の中から一気に浮上させられた意識は、現実に溶け込めずにヤタカの鼓膜の奥へと同じ言葉を響かせる。


――逃げろ


 誰の声なのか解っていたような気がする。気がするだけで、地の底から沸くように反響する声はどんどん霞の向こうへと小さくなり、ヤタカの中に残る声色への認識を曖昧にした。


「食べないなら、わたしがヤタカの分も食べていい?」


――あぁ、イリスだ。いつものイリスの声。目の前にいる。


 冗談とも本気ともつかないイリスの声が、ヤタカの鼓膜に染みて、ぼやけた感覚を現実へと引き戻す。


「食べるよ。二人前も食ったら、太るだろ?」


 何とか腕で上半身を持ち上げると、イリスの冷たい指先がぺちりと額を叩くのを追って、ばちん、と鳴り響く衝撃に、拳ひとつ分ほど頭を後ろに吹き飛ばされた。


「そんなに寝起きが悪くて、今まで死なずに旅をしてきたのが奇跡だな。護衛係なんだから、お姉さんより早く起きろよな」


 平手打ちの犯人はシュイか。


「おかげで目が覚めたよ。ちなみに俺は護衛じゃない。旅の道連れだ」


「そういうのを、ただの荷物持ちっていうんだぜ?」


 おいおい護衛役から荷物持ちに格下げかよ、と小さく舌を鳴らして、丸まっていた掛け布団からもそもそと抜け出した。


「朝飯を食べて直ぐに出発したら、夕方くらいには寺跡へ着くだろうよ。そういえば、夜中にうなされていたようじゃが、固い岩の上で夢見が悪かったかのう?」


 うなされていたのか。

 心配げに目をしばたたかせる主人に笑顔で首を振り、大丈夫ですと手を振ってみせる。

簡素なテーブルの上には、昨夜と同じように深皿にスープが盛られ、干し肉ではない軟らかそうな肉が一枚ずつ、皿の上で食欲をそそる香を立ちのぼらせていた。


「新鮮な肉が手に入るのですね。旅をしていると、飯屋にでも立ち寄らない限りはなかなか」


「いつも手に入るわけじゃねぇよ。たまたまあったし、お姉ちゃんに旅の力を蓄えてもらわなくちゃいけないから特別なんだ。おまえは、おまけ!」


 ふん、と鼻を鳴らすシュイの声に皿を見渡すと、明らかにイリスの肉だけ厚く切られている。まだぶつぶつと文句を言いながら、水を取りに行ったシュイの背を見送りながら、主人がくすくすと肩を揺らしヤタカにそっと耳打ちする。


「許してやってくれんか。外を自由に歩ける者への憧れが、悔しさに変わって憎まれ口を叩いておるだけじゃ。それに、すっかり気に入ってしまったあの娘さん……自分は今度いつ会えるかわからんというのに、共に旅を続けられるあんたが羨ましいだけじゃ。ふふ、おまえさんへの風当たりは、暴風並じゃて。くくっ」


 楽しそうに話す主人の横で苦笑いをしたヤタカは、ぷりぷりと肩を怒らせ水を汲むシュイの背を、少しだけ愛しく思った。

 一生狭い場所から出られない覚悟と普通の世界への憧れなら、ヤタカも嫌と言うほど知っている。

 湯呑みにひとつだけ汲まれた水が、イリスの前にとん、と置かれると主人が短い祈りを捧げ、旅をする者には贅沢な朝食が始まった。


「うわ、美味しいねこのお肉。シュイが焼いたんでしょう? 塩加減が最高!」


 あっという間に厚切りの肉を口に詰め込み、満面の笑みを浮かべるイリスを見て、シュイは誇らしげに鼻を膨らませる。


「美味しい? ならこれもお姉さんにあげる。いっぱい食べて!」


 切り分けて半分ほど残っていた自分の肉を摘んでイリスの皿にのせ、シュイは頬を少しだけ赤くした。


「シュイの分がなくなっちゃうよ? お腹が空くでしょう?」


 ぶんぶんとシュイが首を振る。


「昨日食べすぎたから、あんま食欲がないんだ。どうせ残しちゃうからさ」


 首を傾げながらもイリスはありがとう、と微笑んでぱくりと肉を口へと放り込む。

 赤い顔を隠す様に、そそくさと水瓶の方へ歩いて行くシュイが横を通った時、ヤタカは口の端でにやりと笑った。


――嘘つきなマセガキめ


 横を通ったシュイの腹が、ぎゅるると密かに鳴ったことは黙っていてやろう。

 押し殺した笑いにヤタカが肩を震わせている――その時だった。

 

 ぴしゃり


 まだスープの残るイリスの深皿の中で、何かが跳ねる音がしたかと思うと、湯呑みがかたりと倒れて水が零れ、深皿の縁を濡らしながらテーブルの木目を伝うと細い筋をなして床へと落ちていった。


「ゲン太、濡れちゃうよ」


 イリスの声に、ゲン太は慌てたように片下駄の尻を持ち上げた。細く流れ落ちる水が、ゲン太の薄い飴色の木目を濡らしていく。

 避けようとしたはずのゲン太が、上げた片下駄をすとんと落とした。


「おやおや」


 珍しい、と主人が小さく声を上げる。


 ぴしゃり


 深皿のスープの表面が、僅かな水紋に揺れる。

 赤い漆の金魚が、深皿にかかった水の跡をたどるように、ゆるりゆるりと木の表面を泳いで昇る。

 深皿の外側へと進む、赤い漆の金魚の柔らかく揺れる尾が縁を越えた。


 ぴしゃり


「うわ、金魚の滝下り」


 イリスの言葉に突っ込みを入れるのさえ忘れて、ヤタカは不思議な光景に見入っていた。

 湯呑みから零れた水の跡をなぞるように、赤と白の入り交じった尾がテーブルの木目へ泳ぎ渡ったかと思うと、ちょろちょろと流れ落ちる細い水の流れに乗って、真っ直ぐに床へと下っていく。

 優雅に揺れる尾の動きに合わせるように、身をくねらせながら赤い漆の金魚はゆっくりと、重力を無視して細い滝を下っていく。

 

 ぴしゃり


 ゲン太がぶるりと鼻緒を振るわせた。

 

「うそだろ? 有り得ない……有り得ないんだ」


 譫言のようにヤタカの口から言葉が漏れる。

 ゲン太の木目を濡らす水が戸口だとでもいうように、赤い漆の金魚が尾を揺らす。

 白と赤の尾が揺れるたび、ゲン太の飴色の木目がさざ波を立てたように見えて、ヤタカは強く頭を振って目頭を揉んだ。


「この金魚、わたし達と行くつもりかな?」


 悠長に呟くイリスに白目を剝きそうになりながら、ヤタカは大きく肩で息を吐いた。


 やっと思うように動けるようになったらしいゲン太は、とまったハエを振り払う勢いでばたりばたりと跳ね回っている。

 知ったことかと、下駄の裏側へ回っていた赤い漆の金魚が、鼻緒の横を泳いで表側へと戻ってきた。


「悪いが、こやつも連れて行ってもらえんかの?」


「しかしご主人、この下駄には無数の異種が宿っているんです。それだけでも異常なことなのに、その上異物だなんて。もう寺で学んだ事が何だったのかさえ、わからなくなりそうです」


 皺だらけの分厚い手がヤタカの肩に乗せられる。


「この金魚はの、あんたらが寺に行くよりずっと昔に、この道を行き交う者の手荷物に紛れてここへ来た。その者は寺を訪れて外へ向かう途中に立ち寄ったが、あの様子ではおそらく、異物を抱えてきたことに気づいてはいなかったろうよ」


「この金魚、元々は寺に置かれていた異物だと?」


「置かれていたのか、そこに居着いていたのかはわからんよ。目的もわからんが、寺へ戻る時が来たのだろうと、わしゃ思う」


 ゲン太だけでも手に余るのに、得体の知れない金魚を抱えることにヤタカは躊躇した。 寺から逃げ出したのだとしたら、寺が追う異物ということになる。そのリスクを負ってまで、連れて歩くべきなのかと。


「ゲン太ごと、ここで預かっていただくわけにはいきませんか?」


 肩に置いた手を放し、主人は悪戯っぽく肩を竦める。


「この宿へはみんな勝手に来て、勝手に立ち去っていく。それにその下駄は、残れといっても勝手に歩いて此処を出て行くじゃろう? 異物を封じ込める力など此処にはない、ここは宿屋 あな籠もり、一時身を置くだけのただの宿屋じゃから」


 既に興味を失ったらしいイリスは、宿への入口となった岩壁に手を入れては、なにやらシュイに説明を受け、大げさに驚いた声を上げている。


「わかりました。最後まで連れて歩くという約束はできませんが、それでもいいですか?」


 白い髭を揺らして頷く主人に一礼し、ヤタカは荷物を背負い上げる。


「あの宿代は幾らほどに?」


「あの金魚を連れていって貰うことで、宿代はおつりがでるほどじゃよ」


 お世話になりました、もう一度頭を下げ、ヤタカは騒がしい二人へと向き直る。


「イリス、出発しよう」


「うん」


 シュイの頭をさらりと撫で、イリスがすたすたと岩の外へと出て行った。


「待てよ! 横穴には異種が!」


 慌てて駆け出したヤタカは、力一杯袖を引かれて危うく転びそうになった。


「心配入らない……また来いよ」


 大きすぎる外套を羽織ったシュイが、にこりともせずに肩眉を吊り上げて見上げている。


「あぁ、世話になったな」


 もじもじと視線を泳がせ、いっこうに袖を放そうとしないシュイの頭をこつりとやると、ちっ、と舌を鳴らして小さな手がぱっと放された。


「これ、持ってけ」


 ざっとしゃがみ込んだシュイが立ち上がって差し出したのは、二本の竹筒だった。


「朝早くに、ゲン太が酒ってさぁ。酒って字ばっかり浮かべるんだ。でかい方の竹筒はあんた用の水だ」


「俺のために?」


 渡した竹筒からばっと手を放し、シュイが嫌そうに顔を顰める。


「おまえのためじゃないやい! お姉さんが、水があったらなっていうから……さっさと行けよ!」


 踵を返して走ったシュイが、自分用の布団にもぐり込みすっかり頭を隠してしまう。

 目尻に笑いを浮かべたヤタカは、入口の岩に手を滑り込ませた。


「ありがとなシュイ! 爺ちゃんを守れよ!」


 言い残して岩をくぐり抜ける。さらさらと縄暖簾を潜る感触が全身を覆った。


「おまえもな!」


 視界から消えた部屋の中から精一杯に響かせた怒鳴り声の先にはきっと、お姉さんを守れよ、という言葉が隠されているのだろう。


「はいはい」


 呟いて、先にひとり立っているイリスの横へと通り抜けた。

 主人が後から出てくる様子もなく、横穴に張り巡らされた異種の根と睨み合うイリスの横顔を見ながら首筋を掻く。


「どうすんだよ、この根をどうしたらいいのか聞くのを忘れた。戻るか?」


 視線を根に向けたまま、イリスが首を横に振る。


「ゲン太がね、杖で根が切れるって。金魚さんが言っていたって」 


「おいおい、漆の金魚だろ? ゲン太だけじゃなく漆で描かれた異物にまで記憶や意思があるっていうのかよ。ゲン太! 嘘じゃないだろうな?」


――ぬけさく


「なんだと!?」


――と きんぎょが


 ぴしゃりと赤い漆の金魚の尾がゲン太の木肌を打つ。平面なのだが、確かに打った。

 鼻緒を持ち上げて、ゲン太がびくりと跳ね上がる。


「ほら、罪を人に着せるなだってさ」


 つま先でゲン太を軽く蹴飛ばした。


「いくよ」


 こちらの騒ぎなど耳にも入っていない様子のイリスが静かに杖を持ち上げ、その尖端で円を描いて張り巡る根の表面をなぞっていく。


「イリス!」


 円を描いた途端に目を押さえて蹲ったイリスに駆け寄ったヤタカは、杖の引き起こした目の前の光景に思考が止まる思いだった。

 秋の枯れ葉を握りつぶした時に似た音を立てて、張り巡らされた異種の根が枯れていく。 まるでイリスの操った杖に水分を吸い取られたかのように、枯れ細った根が自らの重みに耐えかねて、ぱらぱらと表皮が剥がれ落ちていく。

 翳した松明の明かりに道の向こうが透けて見えるほどにやせ細った根が、申し合わせたようにどさりと砕け散った。


「よし、道ができたよ」


 目を押さえた指の隙間から見えるイリスの目が、ヤタカに笑いかける。


「よし、じゃないだろ? 痛むのか? どうして根を断ち切れた?」


「わかんない。痛かったわけじゃないよ、目がぐるぐる動いた気がして目眩がしただけ」


 赤ん坊が母親の膝に手をかけて立つように、ゲン太が下駄の歯の前をイリスの足首にのせて身を揺すっている。


「大丈夫だよ、もう大丈夫」


 ヤタカの肩に手をかけて立ち上がったイリスにほっとしながらも、ヤタカは胃が焼ける思いだった。唾を飲み込んでも、一気に湧き出た胃酸が逆流してくる感覚に顔を顰める。


「いくよ、ヤタカ」


「あぁ」


 こういう時のイリスには何を言っても無駄だ。自分の痛みに頓着しないイリスは、何を聞いてもはぐらかすだろうから。

 何事もなかったかのように先を行くイリスの背を見つめながら、このまま寺へ行くことが本当に正のかと、ヤタカは自問せずにいられなかった。

 世界を救いたい訳じゃない。寺の過去を知ったとしても、この世が平和になったとしても、そこにイリスがいなければヤタカにとっては何の意味もない。

 イリスに紐を引かれるゲン太の踵辺りで留まった、赤い漆の金魚がひらりと尾を揺らす。

 


 三つ叉に別れた道の前まで来ると、イリスを紐で引くようにゲン太が先頭を進み出した。 そこから道は細くなり、脇道も本線も区別がつきづらい。

 道の途中に何カ所か置かれていた松明を、数本使わせて貰っていたが、今手にある棒の先の明かりも心持たないものとなっていた。


「ゲン太、早く着かないと暗闇を進むことになるぞ」


――すこし


 浮かんだ文字は、直ぐに散って消えて行く。赤い漆の金魚は、飽きることなく同じ場所で尾ビレを揺らしている。

 イリスがはたと立ち止まった。


「ゲン太のいう通りだね。もうすぐ外にでる。寺を囲む、木々の香りがするもの」


 ヤタカには感じられない香だった。余計な異物の側にいて、嫌な気分だけで済んでいるのさえ不思議だったが、やはり異物や異種の近くにいると感覚は鈍ると思い知らされる。


「ほら、すぐそこ!」


 指差してイリスが駆けだした先には、うっすらと外の明かりが差し込んでいた。

 駆け出すヤタカの鼻先を、吹き込んだ風が撫でる。


――森の匂いだ。寺の匂い


 飛び出した先で肺一杯に息を吸い込む。

 抜け穴が繋がっていたのは、岩牢があるのとは反対側の山の中腹だった。

 入口は巧みに岩で塞がれ、知らなければ岩の向こうに道があるとは気づけないだろう。

 妙に足に疲れが溜まると思っていたが、緩やかに横道は登りの傾斜となっていたのか。

 張った足を伸ばしながら、ヤタカは人生のほとんどを過ごした山間を見渡した。

 寺の建っていた平地には雑草が生い茂り、そこで生活していた者がたった一年前までいたなど、誰も思いはしないだろう。

 ちくりと胸を締め付ける痛みに咳払いして、日の暮れかかった山道を下りる。

 僅かな日光とはいえ、用心して目元を布で覆ったイリスの手に自分の服を掴ませた。

 ゲン太の踵に留まっていた赤い漆の金魚が、ぴしゃりと音を立て忙しくゲン太の表面を泳ぎ始めた。


「行こうか」


 むず痒そうに鼻緒を摺り合わせるゲン太を横目に、ヤタカはゆっくりと歩き出す。

 山の中腹とはいっても、大きな山にこぶを付けたような小山の中腹だから、寺の跡地まであっという間に着くだろう。

 季節でもないというのに、重なり合った虫の音がそよ風に乗って流れてきた。


「おしゃべりさんだ」


 虫の音を喩えたのだろうかと、隣を歩くイリスを眺めながらヤタカはひとり首を傾げた。


 かかん


 ゲン太が身を打ち鳴らす。


「なんだよ?」


 松明で照らしたゲン太の木肌に、墨汁を垂らしたようにゆらりと文字が浮かび上がる。


――ばばあ いた


 そういえばゲン太は最初から、寺に行ってばばあに会うといっていた。

 薄暗い中に目を懲らしても、人影は見当たらない。


――ばばあ よんでる


「わかったよ、とにかく行ってみよう」


 一旦暮れ出すと山間に日が落ちるのは早い。すっかり闇に包まれた木々を抜けて平地に下りると、日の光が無くなった事を感じたイリスが目を覆う布をするりと解いた。


「イリス、あぶないって!」


 杖を脇に抱えて駆けだしたイリスを慌てて追った。

 心得ていると言わんばかりに、ゲン太もからりころりと早足で駆けていく。

 

「こんなところに泉なんてなかった。でも、見覚えが……」


 眉根を寄せるヤタカの前、肩で息を吐くイリスが立ち止まり、泉の脇にぺたりと座り込んだ。


「ヤタカ、わたしの泉だよ。それにわたしのおしゃべりさん。ヤタカが寺に来るまでずっと、わたしに色んな事を教えてくれていたの。もちろん、その後も」


――ばばあ


 イリスとゲン太の言葉が指す者は同じなのだろう。だがヤタカの目には、人っ子一人見えなかった。

 

 チリリ チリチリと虫の音が幾重にも響く。

 小鈴を転がしたようにチリチリと闇に乗る音が、微妙なズレを持って聞き慣れない和音を奏で出す。眉を顰めたヤタカは、はっと目を見開いた。


「微かに人の声が」


 イリスは口を閉ざしたまま、じっと耳を澄ませている。松明の灯りに浮かぶ泉の周りに目を懲らすと、スズランに似た小さな釣り鐘状の白い小花を付けた植物がわっさりと茂っていた。強い風が吹いている訳でもないというのに、小さな花が頭を揺らす。


「鳴っているのは、この花なのか?」


 白い小花が一斉に奏でる音に、泉の水面が揺れて中心から外へと水紋が走った。


『オカエリ イリス』


 湖面の水紋が、人の声を生みだした――ように見えた。


「ただいま、おしゃべりさん」


 当たり前のように微笑むイリスにかける言葉もなく、ヤタカはどさりと座り込んだ。 

イリスの声に応えるかのように浅い水底が淡く光り、照らされた泉の中を空気の泡が浮かんでは一粒、また一粒と水面で弾ける。

 その泡はもどかしいほどゆっくりと、たったひとつづつ言葉を運んで浮かび上がった。


『シンジツニ キヅクモノガ フエル……ゲタ ノヨウニ』


「ゲン太はいい子。たぶんね」


『オソレハ キリトナル』


 へぇ、と頷いたイリスの声さえ夢の中で聞いているようだった。


『シンジツハ キリノ ムコウ』


 イリスがおしゃべりさん、と呼ぶ者の声が、ヤタカをうっすらと覆っていた保護膜に似た何かを引きちぎった。

 ゲン太や赤い漆の金魚の存在が、ぞわりとした感覚を伴ってヤタカを襲う。周り中に生えている異種がゲン太に宿る異種が、自分は此処にいると急に嫌な臭いを発したようだった。ヤタカは猛烈な吐き気の中、イリスに悟られぬよう必死に口元を押さえ背を丸めた。

 


読んで下さってありがとうございます!

<なんちゃってギックリ腰>になりまして(笑)

歩けるのに上体が前に倒せないだけなので<なんちゃってギックリ腰>

その為、すごく投稿が遅れてしまいました。

次話は早めにがんばります。


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