02 青色の希望
舗装された道に入ったのか、揺れが少なくなった気がする。
すすり泣く声がと不安が入り混じった車内の空気は重く、パルプルは耳をペタリと閉じた。こうすれば全ては無理だが、大分音を聞こえなく出来る。
『心の声』を聴く耳も『オーラ』の見える目も、ここ二週間で使い慣れてきた。
まっ、単純によく耳を澄ましたり目を凝らしたりすればいいだけなんだけどね!
『オーラ』は体調や気分によっても変化するが、大体の主な色合いは決まっているようだ。
例えば、オーラが黄色の人の場合「濃い黄色」「薄い黄色」「オレンジがかった黄色」「黄緑色」等、様々なバリエーションの黄色が見えるのだ。
しかし基本的に綺麗な黄色の『オーラ』を持っている者はいない・・・ 黄色に限らず赤や青や緑等、そのままの色を残している者を見つけられなかった。
皆、見るに堪えない程に汚れた色をしていて、負の感情が見て取れる。
売人や奴隷ばかりだから仕方ないのかもしれないが、どうやら成長する過程で綺麗なままではいられなくなるみたいだ。
幼い獣人は比較的に明るめの色を出す。
・・・あたしは、何色なんだろう?
いままで自分の色を見たことはなかったが、なんとなく紫系かな?と思う。
(弟も来るかな)
前に座る男性の心を無意識に読んでしまい、パルプルはビクッとする。
弟・・・生き別れたのかな?
今向かっている場所は、たくさんの奴隷が集められる血も涙もない所だ。
兄弟でそんなところに行くなんて最悪だろう。
出会えた方がいいのか、出会えない方がいいのか。
答えのない思考に嵌ったパルプルを乗せ――
古い牢獄の様な大型馬車は唸りを上げながら、夕闇を突き抜けていった。
シャンデリアが鈍い光を放ち、壁に設置された三本の蝋燭も心もとない明るさである。オレンジ色の光は精々10m程先しか視認できない。
この暗さで人間にはちゃんと視えるの?
部屋が凄く広いからぶつかったりはしないだろうけど・・・獣の目を持たない彼らには不便ではないのだろうか?
『ではお待ちかねの品定めタイムといきましょう!!』
円形の部屋の中央。
吹き抜けの天井からぶら下がるワゴンの上で女性のシルエットをした者が甲高い声を放つち、その横で頭一つ高い男性らしき人物がマイクテストを始めた。
『あ~あー。お手元のペーパーに全部書いてあるっすから、それ見ちゃって下さいな!この子たちの体にはボールが一つ括り付けられてるんですよー!んで、そのボールの色が彼らの最低値段っスねー・・・例えば赤色なら5,000ソロン以上じゃないと買えないのでーす!!』
『もし購入者が被った場合、一番高額な値段を付けた方の落札となりまーす!一部・二部・三部と三回品定めタイムがあり、その途中の時間がお支払ターイムとなります!』
パルプルはそっと奥の柱の陰に身を隠そうと、ざわつく奴隷達の間をすり抜け移動する。
まずは様子を窺おう。いきなり目を付けられて買われでもしたら、たまったもんじゃないもの!
この空間は好きに行ききができるのかな?
危険度が低い獣人の括りなのかしら?
『それではスタート!』と拡声器の声が響き渡り、二階と三階付近に感じていた気配が一斉に動き出したのを感じる。
確か途中で「放し飼いタイム」というのがあったはず。
庭かなんかで好きに移動して、近くで触れ合えるというものだ。
その時間を利用して、少しでもまともそうなヒトに買って貰えるようアピールをしようと、計画を練っている者がいた。
これはもちろん心の中を盗み読んで知った情報である。その他にも色々と知ることが出来た。
[一斉売買パーティー] とは
●奴隷商、調教師、人身売買を生業とする者が契約し主催したパーティー。
●半年に一度、大陸中の奴隷や珍しい生物を一堂に集め公開・販売する。(一部オークション形式アリ。)
●品揃えは豊富でポピュラーなペットから絶滅危惧種生物、そして人間も買うことが出来る。
まっ、色々欲しいものが見つかりやすい「バザー」みたいなものかな。
ん?ちょっと違う?・・・まっいいわ、気にせずによさげな場所を確保しよっと!
うん。ここなら向こうからは見え辛く、あたしはよく観察できるわ!
どれどれ?
柱から顔だけ出して会場を見渡すと、ガラスの板の向こう側には目元に様々な仮面を付けた人、人、人――
こわっ!
なにあれ!?怪人がいっぱい!
パルプルは柱の陰に勢いよく隠れ、頭を整理する。
・・・多分、顔を隠してるんだよね?うん、そうに違いない。というよりそれしかないだろう!
こんな大大的に行われているが、完全な違法売買である。
そりゃ顔見られたくない人もいるよね。
ようやく落ち着いたので気合を入れ直し、再開する。
会場の広さは東京ドーム二個分、かな?
行ったこと無いけどね、東京ドーム!
ガラスの板で六つのエリアに分かれていて、パルプルのいるエリアには比較的小さめな獣人が80人位容れられていた。
右隣は大きく赤い獣が7匹。
左は・・・人間。女性が大半だ。
向かい側はこちらを眺める客でよく見えなかった。
・・・あたし、本当に売られてるんだ。
仮面を着けていてもわかる、完全に自分より下の者を見る目。
嘲笑されている空気・・・ 汚いモノに対する嫌悪と侮蔑。
――――なんてどす黒い『オーラ』なんだろう。
まるで動物園の動物になったような・・・
ペットショップの子ウサギは、こんな気持ちなのかな?それとも生まれた時からこの環境なら、当たり前のことだから別に何も感じないのかな。
前世を思い出す前の・・・あたしみたいに。
(何よあのお面!あれじゃ顔が判らないじゃないっ!)
すぐ近くで響いた叫びに反射的に顔を向けると、白い毛の少女が口を手で覆い震えていた。
くるくると巻かれた角・・・羊?
(優しそうな人にアピールって言ったって、どうしたらっ)
確かに。
目元だけじゃなく口元もマスクで隠している者も多く、外見でどんな雰囲気なのか見極めるのは困難だ。まさか売り物が「アピール」をしようと考えているとは思ってないお客や経営側は、そんな配慮をしてはいない。
ガラスの方を向くと、福与かな女性に近づいていく猿の獣人の姿が見える。
綺麗なドレスを着ているため良い暮らしが出来ると思ったのか、他の子達も寄っていく。
だめ!その人は良くない人だよっ!!
福与かな女性からでる毒々しい濃い紫と、黒ずんだ黄土色が混ざった『オーラ』は、見ているだけで気分が悪くなってくる。
その人の左隣の隣の隣にいる、細くて小っちゃい杖を持ってる女性の方がまだ薄くて明るい色をしている。
そっちにすればいいのに・・・
『オーラ』の見えるパルプルには、顔が見えなくても大体危ない人か安全そうな人かが判る。
まっ、『オーラ』の色が綺麗か汚いかだけで判断してるんだけどさ。
色や形状によって色々意味があるのかもしれないが、パルプルはこの『オーラ』のことをまだ全く理解出来ていない。
そのため、解りやすい部分だけで判断することにした。
伝えたいけど下手な事して目に留まりたくない。なんとか自力でいい人を見極めて!
邪念を振り切り、ガラスの方を凝視することに集中する。
この人混みに中で、出来るだけ綺麗な『オーラ』の人を見つける!
優しそうでも暖かそうな色でもいいわ。
そして「放し飼いタイム」で買って貰える様に、アピール頑張んなきゃ!
・・・ん?いや、あれはだめだ。
あっちのは―― 不安定だなぁ。
目を凝らしせわしなくキョロキョロするが、
「うん。わかってたけどねっ!」
10分間じっと眺めていたパルプルはコシコシと目をマッサージした。
奴隷を買いに来る人間が綺麗な『オーラ』をしているわけがない!皆汚いに決まってる!!
まだましな者はいるにはいるが、どうしても自分の人生を預けられる気がしない。
焦っちゃダメ、まだ見つけられてないだけかもしれないわ!
静かに少しガラスに近づこうと、そっと柱から出た瞬間―――
「おわっ、変な色のうさぎ!」
と、真上から声が降ってきた。
あたしの事!?うそっ、見つかっちゃった・・・
硬直した身体をなんとか動かし後ろを向くと、二階のテラス席で真っ白いコートを着た美しい顔立ちの青年が微笑みかけてきた。
「――!」
「こんにちは、子ウサギちゃん」
顔も隠さずニコニコと手を振る青年。
二階があること忘れてた――!そういえばぐるっと囲まれた造りで、さっきの柱はちょうど二階部分の真下だから見えてなかったんだ!もう一度隠れる?どうする?どうするの!?
慌てふためいているパルプルに「落ち着いてー」と笑い声が掛かる。
あれ?もしかして良い人なのかな・・・?
もう一度美青年を見ようと抑え込んでいた頭をそっと上に向け目を凝らした。
次の瞬間。
「――――っ!!」
パルプルは雷に打たれた様な衝撃を味わった。
目に飛び込んできた「モノ」に息をのむ。
――・・・海?
それは以前 『前世』で見た、スカイブルーの海を彷彿させる色。
どこまでも青く。
どこまでも澄んだ。
どこまでも雄大な・・・
眩しいくらい幸福な記憶の色――
知らずに零れてくる涙を拭おうともせず、パルプルは見つめた。
目が、離せなかった。
間違いなくこの世界に生を受けてから目にする、一番美しい色。
二重にも三重にも交差する光の帯が身体の周りを包み漂い、幻想的な光景を生んでいる。
深い青、澄み切った水色。
煌めくエメラルドグリーン。
まるで あたしまで海に包まれているみたい。
パルプルは嗚咽を堪えながら決心した。
絶対にこの人に買われようと・・・この人が自分のご主人様だと――
「どうしたのー? おーい。」
その時小さな獣人の少女は、無意識のうちに微笑んでいた。
出会えたことに感謝するように、この先の明るい未来を祝福するように。
パルプルは花が咲いた様な満開な笑みを、驚きに目を見開いた白いコートの美青年―― の後ろにいる、真っ黒な服の大きな男に向けた。
「みつけた・・・あたしの運命のご主人様!」