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01  薄紫色の絶望

 大それたことがしたかったわけではない。

 感謝されたかったわけでもない。

 ただ、救いたかっただけだ。

 

 偽善者と呼ばれようと、苦しんでいる人を一人でも助けることが出来るのなら、それだけで私はよかったのだ・・・

 女手ひとつで私を育て、成人式の晴れ姿を見ずに病で他界してしまった母に少しでも胸を張れる娘になれるように。


 困っている人や病気で苦しんでいる人の支えになりたい。

 母が残してくれた少ない貯金と、死に物狂いでバイトし稼いだお金で医療学校に通い念願の看護婦になれたのが25歳の時。


 恋人も作らず休む暇もない病院勤務に明け暮れる日々の中・・・海外のボランティア広告を目にし迷うことなく応募した。

 もっと困っている人の役に立ちたい。

 その思いだけで飛び込んだ外国の地は想像をはるかに超えた惨状だったが、出来るだけのことをしようと走り回った・・・


 

 救えない命。 

 どうすることも出来ない現状。 

 無力な自分。


 辛い現実に比例するように、喜びもこの世界には溢れている!

 

 28歳。 

 命とはなんて尊いのか・・・生きていくことはなんて素晴らしいのか。


 私は降るような星空を外国の子供たちと眺め・・・涙を流した――




 そこで、コードを抜いたテレビの様に記憶が途切れている。


 枕を濡らすように伝う涙を無造作に拭うが、止まることなく流れてくる。


 どうしたんだろ、おかしいな。

 今の夢のせいかな・・・


 夢。


 昔から繰り返しみる同じ夢。

 とてもリアルな、こことは全く違う世界の・・・いや。


 夢ではない。 

 これは『記憶』だ、あたしの。


 「あたし」じゃない「私」の記憶。

 身に覚えがないが、心の奥底で懐かしさが広がる。『前世』というやつだろうか?


 ふふ、前世だって!バカみたい。

 軋む身体を起こし、自分の耳を撫でた。 

 

 ほら、これがあたしの耳!

 あんな人間みたいな耳じゃないもん。こんなにふさふさなのよ?

 手だってあんなに器用に動かないもん。丸っこくてスプーン掴むのもやっとなのよ?


 あたしが人間だったって? ありえないわ!きっと嘘よ、たんなる夢なの。

 でも・・・この知識は、なにかしら。

 

 膨大な医学の知識が、無数に頭の中を駆け巡る。

 混乱する頭を抱え、昔の名前を思い出してまた涙がこぼれた。

 あたしの名前はなんだっけ?

 ここ数年一度も呼ばれていない名を必死に思い出す。


 しかし思い出すのは「私」だった時のものばかり。

 人を助ける知識、助けたいと思う気持ち・・・助けてきた記憶。


 

 ふふ、ふふふ・・・あははははっ! きゃはははははははは、ははっ、はっ あはは・・・


 明りのない暗い場所に少女の笑い声が反響する。

 檻の小窓から差し込む月明かりが薄紫色の垂れた耳を照らし出し、泣き崩れる一匹の『うさぎ』を浮かび上がらせた。


 認めないからっ、絶対に!

 

 助ける? 


 誰を? 


 どうして?


 あたしが!?


 自分が死にかけているのに?


 「――だれか・・・だれかっ、たすけてよぉ!」


 小さな獣の渾身の悲鳴は反響を繰り返すだけで周囲に届くことは無く。


 「ここからだしてぇ―――!!」



 無情にも、搔き消えていった。




 パルプルは、薄紫色の耳と尻尾と手足を持つ『兎の獣人』だ。

 長毛で垂れた耳は柔らかく、見た目も大きな目が特徴の可愛らしい顔をしているが、『薄紫色』という世にも奇妙な色を人々は不気味がった。


 自然の獣が持ちえない毛並はパルプルを同じ獣人からも遠ざけ、ヒトにも獣人にも相手にされず生きてきた。生きるために、がむしゃらに食べ物を探すためだけの人生で、パルプルが得たものは皆無に等しい。

 学も知性も、感情も・・・ただの獣と同等レベルにしか身についていないだろうと、茶色い煙を纏った小汚い売人の男は言った。

 

 「言葉を理解出来ない奇妙な色の獣人なんか、マニアな客にしか売れないねぇ。まあ、見た目は可愛いから使い道はあるかなぁ。色々な趣味の人がいるんだしねぇ」


 品定めをする売人の言葉にゾッとする。

 確かにパルプルの知能は乏しい。今までなら男の言葉は理解出来なかっただろう。

 しかし、徐々に思い出していった『記憶』はパルプルに知能を与え、感情をよみがえらせた。


 ここにいては駄目だ・・・絶対ひどい目にあっちゃう!

 主に生き物を売るお店。人権など関係なく、ヒトをモノの様に扱う場所。


 悪い人に売られちゃう! 酷いことされちゃうっ!!

 ここから逃げなくちゃっ、早く――


 ・・・どうやって?

 あたしは非力だ。他の獣人と比べものにならないくらい弱い。

 足なら多少速いが、力なら人間にも負けるかもしれないほどに弱い!


 まだ少女の獣人が持っている「力」は人より強い脚力と、人として生きた『前世の記憶』と――


 他人の『心の声』が聞こえる耳だけだった。


 いままでは気付いていなかった。 

 まず言葉を理解していなかったし、『普通の声』との違いなんか気にした事がなかったからだ。

 よく目を凝らすと、人から『オーラ』のようなものが出ている気もする。前世の記憶で精神年齢が上がり知識を得た今、その異常さに気が付いた。


 この世界ではこれが普通なの?

 あたしにだけ聞こえているの?

 この人の体から出てる茶色い煙みたいのは何?


 知能は上がったが、この世界の事をなにも知らないパルプルは戸惑っていた。

 前の世界では『獣人』なんていなかった。魔法も存在しなかった。

 まるでファンタジーの世界。


 一度は憧れたことのある世界にいるのだ。

 奴隷という身分の、獣人として。


 いやっ!どうしてなの?

 こんなことなら前世なんか思い出さなければよかった!なにも理解出来ないままなら、こんなに怖い思いをしなかったのに!

 芽生えた感情が、思い出した常識が、恐怖を生み出す。

 自分で状況を変えられない今、余計な感情が妬ましくなった。


 (そうだ、この兎を次の一斉売買パーティーに出そうかねぇ)


 パーティー? 

 売人の言葉に振り向く。

 口が動いてないし変な響きがあるから、これは『心の声』の方ね。

 

 きっと、あたしが想像するような煌びやかなものとも、家族でする温かいものとも違うのだろう。

 目があった男が、ニタリと笑う。

 その瞬間、男のから出ている茶色い煙の量がボワッと増大した。


 全身に鳥肌が立ち、身震いしながらパルプルは必死に考える。


 誰もあたしを助けてはくれない。

 力は弱く、逃げ出せない。


 あるのは知識とこの『心の声』が聞こえる耳と『オーラ』みたいなものが見える瞳だけ――


 ・・・・・・こころのこえ?

 そう、心の声が聞こえるんだ。


 誰もいなくなった檻の中で、パルプルは顔を上げる。

 ここではそんなに意味をなさない能力。余計な恐怖を煽るだけの、周がを煩くなるだけの。


 でも・・・その後は?

 前世の漫画やドラマでよく観たことのある、人の心が読める設定。

 「こんな能力あったらいいのに」

 誰かが言っていた気がする。あれは中学の友達だったかな?


 ・・・売られるのは避けられないだろう。

 だが、もしこれが「あたしだけ」が持っている能力なら――

 なんとか、出来るのではないか?

 この『オーラ』が見える目も、なにか役に立つのではないか?


 目を瞑り、パルプルは静かに耳を澄ました。


 (いたいよぉ)

 (出してっ、ここから出して!)

 (お父さん・・・どこ?)

 (はらへったなぁ)

 (今日は誰も叫ばないな、つまらん)

 (たすけて・・・ママァ)

 (あんな気持ち悪いおやじに買われたくないっ!なんで私がこんな目に)

 (くらい・・・さむい・・・いたい・・・くるしい)


 ちゃんとした距離はわからないが、おそらく15Mほどの範囲の『心の声』が鮮明に聞こえる。


 救いたい。 

 唐突にそう思い、パルプルは首をブンブン振った。


 自分のことを先に考えるの!

 他人のことは後回しよ。まずあたしが無事に生き延びなきゃ!


 まずは情報を集めよう。ここ耳は色んな意味で情報収集に向いている。

 皆の心を読めば色々解るはずだ!パーティーのことも、この世界のことも。


 この世界に生を受けてから初めて・・・パルプルは絶望しかなかった自分の人生に、光が射した気がした。



ハッピーエンドを目指しております。

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