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刹那の願ひ


日に日に、秋の匂いを深めていく山を歩く。

淡く色づいた山は、神々しさを増したように見える。





「闇於、来たよ!」

染まりつつある楓の下で、頬を赤く染めながら、娘は笑っていた。

屈託のない笑顔は微塵も変わっていない。丹色(にいろ)の着物を翻しながら私に駆け寄り、いつものように抱きついた。

この二月のうちに、背が伸びたように感じられる。髪にはあの髪結い紐がしっかりと結ばれていた。鳩尾に顔を埋め、離れようとしない茜の頭を少しだけ撫でてやると、彼女はようやく離れまた笑った。


「また、抜け道を通ってきたのか」

「うん!闇於に会いたかったんだよ。だって私、闇於が大好きなんだもん」

「・・・・そうか」


茜の真っ直ぐな言葉が、突き刺さる。輝く笑顔は、私には眩しすぎる。





茜の全てが、私を狂わせる・・・。



「茜、今日は何用で来たのだ」

「あ、あのねっ今日はこれ渡したかったの」


差し出された小さな手には色とりどりの星だった。

「村に来た行商の人がくれたんだよ!すごーく甘いの!闇於にもあげる!」

断ろうとする私の口の中に、茜は無理やり一粒押し込んできた。星は口の中で一瞬にして溶けた。

そして今まで味わったことのない甘味が広がった。


「これは、糖菓子か・・・?」

「うん!こんぺーとーっていうんだって!海の向こうからきたんだって」

「海の・・・」

不意に住吉の顔が思い浮かんだ。恐らくは海の彼方の民からの贈り物であり、それを届ける手助けを彼がしているのだろう。口の中に残る甘味をゆっくり味わいながら私は住吉の護る海に思いを馳せた。


「闇於、何だかうれしそう」

「・・・そう、見えるか?」

「うん。なんだか優しいお顔してるね」


包帯だらけの顔から表情が分かるのだろうか。

「分かるよ。見えないけど、今笑ってるの見えるよ」

「?」

心の内を覗かれたようで驚く。茜はそんな私のことなど知りもせず、満面の笑みを浮かべていた。

そういえば、玉依姫様、御津羽に住吉だけは私の表情を読み取っていたように思う。

彼等にも、私の顔が''見えないけれど見えている''のだろうか。






緩やかに時が過ぎていく。

ざあぁ・・と木々が揺れ、徐々に陽は傾いていく。

茜が持ってきたこんぺーとーはなくなり、持ってきた当の本人は私の膝に頭を預け、すっかり寝入ってしまっていた。

栗色の髪を指で梳いてやるとくすぐったそうに身を捩った。



・・このようなことが、あって良いものではなかろう。

神と人が身を寄せ合うことなど、禁忌とされてもおかしくない。

そこは暗黙の了解というものなのだろうか、郷の長老たちは何も言いはしない。

そもそも、人間と身を寄せることをする神が今までいなかったのだろう。気位の高い神のほうが珍しくないのだ。


だがしかし・・・


「悪くない・・・」


つい、そう思ってしまう。このような緩やかな時間を享受することも、さして悪いようには感じないのだ。

だがそれも、茜であるからこそ。他の人間であればこうはいかぬだろう。

彼女の笑みは私の心に容易く入り込んでしまう。

土に染み入る水の如く、じわりじわりと・・・入り込む。


「お主は不思議な童よのぅ・・・」


茜に聞かせるつもりでもなく、ぽつり・・と口から滑り出る言の葉。


「よもや天上の申し子ではあるまいな・・・?」

己の言葉に思わず苦笑を浮かべる。我ながら何て突拍子もない考えであろうか。

茜は紛れもない人の子だ。彼女の着物から漂う人の匂いが確たる証拠。断じて神などではない。





それでも思ってしまう。


「お主が神であれば・・・どれだけ良かったことか」


茜と、神として会えていたのならという甘い幻想。

それほど私は彼女に、入れ込んでしまった。

二月ばかりの逢瀬を重ねるうちに・・・私は茜に・・・・。



「惚れた、というのだろうか・・・」



色恋についてのことなど、何も知らぬ。これがそれだというのかも、定かではない。

だがこの膝に乗る確かな重み、包帯越しに感じる温もりを、手放すことができぬ。


この手で、永久(とわ)愛でることができるのならば・・・どんなに幸福だろうか。


それが、到底叶わぬ願望であれど・・・。

茜と共に在る間だけ、そう願っていたい。





「闇於・・・?」

「・・・目を覚ましたのか」

下から見上げる茜の前髪を指先で整えてやる。茜は不思議そうな目で私を見返した。






「どうして、泣いているの?」





下から伸びた小さな手が、濡れた包帯を優しく撫でた。










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