闇御津羽神
郷が、徐々に色づき始めた。夏の間森を賑わせていた蝉たちは鳴りをひそめ、鈴虫や蟋蟀が静かに秋を連れてきた。川の水は冷たくなり、清く澄んで流れる。もう暫くすれば、あけびや山葡萄も実るだろう。
「無事に、秋を越せれば良いが・・・」
そう思ってしまうのは、不安・・からだろうか。いや、いらぬことを考えるな。姫様を信じ、我が力を行使すれば必ずや平穏な郷のままでいられる。何を気に病むことがあろうか。
深い深い谷間に流れる川を眺めながら頭の中のいらぬ考えを消した。
「兄上、何をしておいでですか?」
不意に響いた声に顔を上げると、闇御津羽神がふわりと宙から舞い降りるのが見えた。天色の長い髪が揺らぎ、静かに私の隣に座る。
「どうかなさったのですか?」
「・・・考え事だ」
「兄上?そのようにお一人で思いつめては身体に毒でございます。御津羽にお話くださいませ」
同じ時に生まれながら、容姿も性格も全く異なる弟は今でも純粋である。清らかな湧き水をそのまま埋め込んだような露草色の瞳が濁ることは、未来永劫ないだろう。そしてその弟は、純粋に私のことを案じている。こんな・・・異形の出で立ちである私を・・・。
「御津羽よ・・・もし、私が神の業を成し遂げ、お主の前から姿を消すとしたら・・・お前は如何様にする」
御津羽の露草の瞳がゆらりと揺れた。白磁のように白い肌に微かに青みが注した。
「兄上、何を考えておいでですか!?私は・・私は嫌にございます!兄上がいないことなど、考えとうございません」
「・・・御津羽」
青ざめる御津羽の肩に手をやり、諌める。それでも落ち着かない様子の弟に微笑んでやる。
「すまぬ、ただの戯言だ。案ずるな・・・。お主が案ずる必要はない」
そう言って実弟の頭を撫でてやる。さらりと髪が指の間を滑っていった。
「真に、戯言にございますね?兄上」
「あぁ・・・。気に病むことはない。私は何処にも消えぬ」
ようやく頬を緩める御津羽を横目に、私は深い峡谷を見下ろした。
真にそう言い切れるのだろうか。
私は、消えることなどないのだろうか。
いつか、この身が朽ちる。その時が・・・。
「兄上?如何なされましたか」
「・・・・いや、何でもない」
茜・・・・。
私が朽ちるその時、お前は泣いてくれるだろうか・・・。
9月24日・・最後の表現を変えました。