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玉依之宮

空が、秋に変わりつつある。


その日、私は玉依之宮(たまよりのみや)に呼ばれた。

玉依之宮とは玉依姫様が住まう場所であり、我等神々の護る場所である。


森の木々に護られるようにして建つ小さなそれ(・・)は、神々の拠り所であり、象徴だ。

深緋(こきひ)であしらわれた外装は無駄な装飾がないものの、人間が作った黄金色の仏閣よりも美しい。

庭先で待っていた御先狐おさきぎつねに案内され、奥の間へ赴くと玉依姫が既に座していた。



《姫様、闇於様がお着きになられました》

「ありがとう、御先狐。お下がりなさい」

御先狐が去ると玉依姫は静かに私の方に目を向けた。


闇於加美神(くらおかみのかみ)、参上仕りました」

深く、頭を下げる。ふと、寂しげな吐息を感じた。


「顔を上げなさい、闇於。そう固くならなくても良いのですよ」

まるで陽だまりのような、柔らかい声。静かに顔を上げると、玉依姫様の穏やかな笑みがあった。

京紫の瞳は微かに垂れ、漆黒の御髪(みぐし)は緩やかに床を流れている。陽の光に照らされたその姿は美しく・・・神々の拠り所という確たる存在の中に、微かな儚さを匂わせていた。


「闇於がここに来ることは、随分と久しぶりのことのように感じますね」

「はい、初夏の頃・・住吉の文を頂きに」

「そうでしたね」


開け放たれた障子戸から、幾分か涼しい風が吹き抜ける。その心地よさに、目を細めた。

「良い風ですね・・・」

「えぇ、秋が近いのですね。もうじき、ここも綺麗な緋色に染まるでしょう」

「はい、もうじき・・・」





秋が来て、そして冬が来る。山が閉ざされる、冬が。






「・・闇於、あれから結界の歪みはありましたか?」

暫しの沈黙の後、玉依姫様は口を開いた。


あの日、私が護る祠に生じた異変。誰の仕業なのかも掴めぬまま、時だけが過ぎていた。そしてそれは私だけの問題ではなかったのだ。

あれから少しして、この地の要所要所で同様の異変が起きている。全ての山を治める大山祇神(おおやまづみのかみ)月読神(つくよみのかみ)など、それぞれが異変を察知している。しかしその全ての神々が何の手掛かりも掴めていない。


「いえ、これといった異変はございませぬ」

「闇於、貴方はこのことをどう見ますか」

「・・・・嵐の前兆、そう言ったところでしょうか」


姫様は静かに頷いた。外はもう暗い。

「そう、これは嵐の前兆。これから、この地を脅かしかねる大きなうねりが来ます」

「予言にございますか」

「そうとも言えましょう。私はそのうねりから、皆を護らねばなりません。神だけではなく、人の子たちも」


そのために、と言った姫様は真っ直ぐに私を見た。京紫の瞳にはいつになく厳しい光が宿っていた。


「・・・・万事、心得ております。我が身は常に、姫様の御身と郷の平穏のために尽くすための道具(もの)とお考えください。この力、惜しみなくお使いくださいませ」





これこそが私の忠誠(ちかい)。神に生まれ、闇於加美神の名を継承した瞬間から、私は姫の盾となり、剣となると誓ったのだ。例え、この身が滅ぶ時が来ようとも・・・。




「ありがとう・・・闇於。ですが、自分の身を、道具と言ってはなりません」

「姫様・・・」

「貴方の忠義は誰よりも分かっています。だからこそ、その忠義のために自分自身を捨てるようなことはしてほしくないのです」

「・・・・・・ありがたき、御言葉。感謝致します」

その言葉に少し安心されたのか、姫様は表情を緩めた。

「うねりが来るその時、私に貴方の力を少しだけ、貸してくれますか?」

「御意・・・」



冷たい風が、頬を撫でていった。まるで、私の忠誠を試すかのように・・・。





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