痛み
『私には・・・関わるな』
あれで良かったのだ。これ以上、馴れ合いは不要だろう。
神と、人。
これ以上関われば、間違いなく災いを呼ぶ。
特に、私のような存在は・・・馴れ合ってはいけないのだから。
それが・・・私に課せられた、業。
郷の外れ、深い深い森をぬける。この山に横たわる大蛇のような川。そこが、私の帰る場所。
ここに近寄る者は住吉と玉依姫様だけだ。他の者はこのような辺鄙な場所には来ようと思わないだろう。
もっとも、誰も近寄らないほうがありがたいくらいだ。
滝を駆け上がり、岩に腰掛ける。轟々と音をたてながら落ちる水。白く舞う水飛沫。
水は、川から海へ、海から空へ・・・廻り、やがてまたこの地に戻る。
長き旅の最中で、生命を育み、全ての生を持つ者を潤す。
私はその守り人。全ての生命を生かすも殺すも、私の振る舞い次第。
・・・これで良い。
もうあの娘を思い出すことはない。してはならない。
あの娘一人と、この世全ての命の尊さなど、天秤にかけるまでもない。
それなのに・・・・
何故あの娘は飽きずに訪ねてくるのだ・・・。
娘は何度も私の元を訪れた。
ある日は足を傷だらけに、またある日は下駄の片割れをなくしたまま・・・。
幾度も幾度も・・・特別用もなく訪ねては私と時を過ごしていった。
そしていつしか、私も彼女が来ることを待つようになっていた。
それと共に、胸に感じる、違和感。
「どうしてしまったというのだ・・・?」
繭糸で絞めつけるような微かな痛み。
僅かではあるが、掻き毟りたくなる衝動が込み上げる。
暫く、胸に手を当てやり過ごす。それでも、痛みは消えない。
消えない・・・。消え、ない・・・。
それどころか、痛みは増すばかりで。
耐え切れず、川に身を投げた。
視界が一瞬白くなり、すぐに深い蒼に染まる。
気泡が頬をくすぐり、水が、髪を、指を撫でていく。
冷たく、心地よい・・・。
それでも、消えない。この痛み、疼き。
「っ・・・!」
不意にチリッとした痛みが頬に走った。
すぐさま水から上がり、目に全ての意識を集中させ水面を見つめる。
誰かが結界を越えて祠に入った・・・。
水に意識を乗せ、山を渡り、川を溯る。この山の頂の水源・・・。祠にいるのは誰だ・・・?
「・・・・誰も、いない?」
意識を戻し、顔を上げる。一瞬、日の光に目が眩んだ。
「どういうことだ・・・」
結界の乱れから私の意識が到達までほんの一瞬だ。水に流して見た先には、誰もいなかった。
そんな瞬時に動ける者など・・・いない。
嵐が、近づいてきた。
私には、そう感じられた。
9月24日・・闇於と茜の逢瀬を修正しました。