ー序ー
昔から、変なもんを眺めることが好きだった。
特にあの、生っ白くて、腕も足もひょろっこくて、暗くなれば何も見えないとかいう
何とも弱々しい、「人間」というやつが
大好きだったのだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
「おーい、闇於」
木の下を見下ろせば、住吉が手を振っていた。
松の枝を飛び降り音もなく着地する。遠くでは爺様たちの酒宴がまだ続いているようだ。
賑やかなお囃子の音が木々の枝を揺らす。
「どうか、したのか?」
「玉依姫様が二人で食べなさいってさ」
住吉はそう言うと懐から小さな包みを取り出した。茄子紺の包みには栃餅が四つ。ふんわりと、ほのかに香る山の匂い。立ち上る湯気が夜空に浮かんでは消え、浮かんでは消え・・・。
「闇於?何やってんだよ。早く食べようぜ」
住吉は既に岩の上で胡坐をかいていた。苔むしている岩は微かに冷たく、夏の夜には心地よい。住吉から一つ受け取り、一口。程よい甘さが口の中に広がった。
「玉依姫様、優しいよな」
「うん」
「俺、姫様にはずっと笑っててほしいな」
「そうだな」
「闇於」
「・・・行くんか」
「・・あぁ・・行く・・・」
住吉の横顔を見る。一族の証である褐色の肌は、日に焼けて更に黒くなり、今にも、闇に溶けてしまいそうだ。月に照らされた露草色の瞳は、もうこの山を見てはいなかった。山を越えた、その先を見つめていた。
「爺様も、もう年だしな。海が言うこと聞かなくなる前に俺が跡継がないとな」
「そうか・・・」
もう一つの栃餅を頬張りながら、住吉はへたくそな笑みを浮かべた。
「姫様、頼むな」
「あぁ・・・達者でな・・・」
その笑みが、何とも切なくて、それ以上言葉を紡ぐことはできなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
翌日、住吉は神森の郷を出た。次の夏には遠い北の海で爺様に代わって海守をするのだ。海の生き物が惑わないように、人が生きていけるように、海を護っていくのだそうだ。
「貴方もいつか、この時が来るのでしょうね」
玉依姫様は私の手を取りながら、穏やかに、しかしどこか寂しげに、そう呟いたのだった。
いつか、神となるその時を、姫様は憂えていたのだろうか・・・。