後編
東来の櫻花が満開になるのを待った春の佳い日に、レノー将軍の姫君アントニアとイロンデル少佐ルキノの結婚式は行われた。
式は、花嫁のたっての希望から、ごくささやかなものとなった。
祝いの場に登場した新郎新婦は一幅の絵のように美しかった、と式に参加した幸運な者たちは興奮気味に話して回ったようだ。
人々の関心は、ふたりがどれほど見事な一対だったか、というところに絞られ、その日、花婿がデレきった顔でひたすら花嫁を見つめていたことや、花嫁が時々憐れむように花婿を見上げていたことは、余人に知られることはなかった。
身分の高い者の結婚ゆえ、二人の式は新聞でも小さく報じられる所となる。
王都の噂に疎くなりがちな地方の者たちは、この記事を一大事件のようにささやきあった。
「今日の新聞をご覧になって?」
「ああ、獅子姫がとうとうご結婚されたってね」
「あの将軍がよくお許しになったこと」
「相手はあの犬騎士さまだから…」
「そうねえ…犬騎士さまの粘り勝ちというわけ」
人々は密やかに笑い合い、めでたい出来事に乾杯した。
世間の者たちが、将軍家の勇敢な姫君を高嶺の花と遠巻きに愛でていたことを、アントニアは知らない。獅子姫愛しさに将軍に挑み続けた命知らずな騎士を、周囲が『獅子姫の犬』と笑っていたことも。
そして、世間もまた知らなかった。
犬騎士がとうとう将軍に勝ち、獅子姫に求婚した日、獅子姫が巨大な勘違いから犬騎士を憐れんだことを。
将軍に打ち勝って愛しい女を手に入れた男は、将軍に命じられてしぶしぶ女と結婚したと、当の花嫁に勘違いされたまま、新婚生活を送る羽目になるのであった。
読んでくださってありがとうございます。何かの拍子に続きを書くかもしれませんが、とりあえずお終いです。ご意見ご感想、いただけたら喜びます。