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犬騎士と獅子姫  作者: 佐藤ヒトエ
王女殿下の生誕祝い
19/22

(13)再会

「姫…」


 王女に駆け寄ろうとしたアントニアを、ルキノが引き留めた。

 ソレイユ辺境伯の首のすぐ上で二つの剣をクロスさせ、抵抗できないように地面に固定し、自由になった身でアントニアを腕の中に引き寄せる。

 三日ぶりに触れる大きな身体がアントニアをきつく抱きしめた。熱に浮かされたような金の瞳が、すぐ近くからアントニアを見下ろす。

 その目の中に映る自分を見た瞬間、アントニアは頬がカッと熱くなるのを感じた。心臓が急に鼓動を強くして、耳の奥が騒がしい。

 羞恥で息が止まりそうだった。


「ル、ルキノ殿、離し、」


 胸を押し返そうとした腕をとられ、一層強い力に抱きすくめられる。

 大きな手が肩を降り、背中の筋を辿った。

 ーーー想う人に触れられることは、こんなにも怖くて嬉しいものなのか。

 ルキノに惹かれる自分を自覚し、今までと明らかに違う心を意識してしまえば、心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚える。


「ル、キノど…」


 愛おしむように寄せられた頬が離れ、す、と息を吸う音がした。


「このっ、向こう見ずが!何でとっとと逃げなかった?!」

「は…?」


 鼓膜を振るわせるほどの罵声に、胸の痛みも忘れてぽかんとしてしまう。

 

「俺が、どれだけ心配したと…!」

「…ルキノ殿」


 会いたかった、無事でよかった、とささやきながら、ルキノの唇が髪に触れ、耳を噛む。

 再び真っ赤になったアントニアの唇にルキノの唇が重なる寸前、パンパンと手をたたく音が二人の間に割って入った。


「はいは~い、そういうことは後で二人っきりの時にしてくれる~?」

「邪魔しないでください、中将。俺は十分働いたはずです」

「おいおいワンちゃん。ご主人様に会えて嬉しいのは分かるけど、この状況をほっぽりだしちゃあ駄目でしょうよ。どっかの中尉が“また”アホを取り逃がしたらどうするの~?」

「どっかの中尉に責任をとらせればいいでしょう」


 言いながら、ルキノは重ね損ねた唇をアントニアの首筋に埋めた。


「ちょ…ルキノ殿」

「すみません、姫。もう少しだけ…」


 一層強く抱き寄せられる。

 ルキノの身体に火照った頬を押しつけて隠したアントニアは、駄々っ子のような夫に困惑しつつも、彼が髪を梳く感触にひっそりと笑った。





「あたくし、失恋しちゃったみたいだわ」


 王女である自分も、彼女を殺そうとした男達も放置してアントニアを抱き寄せたルキノを見て、カトレッチェはぽつりと呟いた。

 イロンデル少佐は妻をとても愛している。カトレッチェが成人を迎える二年後も、十年後も、もしかしたら死ぬまで、少佐はイロンデル夫人のことを好きで居続けるのかもしれない。

 そう思わせるには十二分な抱擁だった。

 カトレッチェを抱き留めてくれたのは、イロンデル少佐ではなく、そばかす面の青年だ。

 ロベナ中将の指示で二人の反乱者をてきぱきと拘束する彼を、カトレッチェはそっと見つめてみた。

 背は、イロンデル少佐のようには高くない。顔も精悍というよりは優しげで、カトレッチェの好みではない。でも、抱き留めてくれた大きく堅い手の感触は、すごく好きかもしれないと思う。

 この気持ちは、新しい恋になるかしら…?

 少しだけ首を傾けたカトレッチェは、自分に駆け寄る足音に、アルジャノン中尉から視線をはがした。


「殿下、ご無事でよろしゅうございました。広間までご一緒いたします」

  

 ロベナ中将が呼んだのだろう、新たに駆けつけた軍人達が、うやうやしくカトレッチェに手を差し出す。

 カトレッチェはその手を無視し、ようやく抱擁を解かれたアントニアの手を引いた。


「殿下…?」

「あなたが連れて行ってちょうだい、イロンデル夫人。あたくし、あなたのこと、結構好きだわ」


 意地悪してごめんなさい、という意味を込めた、精一杯の歩み寄りだった。正面切って誰かに好きと告げた恥ずかしさに、少しだけ頬に血が上る。 

 アントニアは一瞬黙ってカトレッチェを見下ろし、「お望みの通りに」とほほえんだ。


「姫、俺も…」

「ちょっと少佐、一緒に行こうとかだめですからね!あんたはこっちで仕事してください」


 アントニアにくっついていようとするイロンデル少佐を、アルジャノン中尉ががっちりと捕まえる。  


「ルキノ殿、また後で」

「はい!」


 顔を輝かせたイロンデル少佐から、少しだけ痛む胸を隠して、カトレッチェは広間へ戻った。



「…おいルキノ、殿下が抱き合うお前等見て、“失恋しちゃったみたい”って言ってたぞ」

「は?」

「頬染めて獅子姫に、“あなたのことが好き”、だってよ」

「…」

「男だけじゃなく女からも思われる妻、ってか?いやあ、いい女を娶ると心配がつきないねえ」


 巨大な勘違いが広まったことに、王女もアントニアも気づいていない。


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