(6)騎士たちの奮闘2
ロベナ中将は、部下たちの無視に懲りる男ではなかった。
構ってくれないならそれでもいいもんとばかりに、異教徒たちから押収した武器を漁りだす。
「あらあらなあに?首切り包丁に毒付き爪楊枝?最近の台所って怖いのねえ、奥さん」
「ただの短剣と毒矢に見えますが…」
そして台所ではなく庭園だ。
突っ込みどころが多すぎて本能がうずいたらしいジャンが、つい中将を構ってしまった。
「まっ、せっかく茶化してあげたのに、そ~んな無粋なこと言っちゃって、ジャンちゃんってばイ・ケ・ズ」
「う…」
「ほんとにキモいんでやめてください、ロベナ中将。聞いている俺のやる気がそげます」
無視されてもいいけれどやっぱり構われる方が嬉しいらしい中将は、ルキノが口をはさんで睨むと、ぱっと両手をあげて降参のポーズを取ってみせる。非常に楽しそうだ。
「あらま、そりゃあ困っちゃうね。何せ俺たちゃお前の鼻が頼りだし?頑張ってくれよ~犬のお巡りさん。可愛い猫ちゃんのためにも、さ」
「当然です。…あなたは本当に何しに来たんですか。仕事の邪魔ですから帰ってください」
「だからそんな冷たいこと言うなって。手伝ってやりに来たんだからさ~」
「だったら、そっちの書類をお願いします」
「んん?いや、そういう仕事はまあ、自分たちで頑張んな」
机仕事は嫌だ、妻の次に恐ろしいと公言する中将は、ルキノが差し出した書類をさりげなくジャンの机に流す。
「俺が手伝ってやれるのはもっと“精神的なところ”だって。…なあアルジャノン中尉、何か相談することはないのか?気になることは?かっこいいお兄さんがなんでも聞いてやるぞ~?」
「は……いえ、特には」
「あらあ、じゃあおネエさんが聞いてあ・げ・る。なんでも言ってね~、シモの話もオッケーよん」
「……」
「主に“精神的なところ”で邪魔なんですよ、中将。察してください」
「ひどいねえルキノちゃん。そんなこと言ったら俺、本当に帰っちゃうぞ~?」
「どうぞ。出口はそっちです」
これ以上茶化すなら上官でも叩きだすぞ、とルキノは中将を睨んだ。
ただでさえアントニアに会えないことでイライラし、過激派のお粗末な王女暗殺計画のせいでアントニアが傷ついたらどうしてくれるとさらにイライラしているのに、この中将の相手までは到底していられない。
ルキノの視線を正しく読んで、ロベナ中将はからかう表情を引っ込める。片方の眉を器用にあげ、試すようにルキノを見返した。
「“王女の生誕祝いで謀反とか、異教徒連中のセンスも微妙だねえ。どうせなら、ふた月後の陛下の生誕祝いにすりゃあいいのに”」
「―――そのふた月を待たずに王女の生誕祝いで行動を起こすには、なにかしら理由があるはずだから、それを調べろってことですか?」
「さすがに察しがいいねえ、ワンちゃん。な?俺に手伝ってほしくなっただろう?」
「…なりました」
『信仰の解放』を主張する異教徒区の過激派たちが、なぜわざわざ国王でなく王女を殺そうとするのか?
その不自然さに気づいてしまうと、心が騒いだ。
例え王女が死んだところで、国王が王権の根拠である信仰を変えることは絶対にない。反乱に加担した者たちは捕えられ、処刑されて終わりだろう。同じ危険を冒すなら、国王を殺して革命を起こす方が、まだ『信仰を解放する』チャンスはある。
―――その部分をうまく誤魔化し、異教徒たちを扇動して、王女を殺すよう仕向けた人間がいるのだ。
王女さえ殺してしまえば、あとは、国王が『信仰の解放』を認めようと過激派たちが処刑されようと一向に構わないという者が。
「えっ?えっ?あの、どういうことですか?だって、異教徒連中は王女の暗殺がしたいんでしょう?王女の生誕祝いで王女が死ぬんですから、なかなかドラマチックな筋書き…」
だから結構センスあります、と過労でおかしくなっているジャンが異教徒のセンスをかばってクマの濃いそばかす面をルキノに向ける。
ちょっと仕事を押しつけすぎたかな、と思うが、ルキノは部下を憐れむどころではなかった。
王女の傍にいるアントニアが気になって仕方ない。
「中将、王女が死んで得する人間に心あたりはありますか?」
「そこがねえ、難しいんだよな~。王太子殿下ならともかく、王女の方は政治にも関わっちゃいないだろう?うっかりヤバいもの見ちゃったとか、そういうのかね」
「…各地の密偵から上がってきている調書は?」
「これこれ。お前も目ぇ通しな。俺が許す」
中将がズボンの尻から取り出した重要機密文書をひったくったルキノは、紙面をめくろうとした手を部下に掴まれた。
「あのっ、本当にどういうことなんですか?俺も話に混ぜてくださいよ、少佐」
「…どういう理由か知らないが、王女の死を望む人間がいて、異教徒区の過激派を利用したんだよ。異教徒たちを捕まえて反乱を阻止しても、そいつを見つけない限り王女は命を狙われ続ける。どころか、大晩餐会の様子をどこかで監視してるそいつが、異教徒連中の失敗で自棄になって王女を殺しにかかるかもしれない。訓練された兵を連れている可能性もある。―――つまり、傍にいる姫が危ないんだ」
「いや、お前結局それかよ」
「あー…はいはい。了解です」
中将に呆れた目を向けられようと、部下に残念な目で見られようと、ルキノにとって大切なものは変わらない。
取るべき行動は一つだ。
「ロベナ中将、大隊長権限で兵を動かします。大晩餐会の広間に配置する人員を倍に。当初予定した兵たちは、これまで通り王女の警備にあたりつつ異教徒たちを捕縛させます。増員した半分は扇動者の警戒に宛て、もう半分で招待者たちの情報を集め、背景を徹底的に洗います」
「許す」
なぜ、こう危険な時にアントニアが王女の侍女に召上げられたのか。かなうなら、大晩餐会の前にアントニアだけ攫って帰って家に閉じ込めてしまいたい。
彼女の無事さえ確信できれば、ルキノはここまで必死にならなくて済む。ぶっちゃけ王室の誰が殺されようが、反乱が起きて宮廷が大混乱になろうが、アントニアさえ傷つかなければ、ルキノは一向にかまわないのだ。
それだけに、宝物を人質に取られて働かされているようなこの状況が苛立たしい。
「―――うらみますよ、王女殿下」
異教徒連中、あと誰だか知らないが扇動者も、しょっ引いて叩きのめしてやるから覚悟しろ、と八つ当たり気味に考えて、ルキノは兵たちの指揮を取るべく立ちあがった。




