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犬騎士と獅子姫  作者: 佐藤ヒトエ
王女殿下の生誕祝い
11/22

(5)騎士たちの奮闘

「姫に会いたい…」


 華やかな園遊会の裏側。地下牢横の詰め所でせっせと仕事に勤しみながら、ルキノは深くため息をついた。

 愛しい姫の安全のため、と思って必死で働いているが、アントニアに会えない辛さは募るばかり。この二日間は地獄だった。

 そう、もう二日と半刻以上アントニアの顔を見ていないのだ。求婚する前はそれが当たり前だったが、毎日あのすらりと美しい肢体を抱き寄せ、キャラメル色の髪に顔をうずめ、甘いチョコレート色の瞳に見上げてもらっている今、会えないことは堪えがたい苦痛だ。

 あの熟れた果実のような唇にキスしたい。羞恥に揺れる瞳をのぞき込みたい。柔らかい頬にふれ、抱き寄せ、かじって、甘い声に名を呼ばせたいーーー

 

「姫に会いたい…」

「やめてください少佐!調書を一枚書くごとにそうやって呟かれると、聞いてるこっちがおかしくなります!」


 この二日間と半刻以上の激務で目の下に巨大なクマをこしらえたジャンがヒステリックに叫んでこちらを睨む。

 相当疲れているようだ。目が合ったのもご縁ですから、とよくわからない理由で書類の束を差し出してきた。


「上から栞までが、異教徒連中の侵入経路と所持していた武器のリストです。栞から下は尋問から割り出した今日の計画の概要、こっちのファイルは反乱者・手引き者・関係する疑いのある者の名簿です」

「…それ、俺が見ないとだめか?」

「だめです」


 受け取り拒否をしたくなる分厚さである。

 王女殿下の生誕祝いで、異教徒たちが行動を起こすかも、というルキノの予感は当たってしまった。警備にあてられた軍人たちは、派手な衣装に武器を隠して園遊会に紛れた異教徒を捕まえまくり、地下牢では二度にわたる尋問が終わったところだ。

 ルキノも四半刻まえまで尋問に参加しており、牢の者から聞きだした『杜撰な』計画に呆れと苛立ちを覚えていた。


「こんなアホらしい計画のせいで姫にお会いできないなんて…」

「なあになあに?大晩餐会で王女を毒殺?混乱に乗じて一斉蜂起?神々のご意思で王女が死んだと騒ぎたてて『信仰の解放』を国王に宣言させるって?…大胆っていうよりゃ大雑把だな。おいルキノ、これマジでそう言ってたのか?」

「そうですが…なんであなたがここにいらっしゃるんですか、ロベナ中将」


 ジャンのすぐ横からひょいと紙束を取り上げたのは、本来なら園遊会に参加しているはずの男だ。

 気配を消して現れたロベナ中将フェルナンデスに、ジャンはぽかんと口をあけている。ジャンほど鈍くないルキノは、こそこそと詰め所に入り、抜き足差し足でジャンに近寄る中将に呆れていた。


「いや、お前らがなんかすげえ働いてるって聞いてな、園遊会より面白そう…じゃなく、大変そうだと思ったから手伝ってやりに来たんだよ。―――まっさか本当に異教徒連中が反乱起こそうとしてるとはねえ。いい鼻してるじゃないか、“犬騎士少佐”」

「面白そうだと思ったんですね。手伝いとか結構ですから、園遊会に戻ってください」

「そう冷たいこと言うなよワンちゃん。俺って超役に立つんだからさ」

「ちゅ…中将?!なんでここにいらっしゃるんですか?!」

 

 ルキノが上官とやり取りする横で、ようやく正気に返ったらしいジャンが慌てて立ちあがる。

 疲れと動揺でちょっとおかしくなっている部下は、お茶を用意しようとして書類に湯を注ぎかけた。


「ああ、茶はいらねえわ。園遊会で飲んできたしな。それよりゃ甘いものが食いたい。ご令嬢方が食ってるのがうまそうでうまそうで」

「すぐに調達してきます!」

「あ、買いに行くなら風蘭堂の櫻餡のパイにしてくれ。一日数量限定のやつ」

「は…はい!頑張って並んで参ります!」

「うんうん、よろしく。でもまあその前に、首尾はどーだって?」

「はい!牢の者たちの話を聞いて、反乱者のリストを作ったところです!招待客欄に名前のある貴族にも協力者がいると思われます!」

「へえ、異教信仰の人間って案外多いもんなんだな。今日警戒されないためにこのひと月過激な行動を控えてたって言うんだから、フェルナンデス、ヤらしくって困っちゃ~う」

「は…」

「気色悪いのでやめてください。俺たちに嫌がらせしに来たんですか、中将?」


 ジャンが中将に遊ばれるのを黙って見ていたルキノは、いい年した男が肢体をくねらせる様子に鳥肌がたって口をはさんだ。

 中将と言えば、軍の作戦と人員を掌握する実務のトップだが、この人に遠慮していては一方的にストレスがたまって仕方ない。

 直属の上官の物言いに焦ったのはジャンだった。再び仕事に戻ったルキノの肩を掴み、耳打ちしてくる。


「ちょっと少佐、なに本当のこと言っちゃってるんですか!左遷されますよ!」 

「聞こえてるぞ~、ジャン=バチェステ・アルジャノン中尉?」

「す、すみませんであります!」

「仕事しろよ、ジャン。いちいち反応してると延々遊ばれるぞ」

「いやん、ルキノちゃんたらひっど~い。フェルナンデス、遊んでなんかいないも~ん」

「……」


 この人に構っていると精神的な何かを大きく削がれる、と経験から学んでいるルキノは、有効な対処法を取った。つまりは、存在を無視した。

 ジャンも馬鹿な男ではないから、ルキノに倣って黙々と仕事をさばき始める。

 一瞬、詰め所は微妙な沈黙に満たされた。



次もまたルキノ視点です。

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