3,テレビ
電話を掛けてきた相手は予想通り非通知だった。
バッキャロー、番号知らせてくれば幽霊の電話番号としてネットにさらしてやるものを、とだんだん巻子は考え方のガラが悪くなってきた。
本当に誰かが急用で掛けてきたことも絶対にないとは言えない。しかしそれならそれで非通知設定にして怪しまれる相手が悪いのだ。
しつこく鳴っていた呼び出しがようやく切れた。
ざまあみろと思い、今のうちにさっさと留守電に切り替えた。案の定また呼び出しが鳴り出し、巻子はにんまりした。呼び出し音は最初の設定通りの電子音だ。ああ着歌なんか入れておかないでよかったわあと、余裕で鳴る電話を見ていた。じきに呼び出しが止まり、「ただいま電話に出られません。用のある方は発信音の後にメッセージをお残しください」と女性オペレーターのきれいな声が言った。さあてどうするかしら?メッセージを残してくれるならそれも是非ネットにさらしてあげなくては。スピーカーオンにした電話を眺めていると。
しばらく無言が続いた。ほらほら早くしないとタイムアップになっちゃうわよ?と思っていると、
「・・ガ、ガガガガ、ガ・ガ・・」
と、スピーカーからガリガリ引っ掻くような音が響きだした。巻子は悲鳴を上げた。
「うわあーーっ、てめえやめやがれっ!、先週機種変更したばっかりのスマートフォンだぞ、こうらああっっ!!!」
巻子は新品のスマートフォンを取り上げ、思わず画面に向かって怒鳴った。
「プツ。」
巻子の剣幕に恐れをなしたのか、ただ単に設定の時間が過ぎたのか、メッセージ録音は終わった。
巻子はゼーハー肩で息をして、壊れちゃいないでしょうねえ?と心配した。メッセージ再生なんかして増長されたら堪らない、さっさとファイルをゴミ箱ポイした。
このしつこさ、これで終わりとは思えない。
エレベーター、窓、チャイム、携帯電話と来て、
次はテレビか? ベッドか? シャワーはさっさとすませておいて良かったわ、と思った。
まずはテレビか、と睨み、先手を打つことにした。
テレビをつけ、ぐだぐだの深夜番組なんて無視してDVDプレーヤーに切り替えた。本棚の一隅のライブラリーからある一本を取り出すと中身を取り出しセットした。さっさとメニューを出してチャプター選択にした。
「これでどうだ」
映画の最後の方を選択して決定した。
キシシシイイインンン・・・
と、何とも言えない不気味な音が響き、テレビ画面に荒い画像で古い井戸が映った。
その井戸から……………
最高の恐怖シーンで、巻子は言った。
「3Dもやっぱりビエラですね」
巻子は美人ハーフキャスターを気取ってニッコリ言い、
テレビではひげ面の二枚目中年俳優がのけぞって床をはいずりながら恐怖の表情を浮かべ、
巻子はアハハハハハと自分で受けて笑い声をあげた。
・・・・・えー…、
幽霊もなんのことやら戸惑うと思われるので解説すると、
世はデジタル3Dテレビが大流行である。高くて買えないけれど。会社で昼休み話題になって、誰がCMキャラクターをやったら面白いかという話になった。そこで
「そりゃあやっぱり、『あの』人だろう? なんてったってテレビから…、ねえ?」
と大受けしたのがかの日本が世界に誇る最恐ジャパニーズホラームービーの、あの、お方である。パチンコにもなってテレビのCMにも登場して今やお茶の間の老若男女知らぬ者はない人気者(?)で、今さら表現をぼかす必要もない気もするが、そこは雑誌編集者であるので厳しく自主チェックである。
仲間内では受けたし、現在巻子も一人で「うひゃひゃひゃひゃ」と笑っているが、果たして幽霊に生きている人間のユーモアを共有する感性が残っているものかどうか。幽霊の気持ちなんて霊能力者でもなければ分からない。
「うひゃひゃひゃひゃ。ここでかぶって出て来ちゃったら大笑いだわね。出てこられるものなら出て、いらっしゃーい」
笑いながら幽霊を挑発するようなことを言って、どうやらまだ相当酔いが残っているようだ。
これまた一世を風靡したTK氏の手になるテーマ曲が流れ出し、巻子はすっかり和んでしまった。ちなみにこの映画、中1の巻子がクラスメートの男の子と初デートに見に行った映画で、満員の映画館はそりゃあもう女子達の悲鳴が響き渡りにぎやかなものだった。楽しいデートだったが、その男の子とは中2のクラス替えで別れてその後自然消滅してしまった。懐かしい甘酸っぱい思い出の映画である。
エンディングを最後まで見終わり、巻子は大あくびをした。
「ふあ〜〜あ…。あー、見た見た。さ、寝よっと」
甘酸っぱいファーストキスの夢でも見ようかしらん?なんて半分眠った頭で思いながら布団に入ろうとした巻子は、うん?と思い出した。
「そうそう、ここにも予防策」
天然緑茶の香りのリセッシュをたっぷり噴霧し、バタバタ夏の薄掛けを扇いだ。忙しさにかまけて掃除をさぼってほこりが気になるが、幽霊というのは不潔なところを好むそうで、これだけ爽やかな香りをごってりふりまけば、出てこられないだろう。
爽やかな緑茶の香りの幽霊だなんて……。
巻子はまた笑いのツボにはまってしまわないうちに明かりを常夜灯に切り替え、目を閉じた。
おやすみなさい。
・・・・・・・・・・・・
果たしてこのままこのお話は終わってしまうのだろうか?