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2,窓

 巻子はシャワーを浴びて脱衣所兼洗面所から出てきた。キッチンがあり、奥のリビングへ床続きになっている。パジャマを羽織り、バスタオルで濡れた髪をくしゃくしゃ拭きながら、冷蔵庫から「第3のビール」の缶を取り出し、プルを開けるとグビッとまずは一口あおった。

「くう〜〜、生き返るなあ〜〜」

 どうせ見ている者などいないので思い切りオヤジ臭いセリフをはいてグビグビあおった。夕飯は軽く差し入れのおにぎりを食べただけが、さすがにもうがっつり食べる元気もなく、これで代用、後は年頃の乙女らしくしっかり歯磨きして、さっさと寝てしまおうと思った。明日も通常通り8時出勤だ。

 ぐびぐびあおりながら、ふと、奥の窓のカーテンが3分の1ほど開いているのに気づいた。白い、紫外線よけの、外から中が見えにくいブラインド機能の優れ物だ。4階程度の高さではシャワーを浴びてうっかりバストをご解禁したまま窓辺に寄って、たまたまご近所の2階で机にかじりついている受験生と目が合ってしまうなんて恥ずかしいことがないとも限らず、以来巻子は(フッ……)カーテンだけはしっかり閉めることにしていた。さっきも帰ってきてまず窓のカーテンを閉めて回り、しっかり閉めたつもりだったのだが……。

 3分の1開いたカーテンから真っ黒な窓ガラスが覗いている。

 歩いていって手を伸ばすと、頭に電灯を受けた自分の顔がうっすら映るガラスの向こうに、何かだらだらした物が垂れ下がっている。なんだろう?上の部屋の洗濯物でも落ちて引っかかっているのだろうか?、オヤジのステテコだったりしたら嫌だな、と思いながら目を凝らすと、垂れ下がってるそれが、ズル、と一段下がって、巻子はおっと思わずびっくりのけぞった。なんなのだろう?………

 よおく見ていると、それは、

 だらだら垂れ下がった女の長い黒髪で、

 その髪の中に逆さまになった女の顔が巻子を見ていた。

 巻子は思わずカーテンを握りしめると、ザッと素早く閉めた。じっと一拍置き、サッと開けると、

 女のギョロリと剥いた目がガラス越しに巻子をガン見していた。

 巻子は再びカーテンを閉めた。

「ウ〜〜〜〜〜ム」

 疲れているのだ、これは幻だ、わたしは逆さお化けという幻を見ているのだ、

 と、無理矢理でも思いたいところだが、アルコール好きでテンションの上がったこの状態でわざわざそんなシュールかつ不気味な白昼夢(深夜だけど)を見るとも思えない。巻子は、

 外の女がどんな格好で窓を覗き込んでいるのか、全体像を思い描いた。

「妖怪イモリ女」

 思わず目が三日月になり、ムフッ、と、笑いのツボに入ってしまった。ううこれはいかん、一気に酔いが頭に回ってしまった。壁にべたっと張り付いて、股を開いてワンピースの裾がまくれ上がってパンツ丸出しになっていたりして。髪の毛だって垂れ下がっているんだから逆立ちしてスカートだってまくれ上がるはずだ。ゆ、幽霊のくせにおパンツ丸出しで、外から見たらどんだけ恥ずかしいのよ?

「ヒ、ヒヒヒ、アヒヒヒヒヒヒヒ、い、いかん、祟られる、で、でも……、おパンツ丸出し。アハッ、アハハハハハハハハ、ヒ、ヒイ〜〜〜、く、くるしい〜〜、だ、だめ……、ギャハハハハハハハハ」

 たいして面白いギャグとも思えないが残業のナチュラルハイに安いアルコールの入った巻子の頭は女子中学生並にギャグに対する感性が幼稚になってしまっていた。可笑しいといったん思ってしまうとどうしようもない。ヒイヒイ腹を押さえて笑い転げ、おいこら笑ってる場合じゃないぞ!、と頭の冷静な部分がツッコミを入れるのだが、だってだって、



  パンツ。



 キャハハハハハハハハ。と、もうどうしようもない。

 ヒイヒイ笑いながら床を這って窓から離れた巻子は、自分をガン見した女の顔を思い出し、ようやく、そうだ、あのエレベーターのワンピース女だ、と思い至り、ハッと笑いを止めた。

 やっぱりあれは幽霊だったんだ。なんてはっきりと自己主張の強い幽霊かしら。

 幽霊なんて物は見える人にしか見えない物で、見える、というのはそれだけ幽霊とその人と意識が接近している証拠なのだ。と、以前地元の心霊スポット巡りという企画を立てたとき一応さっと心霊現象の基礎知識を稲川淳二だのつのだじろうだの読んで勉強したことがある。企画は「キモイ」ということでボツになったが。

 いやあ…、笑ったりして拙かったかなあ……、と、今更ながら酔いが醒めた。ちくしょう、このままいい気持ちにまどろんで眠りにつく予定だったのに。

「そうだ、寝よう」

 と思った。今更また窓を覗きに行ってまだそこに張り付いていたらなんと言っていいやら

「ご愁傷様です」

 なんて、怒られるわね、と、触らぬ神に祟りなし、ここは完全シカトを貫こうと決めた。

 生きた人間がロープでぶら下がって……なんて、この深夜にそんなアホなイタズラしている変質馬鹿女もいないわね。はいはい、幽霊幽霊、よかったよかった。幽霊なら窓の外に女が逆さまにぶら下がっていたって警察に通報する義務もないものね〜。

 巻子は洗面所でスーパーストロング洗口液でブクブクやって歯磨きの代用にした。もうのんびり歯磨きしている気分でもない。鏡もできるだけ見ないようにした。自分の美しい顔の代わりにあのぎょろ目女の顔があったら嫌じゃない?悪夢に見ちゃうわよ。というわけで思わず見てしまった鏡も、あー…仕事疲れでちょっとやつれちゃってるわねー、と、さらりと流した。

「おやすみなさーい」

 わざわざ声に出して宣言して巻子はベッドルームに向かった。すると、

 ピンポーンとチャイムが鳴った。

 巻子は空耳ねと思ったがチャイムは再び鳴り、巻子はむっつりした。

 ちっくしょお〜、あくまでわたしに存在を認めさせたいわけ?

 嫌よ、お化けなんかとお知り合いになったらますます男が寄ってこないじゃない?

 巻子はピンポーン、ピンポーン、と鳴り続けるチャイムを無視した。入り口のセキュリティーがしっかりしているので(幽霊には効果無かったが)インターホンはなく、チャイムは部屋の外のスイッチを押すしか鳴らない。その人物もドアののぞき穴から確認するしかない。ピンポーン、ピンポーン、と鳴るチャイムのうるささにイライラしながら、のぞき穴を覗きたい誘惑を感じながらも、そこにあのぎょろ目が覗き込んでいるのを想像して、絶対目なんか合わせてやるもんですか、と思った。

 ピンポーン、ピンポーン、と鳴っていたチャイムがようやく止まり、巻子は、

「フッ、勝ったわ」

 とほくそ笑んだ。ところが、

 今度は居間のサイドボードの上に置いた携帯電話が鳴りだした。

 巻子は

「チッ」

 と舌打ちした。

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