11,お礼参り
夜、さんざん飲んで酔っぱらった巻子が帰宅し、シャワーを浴びて出てくると、自慢のスマートフォンに電話がかかってきた。
相手は非通知だった。
巻子は首にバスタオルを掛け、じっと呼び出し音を発するスマートフォンを見つめていたが、もちろん非通知の相手に出るつもりはない。しかも、
ものすご〜く、嫌な予感がする。
巻子は昨日の一件で自分が霊感に目覚めてしまったのではないかと心配した。
呼び出し音が止まった。
巻子はほっとしたが、それを見透かすように再び鳴り出した。今度ももちろん非通知。巻子は、
絶対出るものか、
と心に固く誓った。すると、
大事なスマートフォンが白い煙を噴きだし始めた。
「うわあ〜〜っ、やみれええ〜〜〜〜〜っ!!!!」
巻子はスマートフォンをつまんで白い煙を払うように振った。
スマートフォンはまるで液体窒素(−196℃)につけられていたように盛大に煙を噴き、巻子に振られて宙に漂い出た煙は一つにまとまると、形を作り始め、それは、
佐伯みどりの幽霊となって巻子の前に立った。
「うえええ〜ん、なんでまた出てくんのよお〜〜〜」
巻子は先ほどまでの仲間達との飲み会で何をしゃべったかなあ?と思った。幽霊との遭遇をいろいろおもしろおかしく、かなり脚色を加えて、調子に乗ってべらべらしゃべりまくったような気がする…………。
何かまた怒らせてしまっただろうか……………
佐伯みどりの幽霊はじっと冷たい目で巻子を見つめている。昨日出てきたときはいかにも恐ろしく不気味だったが、今日は目つきは恐ろしいが、顔はきれいだ。写真で見た生前の佐伯みどりは、かなり、美人だった。(逮捕された恋人の男は「あいつが美しすぎるのが悪いんだあ」とかのたまっていたそうだ。)
えーえー、どうせわたしは幽霊にも劣る女ですう〜、あんたの勝ちです〜、だからもう、いいでしょう?
巻子はもう逃げ出すのもこりごりで、子供みたいにべそをかいた。
佐伯みどりがゆっくり腕を上げ、スマートフォンを指さした。
いつの間にか止まっていた呼び出し音が、三度鳴った。
非通知を確認して巻子は電話に出た。スマートフォンはすっかりアイスみたいになっていた。
「……もしもし…………」
『もしもお〜〜し』
巻子は一気にむっつりした顔になった。
「あのですねえ、わたし考えてみたんですけど、あなたに相談したかったのは幽霊さんで、わたしは無理矢理相談するようにし向けられただけのように思うんですけどお〜〜?」
電話の相手は、もちろん紅倉美姫だろう。どうやってこの番号を調べたんだか。
『なあに? 相談料は幽霊に請求しろってこと?』
「まさしくその通りです!」
巻子は紅倉の返事を待った。
『ふう〜ん…、そういうこと言うんだあ? じゃあいいや、あなたがその人と話を付けなさい? わたしはもう知らないから。じゃあねえー』
「えっ? な、なに? え〜〜っ、ちょっとお〜〜っ???」
慌てたがもう遅い、紅倉は電話を切っていた。巻子は、
ぞくりとした寒気に振り返った。
佐伯みどりは、
笑っていた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ありがとうございました」
深々頭を下げられ、顔を上げると、佐伯みどりは微笑んだまま薄くなって、姿を消した。
巻子は静かな部屋で呆然とした。
今のはいったい何だったのだろう?
佐伯みどりはただ単に謝罪とお礼が言いたかっただけなのだろうか? 彼女にそれを言わせるために紅倉は彼女を自分に送りつけてきたのだろうか?
佐伯みどりのすっきりした笑顔はとても巻子を恨んでいるようには見えなかった。
「なんなのよ?」
巻子は文句を言ったが、巻子も笑ってしまった。100万円というのは深夜起こされた紅倉の意地悪な冗談だったのだろう。あんな口約束で払う義務もないだろうから、そう思うことに決めた。もう知らないと本人も言ってたし。
巻子は天井向かって手を合わせて美人薄命を地でいった佐伯みどりの冥福を祈り、しかし、二度と幽霊に会うのなんかごめんだと思った。
おわり。