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1,エレベーター

 その日タウン情報誌の編集者である田中巻子(たなかまきこ)は締め切り間際で残業して帰宅は深夜になった。

 彼女は賃貸マンションに住んでいる。26歳、独身である。

 バス通勤の彼女は、バスなどとっくになくなってしまっていて、仕方なく贅沢にタクシーを使ってマンションに向かっていたのだが。

 運転手は表の大通りから巻子に指示された枝道に曲がろうとして、

「おや? お客さん、ここ入れませんよ?」

「え?」

 見ると、道路を何か工事をしていて入り口をふさがれていた。

「ああ…、そういえば夜間工事をするって看板が出てたかしら」

 深夜の時間帯で、まさかそこまで遅くなると思っていなかったからすっかり失念していた。それというのも新人の女子編集者の原稿がとても使えた物じゃなく、先のこともあるので先輩の巻子がマンツーマンで指導して、おかげで自分の仕事がすっかり遅れてしまったのだ。元々女性中心の編集室ではあるが、男連中は新人のかわいこちゃんにちやほやと甘いし、ベテランのお局(つぼね)女子はかわいい若い女の子に必要以上にきつく当たるし。ああまったく、とんだお荷物をしょわされてしまったわ。あの子だって今はかわいく殊勝に先輩の言うことにいちいち「ハイッ。ハイッ。」と返事をして従っているけれど、どうせ職場を退ければ友達に携帯電話で口うるさい先輩の悪口なんか言いまくってるんでしょうね、ハアッ………。

 深夜で車の通りもまばらで、タクシーは右折レーンで止まって巻子の判断を待っている。

「少し先に行けば入れるから裏からグルッと回ってこられますよ?」

「ああ、いいわ。どうせすぐそこだから。すみません、そこら辺で止めてください」

「はい」

 タクシーは道路を左に寄せて、停車した。


 巻子は歩道を少し戻って赤信号の点滅している横断歩道を一応左右を見て渡った。アルバイトらしき茶髪のお兄ちゃんが頭を下げてこちらへと誘導して、巻子は鉄板を渡した足場を渡って路地に入った。工事はおきまりの電線の地中埋蔵化のためらしい。

 50メートルほど歩けば、巻子の我が家、


 

「リオパレス12」


 

 が建っている。

 なんだかパチモン臭い名称だが、建物はしっかりしている。鉄筋コンクリート、12階建てのモダンな高層マンションだ。出入りもタッチパネルの暗証入力で管理されている。

 深夜の住宅街はひっそりしている。多少の不安感を覚えながら足早に歩いていた巻子は、建築関係の事務所の駐車場に、隣家のブロック塀と電信柱の陰に、

 白いワンピースを着た女が立っているのに気づき、思わず足が止まった。

 女は長い髪を垂らしてうつむき、風に揺れるように重そうに頭をもたげ、その顔を……

 巻子はさっさと歩き出し、足早に、走るようにしてマンションのエントランスのひさしの下に入ると、ようやく振り向き、誰もいないのにほっとして、暗証番号を入力し、強化ガラスのドアが開いた。巻子は駆け込み、もう一度背後を確認し、確かに誰もいないのを見た。

 ホールの奥のエレベーターに向かい、「上」のボタンを押した。エレベーターは最上階12階に止まっていて、12、11、10、9、8、・・・と数字が下がってきた。


 ガクン。ゴー…。


 オレンジがかった茶色のドアが開き、巻子は乗り込んだ。中のパネルに手を伸ばしながら振り返ると、すぐ後から女が乗り込んできた。間近に面と向かい合って、巻子は思わず固まった。髪の長い、白いワンピースの女だ。年は自分より少し上だろうか? 不健康な青白い肌をして、ギョロンとした目玉で巻子を見ている。巻子は思わず後じさって女を箱の中に招き入れた。じっと自分を見る女を気味悪く思いながら巻子はパネルの「4」を押した。巻子の部屋は405号室だ。女の背後でドアが閉まる。空気が閉ざされたのがひどくはっきり意識されて、エレベーターは上昇を始めた。

「何階です?」

 巻子が訊くと、女は無言で手を伸ばして、巻子はまた後じさった。女の白い手は引っ掻いた跡のようなみみず腫れが何本も重なっていた。

 女は「12」を押した。

 女はドアの前をよけ、巻子の隣に立った。

 巻子は心臓をドクンドクンと高鳴らせながら考えた。エントランスに入るとき、後ろには確かに誰もいなかった。するとこの女は自分がエレベーターを待っている間にエントランスを入ってきたのだ。……ドアが開いたような気配はなかったが……それじゃあホールに通じる通路の中にいたのだろう。……何の理由でそんなこそこそ隠れるような真似をしていたのか知らないが…1階の住人でもないのだろうし………、ま、いずれにしてもこのマンションの住人であるのは間違いないだろう。

 4階に着き、ドアが開いた。巻子はドアにぶつかるようにして外に転がり出て、カツカツと廊下を歩いて、振り返った。

 ドアが閉まっていき、中に確かに女がいるのを見て、ドアが完全に閉まってパネルの数字が上昇していくのを見て、はあーーーー……、と深い息をついた。

 12階の住人だった。それだけのことだ。

 巻子は自分の部屋、405号室のドアノブにキーを差し込み、ドアを開けると、もう一度振り返って、部屋に入った。ガチャン、と、つまみを回してロックした。

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