第10章 第1話 燃え尽きたPMのその後。仕事の価値観。
36歳で一度、自分の仕事に対する価値観は崩壊した。
37歳からのその後の人生を書こうと思う。
少し時間を遡る。
自分が34歳の頃である。
システム部の部長が変わった。
聞けば購買部(人員調達部)からの配置転換だという。
その人が最初にやったことに驚いた。
システム部には150人のメンバーが在籍していた。
その150人全員と、一年かけて対面で面談したのである。
今であればWeb会議が当たり前である。
しかし当時は対面が基本だった。
それでも150人は異常である。
話してみて思った。
面白い人だな、と。
その後、自分は部長に抜擢される形で35歳でマネージャー(課長)になった。
評価されたことは素直に嬉しかった。
しかしマネージャーになると年俸制になる。
残業代は支払われない。
そして、その年に限って前章の炎上案件に投入されていた。
人生で最も働いた年。
人生で最も残業代が出なかった年。
今では笑い話である。
そして体を壊していた37歳。
部長から一つの話を持ちかけられた。
「女性だけのシステム会社を作ろうと思う。」
システム業界は男性が大半だった。
だからこそ、女性だけのシステム会社という発想は斬新だった。
「一緒に会社を立ち上げないか?」
人生で初めてだった。
会社を作る側の話をされたのは。
だから乗ることにした。
そのため、自分は腰掛けのつもりで部長と同じ別会社へ移籍した。
新会社設立を待つためである。
しかし、その夢は叶わなかった。
部長は癌を患った。
そして43歳という若さで亡くなった。
この話だけは少し特別である。
もし部長が元気だったら。
もし新会社が設立されていたら。
もし自分が創業メンバーになっていたら。
自分の人生は今とは全く違うものになっていたと思う。
これは自分の人生で初めて提示されたIFルートである。
だから今でも時々思い出すのである。
体を壊し、腰掛会社に移籍したときに心に刺さる一言を言われた。
前会社から腰掛会社へは営業部長も同じく移籍していた。
営業部長に言われた。
「お前が体を壊したのは前の会社だから、今の会社では考慮しない」
会社は自分を守ってくれない。
強く実感した出来事だった。
その頃から考え方が変わり始めた。
仕事はお金を得る手段である。
時間を売り、その対価としてお金を得る。
残った時間は好きに使えばいい。
その後、スマホゲーム。
ロボット投資。
仮想通貨。
仕事以外の世界を少しずつ広げていった。




