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8 竜胆の宿命ともう一つの契約

 紫紺と狐葉に一晩泊ってもらうことになり、夕食も共にすることになった。


 志乃は急いで炊事に取り掛かろうとしたのだが、怪我をしているのだからと止められ、代わりに紫紺が呼び出した式神たちが支度を担った。


 人型に切り抜かれた紙を放ると、そこから竜胆家の女中たちが現れ出たものだから、志乃はひっくり返ってしまった。


 式神の女中たちは気が強くて思い切りがよく、嫌味を隠さない豊原家の面々を蹴散らして、食事の支度をしてくれた。彼女たち曰く、「人間世界のしがらみなんて、あたしらには関係ないわ」とのこと。頼もしい限りだった。


 そうして離れの座敷に夕食の席が整えられた。


 紫紺と狐葉、そして志乃。今日出会ったばかりなので、ほとんど初対面に等しい間柄での初めての会食だ。

 何を話していいのかわからずに、志乃は冷や汗を流した。


(どうしよう……会話が続かないわ。何か話題を)


 紫紺は黙々と食べていて、志乃が話題を振らないと会話が発生しない。狐葉は縁組の主役である二人に遠慮してか、お喋りを控えている様子だ。


 沈黙が続くのもいたたまれないので、志乃は必死に話題を探した。


「そういえば先ほど、早く跡取りをもうけないといけない事情がある、とお聞きしましたが、差し支えなければ詳しくお伺いしても? もしかして、相続に関して身内と揉めている、とか?」


 早く跡継ぎをもうけて、口出ししてくる周囲を黙らせたい、という理由で子を急ぐ家もあると聞く。

 少し冗談めかして聞いてみたのだが、紫紺は想像もしない答えを返してきた。


「いえ。私は近々消えてしまうので、その前に跡継ぎをもうけないと血が絶えてしまうのです」

「え? 消える……?」


 意味が分からなくて呆けた顔をしてしまった。

 消える、とは? 疾走するということか? それとも、死んでしまうということ……?


「私はこのままいくと、神霊界に引きずり込まれるので、人間界からは忽然と消える形になって終焉を迎えることになります。神隠しのように」

「そんな……! 一体なぜ……」


 思わず箸を置いた志乃につられたのか、紫紺も箸を止めて話し始めた。


「竜胆家は、神を呼び降ろしてその御力を借りる、『神降ろし』という術を使ってきた一族です。ですが、神を召喚するなど、人の身には過ぎたこと。ましてや竜胆家が扱うのは鬼神や龍神など、神格の頂点にあるものたちです。そんな術を使っていては、身も心も魂も、長く耐えられるものではない。いずれ神々の強大な霊力にあてられて、人間ではいられなくなってしまいます。そうしてあちらの世界に引き込まれて、人間界からは消え失せる、と。その前に跡取りを残すのが、竜胆家のしきたりなのです」


 紫紺は自分の事なのに、まるで他人事みたいに言う。最後の最後に、「あぁ」と思い出したように付け加えた。


「私が消え去っても、志乃様と子に資産等はすべて残しますから、ご心配なく」

「……そういう心配は、していません」

「では、なぜ顔を歪めているのですか」


 紫紺は志乃の顔をじっと見つめて考え込んでいる。


 この短い時間の中でも、薄々感じてはいたのだが……彼はずいぶんと、普通の人の感覚からずれているところがあるみたいだ。


 さすがに動揺を隠せずに、志乃は頭を抱えてしまった。


「あなたの心配をして、心を痛めているんです」

「私の心配?」

「消え去るなんて、そんな虚しい最後は嫌でしょうに。怖くはないのですか……?」

「竜胆家の者たちは皆そうやって消えていくので、特に何も思いません」

「……夫がそういう風にいなくなってしまったら、わたしは悲しく思います」


 契約結婚の相手ではあるが、仮にも家族の間柄になった人が、ある日忽然と消えてしまったら……やはり、それなりに喪失感や悲しみを感じるのが普通だろうと思う。

 そう思って、言葉を返したけれど。きっと何を言っても紫紺には伝わらないだろう。


 半ば諦めて、志乃は食事を再開した。

 そのあとは話題が見つからず、二人の間に会話はなかった。





 夜も深まり、志乃は狐葉と同じ部屋で布団を並べ、紫紺は(ふすま)で仕切られた隣室で床に就いた。

 

(……今日一日、色んなことがありすぎたわ)


 父の亡骸を運び出したのは今朝のことだが、もうずっと前の出来事に思える。

 竜胆家を訪ねて、鬼神を見て、魑魅魍魎が見えるようになり、そして婚約を結び――。


 目がまわりそうな一日で、疲れ切っているはずなのに、頭だけ妙に冴えてしまって眠れない。

 しきりに寝返りを打っていたら、隣にいる狐葉がこちらを向いて話しかけてきた。


「志乃様、夕餉(ゆうげ)でお話をされてみて、紫紺様はどうでしたか?」


 狐葉は笑顔で問いかけてきたが、志乃は渋い顔を向けるしかなかった。


「あまりお話が噛み合わなくて……良い話題を提供できずにすみませんでした」

「ふふっ、あなたが謝ることはありませんよ。紫紺様に愛想がないからいけないのです。でも、彼はああいう人だけれど、決して悪い人ではないのですよ」

「それはもちろん、わかっています」


 志乃は今日一日のことを思い返して苦笑した。


「お人柄の良さは伝わっております。儀式に立ち会わせてくださったり、離れまで運んでくださったり。さっきだって、魑魅魍魎除けに、部屋に結界を張ってくださいました。紫紺様はきっと、心根がお優しい方なのでしょうね。見た目では、ちょっとわかりにくい……いや、かなりわかりにくいのですが……」


 自分が感じ取っている紫紺の印象をそのまま口にしてから、ハッと我に返って言い添える。


「あ……すみません。出会ったばかりだというのに、知った風な口を利いてしまい」


 狐葉は気さくな雰囲気で話しやすいので、つい口がまわってしまった。

 けれど、志乃の心配をよそに、彼女は嬉しそうに目を細めた。


「いえ、いえ! なんて嬉しいお言葉でしょう! 我が子の良さをわかってもらえて、喜ばない母はいません。あぁ、涙が出てきました」

「え!? お母様だったのですか!?」

「ただの育ての親ですけれどね。紫紺様には産みの母と、最初の育ての母がいらして、わたくしが最近ついた母でございましてね」


 最近と言っても、もう十年は仕えていますが、と彼女は続ける。


「紫紺様の高雅な魂に惚れ込んで、十五の頃より十年、お側にお仕えしています。けれど、わたくしはもっともっと、長く仕えたいと思っているのです。……あの子には消えてほしくない」


 狐葉は悲し気に眉を下げた。

 そして、おもむろに起き上がり、姿勢を正して志乃に向き合った。


「だから、花嫁様にお願いをしたいのです。どうか、あの人が消えないようにしてください」

「ど、どうやって……!?」


 志乃も慌てて起き上がって背筋を伸ばした。


「紫紺様は幼き頃より神霊と触れ合ってきたことで、人の身なのに神霊に近い存在になってしまっています。そんな彼を人間に戻してほしい。人間らしさを引き出してあげてほしいのです。きっと志乃様になら、それができる。わたくしにはわかります」


 前のめりで手を握られて、志乃は困惑した。


「わたしには、そんな大それたこと……」

「できるはずです。だって、既に良い変化が見て取れますもの。紫紺様ったら、今日の食事中も、ずいぶんと楽しげに会話に興じておられましたし」

「楽しげ……!? 虚無の人形にしか見えませんでしたが……?」

「お側で過ごすようになれば、そのうち彼の機微が手に取るようにわかるようになりますよ」


 布団の上に両手をつき、狐葉は改まったお辞儀をする。


「竜胆家への嫁入りの契約とは別に、この女狐とも、一つ契約してくださいませ。『紫紺様を人間界に繋ぎ止める』と」

「契約……」

「契約のあかつきには、志乃様の人生に不自由がないよう、わたくしが一生涯お仕えいたしますゆえ、どうか」


 一生涯、なんて、とんでもなく長い期間だが、狐葉は何てことないように言い放った。


「……申し訳ございません。そういう契約はお断りいたします」

「そんな……。さすがに契約内容が重すぎましたか……?」

「ええと、そういうことではなくて、」


 丁重に断ると、狐葉がピィと悲しそうに鼻を鳴らした。

 志乃は答えに迷いながらも、しょぼくれる彼女の手を力強く握りしめた。


「契約という形ではなく、紫紺様の妻の立場として、精一杯尽力させていただきます。夫が消えてしまうなんて、やっぱり悲しいですから。わたし、頑張りますね」

「志乃様……!」


 契約とか、損得勘定とか、そういうものは抜きにして。単純に妻として夫の健康と長生きを願う方が健全に思えたから、そういう答えを返した。


 

 そんな会話をした後、しばらく二人で他愛のない話をして、布団の中に体を戻した。

 瞼を閉じて、志乃は一人、心の中で反芻する。


――紫紺に人間らしさを取り戻し、この世に繋ぎ止めること。そのうえで、跡継ぎをもうけること――。


 この結婚における大きな課題を心に刻み、この晩は気を引き締めたまま眠ることになった。





 襖を隔てた隣の部屋では、漏れ聞こえてくる会話を耳に入れながら、紫紺が無表情に天井を眺めていた。


 自分はあと数年もすれば消え失せるだろうと予期している。その未来を疑うことも、憂うこともなかった。

 

 けれど――。


(もし、それより長く生きるとしたら、どういう人生になるのだろう)


 二人の会話を聞いているうちに、ふと、これまで想像したこともないことを考えてしまった。


 なんとなく眠れなくなってしまい、紫紺はその晩、丑三つ時を過ぎるまで起きていた。



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