表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/26

23 神降ろしと呪いの出所

 早朝のひと悶着を経て、食事を取った後。

 昨日の約束通り、志乃は『神降ろし』の手ほどきを受けることになった。


 紫紺と二人、秋の爽やかな日差しが降り注ぐ庭先に降り立った。


「まずはお見せします。こう、指先に霊力を込めて、神の名を組み込んだ呪陣(じゅじん)を描きます。そうして手を鳴らす、と」


 紫紺は宙に向かってさらさらと呪陣を描き、パン、と手を打った。すると、陣からは白鷺(しらさぎ)が飛び出てきて、空へと舞い上がった。美しい鳥の神だ。


「次は志乃様もご一緒に」

「できるでしょうか?」

「手をお借りします。指を出して」

「はい」


 紫紺は志乃の右手に自分の手を重ねて握り込んだ。志乃の人差し指を使って、地面に紋様を描き始める。


(くう)に描くのは難しいので、始めのうちは地面や紙に直接描くといい。呪陣の形は覚えてください」

「が……頑張ります」


 地面に描かれた図形は複雑で、覚えるのはかなり大変そうだ。しかも、降ろす神によって変わってくるとのこと。


(後で復習をしないと……)


 これから先、途方もない勉強が始まりそうだ。そんなことを考えながらも、ひとまず目先のことに集中する。


 呪陣を描き終えると、紫紺の手が離れた。


「では、手を鳴らしてみますね!」


 志乃は心の中で「出てきてください。お願いします」と祈りながら、両手を打ち鳴らした。


 乾いた音が鳴り響いた直後――。

 土に描かれた呪陣から、小さな白い鳥が飛び出してきた。


「できました……! 可愛い! (すずめ)の神様でしょうか?」

「お見事です。こちらの供物を与えてください」


 紫紺から米の入った巾着袋を渡されて、志乃は手のひらに取り出した。白雀(しろすずめ)は早速、ついばんでいる。


「この雀を使って、昨夜の呪いの出所を探りましょう」

「出所?」

「どこかに、あの藁人形の(あやかし)の本体があるはずです」


 淡々と説明しながら、紫紺は昨夜の藁人形がまき散らしていった藁屑を出してきた。

 白雀は藁屑をついばんで(くちばし)に咥え、「ついてこい」と言わんばかりに、勢いよく飛び立った。


「藁人形ですから、どこかの木に打ち付けられているのでしょうか?」

「さて。どうでしょう」


 門の外に飛び立った白雀を追って、二人は歩きだした。







 その日の朝、豊原家ではトキ子が目覚めると同時に悲鳴を上げた。


「っ……! 何これ!? 腕が……っ」


 腕にピリピリとした痛みを感じて、目が覚めてしまったのだが……袖をまくってみたら、右腕の肌がひび割れて血が滲んでいた。指先から肩のあたりまで全体に、酷いあかぎれを起こしている。


 一夜にして、乾燥による肌荒れを起こしたのか? それとも、ネズミにでも齧られたのか?


(そんな馬鹿な……どう考えてもおかしいわ!)


 こじつけようにも無理がある。あまりにも異常な怪我だ。


「平馬さん! 起きて! わたし腕が……!」 


 痛みをこらえて、隣の布団に眠る平馬を揺さぶって起こした。

 平馬は寝ぼけ眼を擦ろうとしたが……その右腕も、トキ子と同じように赤くひび割れていた。


「ヒッ……! 平馬さんも……!?」

「えっ? うわ!? 何だこれ!」


 驚いて袖をまくり上げた平馬は、トキ子も同じ状態だと気が付き、硬直した。


 二人で声にならない声を上げて困惑していると、追い打ちをかけるかのように、遠くの方から女の金切声が聞こえた。シズの悲鳴だ。


「お母さん……っ!?」


 二人は寝間着のまま、大急ぎで声のする方へと走った。


 シズがいたのは廊下の先――弥次郎が臥せっている座敷の前だ。開けられた(ふすま)の前で腰を抜かしている。眼球が飛び出そうなほど目を見開いて、中を見て震えていた。


「シズさん!? 一体どうし――……」


 座敷の中を見て、平馬は息を呑んだ。

 

 室内は赤一色。弥次郎が血まみれになって息絶えていた。

 その右腕は肩から切断されて、部屋の端に転がっていた。


 天井まで血しぶきにまみれていて、後から駆け付けた使用人たちは、あまりの光景に眩暈を起こしている。

 平馬とトキ子も吐き気をもよおしたが、視線は部屋の中に釘付けにされたまま、動かせなかった。


「誰が……っ! 誰がやったの……っ!? 誰がこんなこと……っ!!」


 シズは尻もちをついたまま、半狂乱になって叫びだした。


(人間がやったとは思えない……)


 平馬はそう直感した。

 弥次郎の右腕は、無理やり引きちぎられたように思える。肩のあたりは筋やら骨やらが滅茶苦茶に飛び出ていて、刀傷には見えないのだ。


 そう判断した途端に、背筋に悪寒が走った。


(右腕……。まさか、僕とトキ子ちゃんも――……)


 部屋の端に転がる弥次郎の右腕と、自分とトキ子のひび割れた右腕を交互に見てしまった。

 まさか、自分たちもこうなるのではないか――。そう思い至るには、十分なほどの異常事態が起きている。


 人ならざる者によって、この惨事が引き起こされたのではないか――……?


 トキ子も同じことを思ったらしい。血の気の引いた顔で、ぼそりと呟いた。


「……呪いのせいかも……」

「……っ……」


 あの日出会った呪術師の言葉が、平馬の脳裏をよぎった。『失敗したら術者の方が死ぬ』――老婆はそう、忠告していた。


 信じちゃいなかったのに……まさか、あの呪術は本物だったのか?


 二人は震えだす体を寄せ合った。


「どうしよう平馬さん……! あのおまじないの藁人形、掘り返した方が……!?」

「そ、そうだな……。寺に持ち込もう……っ」


 自分たちは失敗してしまったのか……? 何も状況がわからないが、とりあえず、こんな異常事態が起きてしまったのだから、あんなまじないを放置していてはいけない。


 平馬とトキ子は慌てふためきながら屋敷を出た。


 弥次郎を放り出して出掛けて行った二人を見て、使用人たちは怪訝な顔を露わにしたが、引き留めることはしなかった。

 二人の様子があまりに鬼気迫るもので、恐ろしかったので。この家は何かおかしい、と感じ取り、暇をもらう心積もりをするだけだった。







 志乃と紫紺は白雀を追って、隣村まで歩いてきた。田畑の道を抜けて、栄えている町場の区画へと入っていく。


 商家が連なる一番大きな通りの上空で、白雀はくるりと旋回し、近くの木へと舞い降りた。ちょうどそのあたりの道では人だかりができている。志乃は異変に気が付いた。


「何でしょう、あの人だかりは。真ん中から煙が上がっているような……。こんなところで焚火でしょうか?」

「あの煙は私たちにしか見えていない、瘴気です。恐らく呪いの根源があそこに」

 

 黒い煙は地面から発生し、細くたなびいている。それを囲うように人垣ができているのだが、二人はそこに割って入った。


 集まっている人々は口々に「どうしたもんかね」「大丈夫かい?」などと心配の声を上げている。見てみると、一人の少年が座り込んで泣きべそをかいていた。

 少年は六、七歳くらいの歳だろうか。その姿を見て、志乃は思わず目をむいた。


 彼は腕を外側に(ひね)った姿勢で泣いている。ふざけて変なことをしているわけでもなさそうだ。

 

「痛い、痛いよぉ……」

「ど、どうしよう! 誰か助けて! お医者様を……っ」


 側には兄と思しき少年が寄り添っていて、困惑しきっている。志乃は慌てて兄弟の側にしゃがみ込み、事情を伺った。

 

「弟さん、腕を捻ってしまったの? 大丈夫?」

「なんか急に変になっちゃって戻らないんだ! どうしよう……」


 痛みで泣きじゃくる弟に代わって、兄が事情を話し始めた。


 聞くところによると、朝、彼らが道を通ろうとしたところ、土が変に盛り上がっている部分を見つけたそう。何か埋まっているんじゃないかと踏んで、面白半分に掘ってみたら、変な藁束の端っこが出てきた。それを引っ張り出そうと、弟が触れた瞬間、腕が捻じれて固まってしまった――とのこと。


 捻じれた弟の腕を見ると、薄っすらと黒いもやがまとわりついている。

 呪いに当てられたに違いない、と察して、志乃は紫紺の顔を見た。


「紫紺様、これは……」

「えぇ。大丈夫、治せます」


 紫紺は指先で弟の捻じれた腕をなぞり、何か呪文を書いた。そしてペシリと、ひと叩きする。

 すると瞬く間に、捻じれた腕の硬直が解けた。


「おぉ! 治った!」と、人々は驚き、兄も安堵の声を上げた。

 ひとまず腕は自由になったものの、関節を痛めた弟はまだ泣き顔だ。


「何か冷やす物があった方がいいかも。ちょっと借りてきますね」


 手当てをしようと、志乃は近くの商家に駆けていった。

 店先で事情を話すと、女将さんが「手拭を濡らしてあげるから、待ってな」と、快く応じてくれた。


 入口の端に寄って待ちながら、人だかりを遠目に見ると、紫紺が野次馬の人々と話していた。やがて、人々は適当な道具を持ち寄って、地面を掘りだした。どうやら、紫紺が掘り返す手伝いを頼んだみたいだ。


(呪物は道の下に埋まっているのね)


 状況を察して、藁人形との対面に緊張を高めた。それと同時に、「それにしても、」と、志乃は心の中で別のことも考えていた。


(今まで世を忍んできた竜胆家のご当主が、村の皆さんの輪の中にいるなんて――)


 これまででは考えられない光景だ。皆から、「すごいな、あんた」とか、「本当に医家だったんだな」とか、色々と声をかけられている。

 当の紫紺は、真顔で応じているようだ。後で「こういう時には笑顔を返すのですよ」と教えてあげよう。


 遠目に見える光景に、しみじみと感じ入ってしまった。


 ――けれど、そんなほのぼのとした気持ちは、直後にぶち壊されることになった。


 突然、背後から腕をまわされ、口元を押さえつけられた。


「っ……!?」


 何事か……! と思う間もなく、思い切り体を引っ張られた。


 口を塞がれて悲鳴を上げることもできずに、建物脇の路地へと連れ込まれてしまった。

 勢いのまま地面に引き倒されて、縄で腕を縛られる。猿轡(さるぐつわ)のように布を噛まされた。


 突然の荒事に、呻き声を上げることしかできない。どうにか首をまわして、犯人たちの顔を見て……志乃は言葉を失った。


(平馬様とトキ子……!?)


 あなたたち、どうしてこんなことを……! と、声にならない声を上げてもがいたが、彼らは異様な形相をして、志乃を路地奥へと引きずっていった。




 ちょうどその時、紫紺は掘られた穴の奥から藁人形を引っ張り出した。


 小さな藁人形と、その三倍はある大きな藁人形。大きい方はかなり古い物で、たらふく呪いをため込んでいる。二つの藁人形は共鳴し合い、呪力が癒着してしまっている。(たち)の悪い呪物だ。


(こいつらが昨夜の客人か)


 素人が行ったであろう、粗雑な呪法。けれど、往来に仕込んで数多の人々に踏ませるとは、ずいぶんと悪知恵を働かせたものだ。


 これらの呪物は火によって無に帰すことができる。屋敷に持ち帰って焼こう――と、ここまで頭を回して、まだ志乃が戻ってきていないことに気が付いた。


「志乃様?」


 今さっき横目で見た時には商家の店先にいたはずだが……姿がなくなっていた。

 

 村人たちへの礼もそこそこに、紫紺は人垣を掻き分けて駆けだした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ