15 デート中の一仕事
レンガ街の通りを抜けると、大きな時計塔のある広場に出た。
都では暦も時間も、既に新しい基準になっているそうだ。新暦は季節とずれてしまっているので、村の方では農作業に支障がでないよう、依然として旧暦のままである。
それもそのうちに変わっていくのだろうか。――と、未来に思いを馳せた、ちょうどその時。突然、広場に強風が吹き渡った。
渦を巻いてつむじ風になり、土埃を巻き上げた。通りがかった男性は帽子を飛ばされ、女性は着物を風に煽られて転びそうになっている。
幸い、志乃は紫紺の腕の支えがあったのでよろけずに済んだが、往来はちょっとした騒動になっていた。
「大丈夫かい!?」「まったく、最近風が強くてかなわん」と、人々は口々に文句を垂れている。
つむじ風は、止んだと思ったらまた吹き荒れて――と、繰り返し発生していた。
「すごい風ですね。時計塔の瓦が飛んでしまいそう」
「瓦で済めばいいですが。この様子だと、そのうち塔が崩れるでしょうね。龍が悪さをしている」
「龍?」
「目を凝らしてごらんなさい。ほら、風の中に」
言われた通り、よくよく目を凝らして広場を見てみた。
すると、巻き上げられた土や葉に混ざって、何かうごめいているではないか。
「あ! 何かいます……! 透明なドジョウ? みたいなものが」
「あれが龍です。霊格の低い小物ですが」
長細い魚が泳いでいるみたいに見えるが、あれは小さな龍だそう。そう言われて広場をぐるっと見渡してみると、そこかしこに小龍が舞っている。
小龍たちが宙を駆けると風が起き、彼らが絡み合うとつむじ風が湧き起こる。
広場だけでなく、通りの向こうで群れをなしていたり、ひょっこりと路地から現れ出たり。街全体を回遊しているらしい。
「こんなにあちこちに! さっきから少し風があるなとは思っていたのですが、気付きませんでした」
「どこにでもいる風の龍ですが、さすがに数が多いですね。少し、散らします」
紫紺は空中に向けて、指先で何かを描いた。志乃の目には陣と呪文を描いたように見えたが――次の瞬間、陣から巨大な鬼神が現れ出て、広場に降り立った。
(あの時の……!)
この鬼神の姿を見るのは二度目だ。誠一郎を供物に捧げた時には、頭しか見えなかったが、今回は足の爪の先まで顕現している。
大きな角に四つの目。剛毛に覆われた獣の体。四肢の爪も角と同じくらい大きくて鋭い。
その姿はおぞましさと神々しさを兼ねそろえていて、対峙すると畏怖に体が震える。
とんでもないモノが広場に降り立ったというのに、人々にはまったく見えていないみたいだ。一人、母に抱かれた赤子だけが泣きだして、「急にどうしたの? よしよし」とあやされている。
母子が去ったのを見てから、紫紺は鬼神に命じた。
「小龍掃いをお願い申す」
そう鬼神に告げるや否や、紫紺は志乃の頭の両側に手を当てて、力強く耳を塞いだ。
鬼神は一度、体をぶるりと震わせ、広場に向かって大口を開け牙をむきだした。そうして落雷に似た咆哮を放ったのだった。
都中に響き渡るのではないかという轟音だ。しっかりと耳を塞がれているはずの志乃にも聞き取れた。
凄まじい咆哮を浴びせられた小龍たちは驚いたみたいで、まさに風の速さで空の向こうに飛び逃げた。
数十匹はいただろうか。一斉にすっ飛んで逃げ出したので、広場にはひときわ大きな風が吹き渡った。
小龍たちがいなくなったのと同時に鬼神も姿を消し、その後は無風になった。
広場の人々は今の出来事を――鬼神の姿と咆哮を、一切感知していない。
「今、遠くで雷の音が聞こえなかったかい?」と勘の良い者も一人いたが、ほとんどの人には何も感じ取れなかったようだ。
「……鬼神様のお声を、初めて聞きました」
「鳴き声だけで散らせてよかったです。八つ裂きにして殺す手間が省けました」
「ひえっ……物騒な……」
小龍たちがいなくなった広場を見渡して、紫紺は言う。
「これが今の竜胆家の仕事です」
「龍を掃うこと、ですか?」
「龍だけでなく、神霊による災い全般を。疫病が流行れば病神を倒し、火事が広がれば火神を討つ」
「人々の暮らしを守るお仕事なのですね」
無傷で済んだ時計塔を仰ぎ見て、志乃は目を細めた。
竜胆家は国の官僚と契約を結んでいるとは聞いていたが、具体的な仕事内容は想像できずにいた。けれど今、思いがけず、その一端を見ることができた。
全体像はわからずとも、「すごい仕事だ」ということはよくわかった。
が、感銘を受ける志乃を横目に、紫紺は「いや……」と続ける。
「戦のあった時代は、この力で人を殺してきました。我が一族は血塗られています」
「……。今は、人を助けているではありませんか。この先の未来も、明るいお仕事をしていきませんか? わたしと紫紺様で、そうしていきましょう?」
どう答えようか迷いながらも、志乃は率直な願いを口にした。過去は変えられずとも、未来は変えていけるのだから。
「明るい竜胆家、ですか。不似合いだが……それもいいかもしれませんね」
そう答えながら、紫紺は志乃の頭に手を乗せた。子供の頭を撫でるように、ぽんと軽くひと撫でされたものだから、志乃はまた顔を赤くすることになった。
「桃の実みたいだ」
赤らんだ志乃の頬を見て、紫紺は「ふっ」っと、小さく息をこぼした。
(……! 紫紺様、今、)
笑った――。
と、志乃が目を見開く前に、もう真顔に戻っていた。今のは錯覚ではなかったと信じたい。
その後、屋敷に戻ってから「さっき笑っていましたよね?」と問いかけたら、狐葉が飛んできて「もう一度笑ってください!」と紫紺の頬を引っ張りだしたので、止めるのが大変だった。




