表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/26

11 都へ発つ夜

 都へ行く約束をしてから、半月後。出発の日を迎えた。


 志乃は以前に一度、誠一郎の病の治療のため、都の医者を訪ねたことがある。

 その時は足が弱った父親を馬に乗せて、馬子(まご)に引いてもらい、志乃は傍らを歩いて移動した。街道をひたすら辿っていくという大変な旅路だった。


 今回もそういう旅を想像して、旅装を整えようとしていた。けれど、狐葉からは華やかな着物を用意され、(きり)の下駄まで渡されてしまったのだった。


「こんなに高価な物を汚してしまうのは忍びない」と、困惑していたのだが、移動手段が徒歩ではないと聞いて合点がいった。


 竜胆家は都への行き来にも、式神を利用するのだそう。

 夜中、人目につかないように移動するとのことで、当日も日が落ちてからの出発となった。


 日没を迎えて、薄暗くなった屋敷の門前にて。

 用意された駕籠(かご)を見て、志乃は感嘆の声を上げた。


「立派な駕籠ですね……! お殿様が乗る駕籠みたい」


 いや、そこらの大名が乗る駕籠よりも大きくて立派な作りをしている。なにせ特別仕様で、二人乗りができるとのことだ。


 駕籠の傍らには妖狸(ようり)たちが集まり、得意げに胸を張っている。


「山で葉っぱをかき集めてお作りしました! 花嫁を乗せるってんで、豪華絢爛にしましたぜ!」

「葉っぱ……」


 どうやらこの駕籠は、葉を妖力で変化させて作ったらしい。狸たちには悪いが、そう聞くと少し不安がよぎった。が、耐久性に問題はないとのこと。


(でも、こんなに大きな駕籠を担げるのかしら)


 そんな不安も生じたが、担ぎ手の駕籠かきを見て、すぐに大丈夫そうだと納得した。駕籠かきは岩のような体格をした、大天狗二人組だった。


 支度を整えた紫紺が歩いてきて、慣れた様子で駕籠に乗り込んだ。


「こやつらは山を動かせるほどの怪力ですから。気にせずに乗るといい」

「では、お邪魔します」


 彼に続いて志乃も乗り込んだ。


 中は畳敷きになっていて、二人並んで座るとちょうど収まりが良い、というくらいの広さ。紫紺に寄り添う形になるので少し気恥ずかしい。


 見守っていた狐葉が、最後に扉を閉めた。彼女は格子窓越しに手を振って、見送ってくれた。


「では、お気をつけて。わたくしも追って走りますので」


 駕籠かきの天狗二人が掛け声を上げると、ゆらりと駕籠が持ち上げられた。

 ゆっくりと進み出し、狐葉と屋敷が遠ざかっていく。


「走るって、もしかして狐葉様は駕籠ではなく徒歩で来られるのですか? それは申し訳ないような……」

「気にしなくていい。あの狐は天狗より足が速い」

「そう、なのですか」


 言葉の綾ではなく、本当に走って来るのだろうか。普段、立ち居振る舞いが上品な彼女が走る様は想像できないけれど……。


 志乃の心配をよそに、駕籠は速度を上げていく。天狗たちが走り出したみたいだ。

 それにしては揺れが少ない。「まるで飛んでいるみたいですね」と口にしようとして、ふと外を見て驚愕した。


「と、飛んでる……!?」


 駕籠は本当に空を走っていたのだった。


 天狗たちは山を越えて、高く、高く駆けていく。

 月明かりに照らされた地表がどんどん離れていき、とんでもない高さになって、志乃は体をすくめた。


「ひぃっ……高っ……怖っ……」

「怖いか? どうすれば怖くなくなりますか?」

「手……っ、手を、握らせてください……」


 紫紺は「どうぞ」とばかりに手を差し出してきた。とにかく何かに縋りたくて、その手を力一杯握りしめてしまった。


 彼は大男らしからぬ麗しい顔立ちをしているが、手は大きくて骨ばっており、しっかりと男らしさが感じ取れる。握り返されると、力強さが伝わってきた。


 元気だった頃の父の手が思い出されて安心する――。


 つい、そんな想いに浸ってしまった。




 次第に空の移動にもいくらか慣れてきて、気持ちが落ち着いてきた頃には真夜中を迎えていた。


 普段なら既に寝入っている時間だ。襲ってきた睡魔に耐えられず、うとうとと舟を漕いで、紫紺の肩にもたれかかってしまった。


「あ……すみません」

「かまいません。お眠りになってください」

「いえ、大丈夫です……」


 紫紺は不測の事態に備えて、空を移動する最中は寝ないのだと言っていた。いつも遠方へ出向く際は、夜の闇に乗じて移動し、夜明けに下界に降りて睡眠を取り――という、昼夜を逆転させての移動となるらしい。


 それが竜胆家当主の通例であれば、付き従う志乃も慣れていかなければいけない。そうは思うが、意識は勝手に遠のいていく。

 

 結局、紫紺にもたれかかったまま眠りに落ちてしまった。



 

 体重を預けて寝息を立てる志乃のことを、紫紺はまじまじと観察する。


 志乃の体調が回復してからは、狐葉に言われて、二人で布団を並べて眠るようにはなった。が、これほど近い距離で夜を過ごす機会はなかった。


(手だけでなく、体全部が温かいのだな)


 志乃の体の温かさを知ると、なんだか胸の奥が疼く感覚がした。もたれかかってくる重みは不快ではなく、むしろ不思議な心地良さがある。


 自分よりずいぶんと小さな手に、細い体、柔らかな肌――。


 無下に扱いたくない。壊さないよう、丁重に扱いたい。彼女を見ていると、そんな気持ちが込み上げてくる。


 起こさないように、そっとブランケットを体に掛け直した。


 前に志乃は小動物の神霊を「愛らしく思う」と言ったが、もしかしたら、今自分が彼女に対して抱いているこの気持ちこそが、「愛らしく思う気持ち」なのかもしれない。


 ふと、そんな気付きを得た。


「小さくて、柔らかで、温かくて……。……愛らしい」


 なるほど、そういうことか。と得心しているうちに、遠くの山の向こうが朝日で白んでくるのが見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ