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『走っても疲れないだけ』の外れスキルで幼馴染を救おうと大陸横断したら、『疾走の巡礼者』として世界を救ってしまった

作者: ぜんだ

 

 俺――ジョグの幼馴染、ランが病に倒れた。


 日に日に痩せていくランの顔を見るたび、胸が張り裂けそうになる。

 村の医者は首を横に振るだけ。

 高名な薬師を呼ぶ金なんて、俺たちにはない。


 ――無力だ。

 俺には、ランのために何もしてやれない。

 特別な医療スキルも、魔法の知識もない。


 俺にあるのは、たった一つ。

 『走ってる間は疲れない』スキル。

 ……何の役にも立たない、微妙なスキルだけ。

 せいぜい村の子供たちと鬼ごっこで無双する程度しかできない。


 悔し涙が溢れそうになった時、ふと村の古老が話していた古い言い伝えを思い出した。


 ――大陸の四隅にある聖地をすべて巡礼すれば、どんな願いも叶う――


 バカげてる。ただのおとぎ話だ。

 でも。

 今の俺には、それしか縋るものがない。


 俺はランの手を握った。まだ温かい。


「待っててくれ、ラン」


 俺は走り出す。

 自分にできる唯一のこと。

 ランを救うためだけに、俺は走り続けると誓った。



◇ ◇ ◇ ◇



 景色が後ろへ飛んでいく。

 不思議と息はまったく上がらない。腹も減らない。

 俺の頭の中にあるのはランの笑顔だけ。

 あいつの笑顔を取り戻す。その一心で、俺は足を前に出し続けた。


 最初の聖地は切り立った崖の上にあった。

 ボロボロの石碑に手を触れ、俺は祈った。


(神様どうかランを助けてください!)


 祈りを終えると、石碑が淡い光を放った気がした。




 二つ目の聖地は、広大な砂漠の真ん中にあった。

 灼熱の太陽が照りつけるが俺の足は止まらない。

 疲れない。喉も渇かない。


 砂に埋もれた祭壇を見つけ出し、俺は再び祈りを捧げた。


「頼む……! 俺から、ランを奪わないでくれ……!」


 祈りが終わると、またしても祭壇がかすかに光ったように見えた。






 ――その頃、王都では激震が走っていた。


「報告します!東と南の古代結界が原因不明のまま急速に回復しております!」


 国王も、周りに控える賢者たちも、その報告に耳を疑った。


「馬鹿な!魔王復活の兆候と共に弱まる一方だったはずだぞ!」

「原因はなんだ!?」

「いったい何が起きているのだ」


 一人の預言者が、震える声で古文書の一節を口にした。


「『たった一人の巡礼者が一月(ひとつき)という瞬きの間に、自らの足で四つの聖地を繋ぐ時、結界は永遠の光を取り戻す』と。まさか」


 だが、宰相はそれを鼻で笑った。


「不可能だ!最も近い聖地間ですら騎士団の最速の馬を使っても半月はかかるのだぞ!一月で四つなど人間業ではない!」


 誰もがその言葉に頷く。

 そうだ、そんなことは不可能なのだ。

 しかし、現実に結界は回復を続けている。

 誰もがこの奇跡的な現象の理由を知らずにいた。



◇ ◇ ◇ ◇



 三つ目の聖地は深い森の奥にあった。

 獣道を抜け、茨を払い、俺はひたすら進む。

 そして、苔むした祠にたどり着き祈る。

 ただ、あいつの生きてくれる未来だけを、心の中で叫び続けた。


 そして、ついに。

 最後の聖地、万年雪に覆われた霊峰の頂を目指す。




 ――時を同じくして、王都の上空に、不吉な闇色の亀裂が走った。


「魔王が復活するぞ!」

「結界がもたない!」


 騎士たちの悲鳴と、民衆の絶望の叫びが王都を包む。

 巨大な魔王の腕が空間の裂け目から現れようとしていた。

 世界の終わりがすぐそこまで迫っていた。


 そんなことをジョグは知る由もない。





 凍える吹雪の中、俺はついに山頂の祭壇にたどり着いた。

 これが最後だ。

 俺のすべてをこの祈りに懸ける。


「ランッ……!!!」


 俺が祭壇に手を置いた、その瞬間。


 世界中にある四つの聖地が天を衝く光の柱を放った。

 光は空で一つとなり、光で満たしていく。


 ――やりきった。

 これで、ランが助かるかもしれない。

 その希望だけを胸に、俺は故郷の村へと帰路を急いだ。




 ――同時刻。

 弱まりきっていた古代の結界に光が見ていく。

 王都に出現しかけていた魔王はその聖なる光に焼かれ、断末魔の叫びを上げて見えなくなる。


「奇跡だ!」


 民衆は一瞬呆気にとられ、すぐに歓喜の声を上げたのだった。



◇ ◇ ◇ ◇



 村に着くと、見たこともないような立派な馬車と、王国騎士団がずらり。

 俺は度肝を抜かれた。


「貴殿が、ジョグ殿か!」


 騎士団長らしい男が、俺を見るなり敬礼する。


「は、はい……?」


 状況がまったく飲み込めない。

 ポカンとする俺に、騎士団長は興奮した面持ちで語った。


「古文書にあった不可能な儀式を成し遂げ、世界を救ってくださった『疾走の巡礼者』よ! 王は貴殿に最大限の感謝と褒章を与えたいと仰せだ!」



 疾走の巡礼者?

 世界を救った?

 何を言っているんだ、この人たちは。

 俺はただ、ランのために走っていただけなのに。


 ……まあ、どうでもいいか。


 俺は与えられた褒章のすべてを使って大陸一の薬師を呼び寄せた。

 薬師の調合した薬を飲んだランは奇跡のように目を覚ました。


「ジョグ……? 心配、かけたね……」


 かすれた声だったが、紛れもなくランの声だ。

 俺は、その手を強く、強く握りしめた。


 結局、俺が世界を救った救世主だと国中から称えられることになった。

 でも、そんな称号はどうでもいい。


 俺はただ、大好きな幼馴染が隣で笑ってくれている。



 ――その日常を取り戻せただけで、世界一の幸せ者だ。





歴史とは英雄の物語ではない。

「誰かを想う」という個人の願いの連なりが織りなすタペストリーだ。


彼は世界のためではなく、ただ一人の幼馴染のために走った。

その個人的でささやかな祈りが、意図せずして世界を救うという奇跡を起こした。


これは決して単なるおとぎ話ではない。


一つの熱い想いを胸にひたむきに生きること。

守るべき大事なもののために自分のすべてを懸けること。

その姿そのものが世界を照らす希望の光なのだ。


あなたが本当に守りたい「世界」とは何か。

その答えを見つけた時、あなたの日常は壮大な冒険の始まりとなる。

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