卒業直前潔く去った君にもう一度会いたい
あの陽気で優秀な平民特待生チイが、ラカルシア王立アカデミー初等部から放校処分された。
黙認したのは僕の重大な過ちだったかと思っている。
側近達や婚約者候補達の意見を受け入れ過ぎた。
チイは規格外の少女だった。
座学でも武術でも魔法でもダントツの成績だったから。
それゆえ僕の側近達に嫉妬される対象だと気付かなかったのは、僕の失策だ。
また第一王子たる僕と気軽に話せるほぼ唯一の女子生徒だったことも、僕の婚約者候補の令嬢達の不安を呼んだかもしれない。
とにかく僕の周りの人間は皆、チイのことを悪く言った。
その時点でチイの校則違反が問題視され、ちょっと庇えない状況になった。
「校則違反だったか。まあ仕方ない。王子バイバイ。また会えるといいね」
卒業まであと一ヶ月もなかった時点での放校処分なのに、チイは朗らかに笑って去っていった。
あれほど物事に拘らないチイの素行が悪いわけはないのに。
教師陣も残念がっていたが、立場上校則を曲げるわけにもいかなかった。
チイがいなくなれば成績が繰り上がって、それぞれの分野でトップになる僕の側近達。
平民でありながらきらめく才能の持ち主で、それが故僕と親しいチイがいなくなることにメリットを見る僕の婚約者候補達。
彼ら彼女らは喜んだが、あまりにも人間が小さい。
僕にとって嬉しい事態ではない。
しかもチイの校則違反は……。
チイ、もう一度君に会いたい。
◇
――――――――――冒険者ギルドにて。チイ視点。
「こんにちはー」
「おう、ジュン。どうした。ゴキゲンじゃねえか」
「皆さんに報告がありまーす」
ギルドにたむろしてる冒険者達や職員さん達に大声で呼びかける。
「あたしの名前はジュンじゃなくて、実はチイでした。騙しててごめんね」
おーおー、皆がポカンとしてるわ。
「おい、どういうことだよ?」
「あたし王立アカデミーの生徒だったんだよ。アカデミーでアルバイトは禁止されててさ。冒険者であることがバレるとよろしくないから、偽名使ってました、てへっ」
「偽名って。ギルドカードにウソは吐けませんよね?」
ギルドカードは身分証明書代わりにも使える、登録されている冒険者一人一人が持つ魔道具だよ。
一切の誤魔化しが効かないとされているの。
いくらあたしの魔力が大きいと言っても、ギルドカードにウソ吐くことはできないんだけどさ。
「いや、カードを見る人の認識の方を弄ってたの。名前欄なんか真剣に見やしないから、案外バレないよ」
「「「「ええ?」」」」
「あんたくらいの魔法使いだと、そんなこともできるのかよ?」
「できるんだよ。ほらほら、見てみて」
「……ほんとだ。マジでチイか」
「もう本名で活動してよくなったってことなのか?」
「うん。アカデミークビになっちゃった」
「「「「ええ?」」」」
だってアクシデントだったから。
「あんた、アカデミー生だったのかよ?」
「さっきそう言ったじゃん」
「貴族っぽくねえからだよ!」
「道理で昼間いねえことが多いと思ったぜ。でも冒険者活動は本業だろ? アルバイトじゃねえだろ」
「そーゆー屁理屈は考えてなかったな。いや、冒険者であることがバレたわけじゃないの」
「ん? じゃあどうしてアカデミー辞めさせられたんだ?」
事情があったんだよ。
「図書館で重い本棚がバタバタ倒れて何人か下敷きになった事件があってさ」
「チイちゃんなら魔法で助けるだろ?」
「当然だね。ところがアカデミーって、監督の先生の許可がないところで魔法使うのは厳禁なんだよ」
「それでクビかよ」
「ひどいですね」
「まー平民はアカデミーでよく思われてないってこともあってさ。仕方なかったとゆーか」
「ああ、チイちゃん平民は平民なんだな。安心したぜ」
アハハ、あたしが貴族なんてことはないわ。
どっちにしても校則違反の冒険者活動で文句言われたらアカデミーを辞めるつもりだったから、早いか遅いかでしかなかったわ。
「しかしアカデミーの卒業生だと、特典みたいなものがあるんだろう?」
「うーん? 貴族はアカデミーの、少なくとも初等部を卒業しないとバカにされるってことがあるみたい。でもあたしは平民だからな?」
「チイは何で平民なのにアカデミー通ってたんだ?」
「大分あたしの名前浸透してきた? チイって覚えやすい?」
「そんなこと聞いてねえよ!」
アハハ。
あたしの素性は皆知ってると思うけど。
「あんた孤児って話じゃなかったか?」
「孤児だよ。魔法の才能があるからって、特待生でアカデミー入れてもらってたの」
「「「「ああ、なるほど!」」」」
皆が一発で納得するくらいあたしの魔法はすごい。
つまりあたし偉い。
ウソです。
孤児院の先生が才能を生かすべきだって、アカデミーに推薦してくれただけ。
まあでも授業料がタダになったって生活費は無料にならないのだ。
スポンサーを見つけるか校則で禁止されてるアルバイトしかなかった。
あたしの場合一番稼げるのが冒険者活動だっただけ。
変名と認識阻害の魔法で今まで何とかうまくやってきたけど、アカデミーをクビになるのは想定の範囲内なのだ。
卒業まで一ヶ月もなかったのに惜しいだろうって?
いやあ、全然。
どうせいつかバレると思ってたから、遡って卒業資格は取り消されるだろうし。
むしろ四年間ほぼ目一杯楽しく勉強させてもらったのは、望外の幸せだよ。
「クビになったことはいいんだ。勉強したことを忘れるわけじゃないし、知り合った人も多いからね」
「格好いいセリフだな」
「チイちゃんらしいですよ」
「アハハ。今後はガンガン稼ごうと思うんだ。王都周りとギルドの転送魔法陣で飛べる場所限定だけど」
「北の街道で魔物出現が増えたらしくて、調査依頼が出てるんだぜ。あんたがいれば百人力だ。行かねえか?」
「行く行く!」
◇
――――――――――一ヶ月後。ラカルシア王国第一王子アーサー視点。
「くっ、最終防衛ラインまで撤退!」
「了解!」
王都北の山から街道にかけての一帯で、魔物の被害があることを冒険者ギルドから報告された。
アカデミーの卒業直後、僕の箔付けということで討伐を任されたが……。
「アーサー殿下、これはおかしいですぞ。報告と状況が全く違う」
「言うな」
僕の補佐として付けられた武官も不安げだ。
最後の防衛ラインを突破されると街道が危ない。
被害の規模を予想できなくなる。
大体宰相は何故急に箔付けなどと言い出し、まだ一四歳の僕に魔物退治の指揮を振った?
僕に失敗させ、自分の孫である異母弟カインの評判を相対的に上げるためではないか?
正確な報告くらい寄越せ!
「やっほー。王子元気?」
「あっ、君は……」
一ヶ月前に卒業を待たず放校処分になったチイじゃないか。
こんな緊急事態なのに、久しぶりに会えて嬉しいな。
「どうしてここへ?」
「飛行魔法で飛んできたんだよ」
「そういうことではなくてだな」
全く隔意もなくニコニコしているチイ。
緊張感が薄れるな。
「魔物が大発生しているようなのだ。ここにいると危険だぞ」
「知ってる。報告書を書いたのあたしだもん」
「えっ?」
報告書を書いた?
「元アカデミー生なら書くの得意だろって、冒険者ギルドの職員に押しつけられたの」
「チイは冒険者になったのか?」
「とゆーか、アカデミー在学中も冒険者だったんだ。内緒にしてたけど」
「そうだったのか」
いや、チイの魔法はメチャクチャキレがあったものな。
冒険者として鍛えられたものだったのか。
納得だ。
「一時的な要因っぽいんだけど、魔素濃度が上がってるんだよね。それで魔物がたくさん湧いちゃったみたい」
「ふむ?」
「通常こういう場合、冒険者ギルドにも協力要請が来るじゃん?」
「いや、僕も討伐指令を受けたのが初めてだから、事情がわからんのだ」
「だよね。協力要請が来ない上に、討伐に当たる兵の人数が少な過ぎることがわかったから、手すきの冒険者全員でカバーしに来たんだよ」
「すまん、助かる!」
「いいっていいって。皆褒美が欲しいだけだから」
アハハと笑うチイ。
在学中と全く変わらんなあ。
「それにしても何でこんなに兵隊さんが少ないのかな? 少なくとも五倍は必要だと思うぞ?」
「ギルドの報告書からこれで十分だと判断したのだが」
経験豊かな隊長の意見に従ったから、間違いないと思う。
「んー? ちょっと報告書見せてくれる?」
ちょうど持っていた報告書を渡す。
「あれ? 予想魔物数が一桁違っとるやん」
「何だと!」
「ほら、ここ不自然に消した跡があるでしょ?」
「む? うむ」
「この手の行き違いを防ぐために、この報告書は二部作成して、一部をギルドに保管してあるの。念のため後で比べようか」
何故僕のところに来た報告書は予想魔物数が少なく記載されていた?
チイが助太刀に来てくれなければわからなかったことだ。
敗北の汚名だけを着たところだった。
その後にギャアギャア言ったところで、負け犬の遠吠えで片付けられてしまったろう。
大体魔素濃度が一時的に上がったことだっておかしい。
人為的なものではないのか?
となると宰相一派が怪しいが……。
「……助かった」
「んー? まだ早いぞ。兵隊さん達はムリに魔物をやっつけなくていいから、こっち側の尾根から谷に追い落とす感じにしてくれる? 谷の魔物はあたしが大技で片付けるからね」
「了解だ」
◇
――――――――――魔物討伐後。第一王子アーサー視点。
冒険者達の協力もあり、魔物討伐戦は死者重傷者ゼロの大勝利に終わった。
僕の武名が上がったが、大したことはしていない。
冒険者に配慮し、褒美を奮発したくらいだ。
大変ウケが良かった。
今後も冒険者達は喜んで協力してくれそう。
調査の結果、僕に渡された報告書の捏造も明らかになった。
やはりチイの言っていた通りだ。
しかし結局書類に手を加えたのが誰かはわからず仕舞いだった。
「いや、勝った者の言うことは重んじられるよ。犯人が誰かは知らんけど、今後こんな杜撰なことは絶対に許さんって吹いてりゃいいよ」
これもチイの言う通り。
魔素濃度が高まったことも真相は藪の中だ。
しかし宰相一派はしばらく大人しくしているだろう。
「ここの肉まんはすごく美味しいんだよ」
「おっ、嬢ちゃんか。毎度っ! 二個買ってくれるなら、もう一個サービスしとくぜ」
「おっちゃん、ありがとう!」
「ハハッ、いいってことよ」
今日はチイと二人きりでデートだ。
デートという言い方が正しいかはわからんが、この前の魔物掃討の報告を行うと冒険者ギルドに通達したら、チイが派遣されてきたのだ。
どうせなら街をぶらつかない? ということで。
チイはアカデミー在学中から冒険者だっただけでなく、王都の冒険者ギルドでは絶大な信頼を寄せられていると知った。
いや、僕もチイの魔法の実力や運動神経がいいことは知っていたが。
生活費を稼ぐために、学校に内緒で冒険者をやっていたと笑っていた。
「王子、肉まん一個は半分こしようか」
「む? いいな」
ちょっと戸惑った。
半分こなんて初めての経験だから。
でも心が温かいな。
「……美味い」
「でしょ? ここの肉まんは最高なんだよ」
「嬢ちゃん、宣伝しといてくれよ」
「もちろんだよ!」
気持ちのいい会話だ。
しかし僕の周りはドロドロしているんだよな。
思惑が渦巻いているから。
王位継承権一位の僕としては考えねばいかんことだが。
「……すまん」
「えっ、何が?」
「君がアカデミーを退学させられた経緯のことだ。正しいことをして命を救った君が退学になるのはおかしかった。僕は異を唱えるべきだった」
「いや、アカデミーで許可なく生徒が魔法を使うのを許した、なんて事例ができるのはよろしくないと思うわ。あたしみたいな平民じゃなくて高位貴族の子弟が魔法使ったりしたら、絶対に許さざるを得なくなるわ」
「……うむ」
学生同士のケンカで攻撃魔法が飛び交う、なんて事態は想像したくない。
決して許されてはならんことだ。
「それにあたしは冒険者として働いていたから、いずれはアカデミーをクビになるだろうってわかってたの。むしろ卒業間際まで勉強させてくれてありがたいくらい」
「君の最終試験は、全科目満点だったそうだ」
「マジか。やったあ!」
こんなことで喜んでいるチイは純粋だ。
「それにね。図書館事故の時の被害者の令息令嬢とその御家族は、平民のあたしに謝ってくれたんだよ。退学を取り消そうと学校に働きかけたけどダメだったって。べつにいいのに」
笑うチイ。
余裕があるなあ。
チイがアカデミーを去った時、僕の周りには喜んだ者が多かったのだ。
僕と同じで、チイには敵が多いんだなと思った。
親近感を覚えたが違う。
チイと利害関係が対立する者達だったからだ。
チイがいなければ成績でその科目トップだったという構造はわかりやすい。
でも高位貴族令嬢諸君は何故あれほどチイを嫌っていたんだろうと考えて、ふと思い当たった。
そうか、チイが僕の妃となる可能性を見ていたからか。
遠慮なく僕と話すことへの嫉妬だけじゃなくて。
確かにチイに門地はない。
が、極めて優秀な成績で、教師陣には今でも退学処分は惜しかったと言わせる逸材だ。
そして驚異的な魔法の実力、戦闘力。
おまけに魔物退治の実績。
「君はトップでアカデミー初等部を卒業できるはずだったんだ。惜しくはないか?」
「ん? でもまあ校則違反を犯したのはあたしだからしょうがないな。罪に対しては罰を処すべき。それが公平とゆーもんだ」
まるで他人事のようだ。
いっそ潔い。
いや、公平というものを高みから眺めているような。
これは為政者の視点なのでは?
気に入った。
「君、アカデミー高等部に進学する気はないか?」
「できるものならしたいね。高等部に進学しないと読むのを許可されない本が図書館にあるんだ」
「もう一つ。チイ君は僕の婚約者になってくれる気はないか?」
「そりゃあたしは構わんけど」
やった!
しかし何だろう、困惑したような物言いは。
普通王子にこういう話をされたら喜ぶものではないのだろうか?
アカデミー初等部では結構喋った仲だ。
気も合うと思ってたし。
意表を突いてくるなあ。
「あたしは王子が平民にも話しかけてくれるいい人だって知ってるけどさ」
「何か問題があるだろうか?」
「問題だらけじゃないかな。大体婚約と高等部進学に何の関わりがあるん?」
「断られたら高等部進学を条件にしようと思ったのだ」
「おおう、なるほど。じゃあマジで高等部に行けるかもなのか。楽しみだなあ」
「僕と婚約できることを喜んでくれ」
「いや、だからそれ王子だけで決められることなん? あたしはただの平民孤児だぞ?」
「ただの、ではないよ」
大きな実力と可能性を持っているのだ。
今後チイの影響力は増大こそすれ縮小することはないだろう。
「ま、頑張って周りを説得してちょうだい。あたしも高等部に進学したいからね」
◇
――――――――――その後。
王立アカデミー初等部でアーサー王子の同級生であった天才少女チイのことを、王は記憶していた。
また王都冒険者ギルドのエースであるジュン=チイのことも。
第一王子アーサーからチイとの婚約について相談を受けた時、すぐにチイを調査させたのだ。
少なくとも即座に却下はしなかった。
アカデミー初等部の全ての教師が認める、文武に魔法をも具えた傑物。
先の魔物退治でも大きな実績を示した冒険者としての実力。
確かに門地はないが、それ以上に他国に流出した時のリスクが高過ぎると王は判断した。
アーサーとチイとの婚約は認められた。
高等部では初等部と違い、条件次第でアルバイトも認められている。
行儀見習いや文官業務補佐で働く者もいるからだ。
チイのように冒険者活動を行っている者はいなかったが。
アーサーの婚約者となったチイの情報公開が進むに連れ、王都のエース冒険者であることも貴族の間で知られるようになった。
魔物に苦しむ領地は少なくなかったから、チイと誼を結ぼうとする貴族が増えた。
チイは宮廷魔道士と協力して新型の魔物除けを開発。
また後進の冒険者を指導した。
結果としてチイの影響力は大きくなる。
初等部時代にチイを敵視していた令息令嬢達も、態度を軟化させた。
将来の王妃と敵対するのは損だから。
チイもまた過去のことは全然気にしていなかったので、広く交流を持った。
令息令嬢達もまたチイの持つ独自の人脈や広範な知識の有用さに気付き、チイを支持するようになった。
さらにチイの存在感は増していくのだった。
「何か王子の婚約者になってから、やることなすことうまくいくわ。やっぱ権威は大事だな。王子ありがとう!」
「いや、僕の方こそ。チイのパワーに引っ張られる感じだよ」
アーサーは取り巻きが多くいても孤独だった。
いつも敵が多いと感じていたのだ。
ところがチイが婚約者になってからは、味方が増えたと思っている。
チイの包容力というか吸引力はすごい。
アーサーの第一王子という立場とチイの実力は、完全な相乗効果を発揮していた。
アーサーは王太子に指名される。
カイン以下の弟妹との関係もよく、ラカルシア王国の未来の確かな発展を予感させるものだった。
アーサーとチイは互いに尊敬し合っていた。
ただ一つだけ、アーサーはチイに不満があった。
それは……。
「王子って言うのやめないか? 僕達は婚約しているのだし」
「えっ……何て呼べばいいかな?」
「名前で」
「……恥ずかしいから、大人になってからでいい?」
モジモジするチイはレアだ。
いいものを見たと、アーサーは思った。
まだまだ可愛らしい、これからの二人。
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