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第88話 恐山③

 二階堂がぴたりと動きを止め、振り返る。

 その顔には、いつものように柔らかな微笑――だが、その奥に冷たい光が宿っていた。


「……何か問題でも?」


「その剣は、ノウシスが確保する。渡すわけにはいかない」


 俺はまっすぐ二階堂を見据えて言い切った。


「ふむ……これは少し、困りましたね」


 二階堂が一歩、俺の方へ進む。

 すると伊庭さんが俺の前へ出て、刀をゆっくりと抜く。


「……英斗の判断は、俺の判断でもある」


 その言葉に、空気が一気に張り詰めた。


「中野さん、リィド君」


 二階堂が微笑を保ったまま声をかける。

 その声に、二人もまた動きを止め、戦場の空気に意識を向けた。


「つまり――ここで争うというわけですね?」


「必要ならな」


 伊庭さんが答える。その声音には、すでに覚悟が帯びていた。


「伊庭さん、状況を分かっていますか?

 こちらは三人、そちらは半人前とあなただけ……」


 二階堂が静かに言葉を続けたその瞬間、


 シュッ!


 空気を裂くようにリィドが動いた。疾風のような速さ。

 そして――


「一人ずつ分断、基本だろ?」


 彼の姿が俺の背後に回り込んでいた。

挿絵(By みてみん)

「っ……来るか!」


 俺はとっさに跳躍し、距離を取る。

 その直後、リィドのスキルが走る。


「Gale Strike (ゲイル・ストライク)!」


 弧を描くように繰り出される鋭い風刃が、俺の足元を抉る。

 着地と同時に体勢を崩しながらも、俺は刀を抜いた。


Crackle(クラックル) Edge(エッジ)!」


 電撃を帯びた刃がリィドの軌道に割り込む。

 彼はそれを読んでいたかのように、すれ違いざまに笑った。


「いい反応だな、エイト!」


 俺たちの間に、火花と風が交錯する。

 一撃ごとに足元の岩が砕け、枝葉が巻き上がる。


(速い……けど、見えないわけじゃない!)


 俺はあえて受け流す構えをとり、攻撃のリズムを読んでいく。


「もう一丁!」


「その癖、もらった!」


 リィドの動作に一瞬の癖を見つけ、刀を滑り込ませる――が、


「その程度、想定内だって」


 逆に体を沈め、反転蹴りを放ってくる。刀で受けると、重い衝撃が腕を伝った。


 ――この戦い、そう簡単には終わらない。


 ♦


「さすがに一人で二人を相手にするのは無謀では?」


 中野が無表情のまま言う。


「それでもやらなければならない」


 伊庭の言葉に、ほんの少しだけ、二階堂の目が細められる。


「命を張るだけの価値があると?」


「もちろん」


 伊庭は構えを低く、刀を地面すれすれに流す。


「では――観察させてもらいます」


 ドッ!!


 先に動いたのは中野だった。

 刻鋼爪が空を裂き、伊庭の左肩へ鋭く迫る――


「……っふ!」


 刃が迎え撃つ。

 だが、刃と爪が交錯した瞬間、中野の体が消えた。


(これは……!)


 次に現れたのは背後。すでに第二撃の構え。


「鋭いが……単純」


 ガキンッ!!


 今度は後ろ手に振り払った刀が爪を受け止めた。


「ならば、次は私が」


 二階堂が静かに歩を進める。


「Anesthesia Crash (アネスジア・クラッシュ)」


 指先が空を撫でる――。


 伊庭が一歩下がる。だが中野がそれを許さず追撃。


「ッ……!」


 中野が咄嗟に足を払って体勢を崩す。


「っ……」


 伊庭は片膝をつきながらも笑う。


「流石だ――だが」


 シュンッ!


 突如、伊庭の姿が煙のように揺れた。


「“無音の太刀”――!」


 風も、音も、殺した踏み込み。


「ッ……来ますよ、中野さん」


「感じている」


 風を断ち切るような抜刀が、中野の懐を裂く――寸前で退かれる。

 二階堂の手が後ろから迫るが、伊庭は逆に踏み込み、二人の攻撃の交差点をすり抜けるように切り抜けた。


 そして再び、鋼と鋼がぶつかる音が、森の静寂を破った。


 ♦


 風がざわついた。


 リィドの姿が、視界から掻き消える。


(――また消えた!)


 直後、背後から殺気。振り返るより先に、俺は斜めに跳んだ。


 シュッと空気を切る音と共に、リィドの剣が肩のすぐ横を通り過ぎていく。


「やるじゃん。だけどさ――読み合いってのは、そこからが本番だろ?」


 リィドは地を蹴って低く滑り込み、俺の死角を縫うように横から再接近してきた。


(左下……!)


 身をひねり、刀で辛うじて受ける。だが、衝撃が腕に残る。


 攻撃の手が、止まらない。


 リィドの動きは、読みづらい。足捌きが軽やかすぎて、地面の音もわずか。反応が遅れれば即、命を奪われる。


 俺はすでに、幾度となく襲い来る“殺気”を切り抜けていた。


(……速い。だが――癖がある)


 そう、俺はもう“知っている”。この速度、この角度、この圧――過去のどこかで、誰かが体験した“命のやりとり”。


 次の刹那、リィドが飛び込んでくる。


「ほらほら、反撃しないのかよ、エイト!」


 俺はわざと、半歩遅れるように後退する。リィドが踏み込みのバランスを崩した――その瞬間、


Crackleクラックル Edgeエッジ!」


 刃に青白い電撃が走る。踏み込みすぎたリィドの腹部に、寸前で刀を滑り込ませる。


「っと……!」


 リィドが反応し、刀を受ける形で跳ねる。電撃が一瞬、彼の動きを鈍らせた。


 俺は即座に間合いを詰める。追撃する刃――だが、リィドの目が光った。


「残念!」


 リィドが滑るように姿勢を落とし、低空で回転蹴りを放ってくる。


「っ――!」


 反応が一瞬遅れ、足元を刈られた。視界が揺れる。


(まずい!)


 倒れながらも刀をかざす。だが、そこにリィドの影が重なってきた。


 リィドが高く跳ぶ。構えは“とどめ”の形。


 俺は地面に転がったまま、上を見上げ刃が迫る。


(……ここだ!)


 俺はリィドの右耳辺りを直視する。


「Noise Point (ノイズ・ポイント)!」


 リィドの右耳辺りでパァンと頬を強く叩いたような音が響く。

 突然のことに思わず耳を抑え、意識が俺からそれる。


 その一瞬の隙を見逃すほど、俺の中に眠る“達人たち”の経験は、甘くなかった。


 反射で動く。

 倒れた体勢から、腰をひねり、左足で地面を蹴り上げるように体を起こす。

 右手の刀が電撃を帯びたまま、迫りくるリィドの脇腹を狙って閃いた。


「――ッ!」

 リィドの目が見開かれる。だが、もう遅い。


Crackleクラックル Edgeエッジ!」


 ズバン!!


 刃がリィドの腹部を斜めに裂く。

 電撃が筋肉を痺れさせ、その動きを奪う。


「……が、っ……!」

 リィドの体がよろけ、勢いを殺しきれずに横へ転がる。

 だが、すぐに起き上がる。裂かれた服の下から滲み出た血が、地に赤を描いていた。


(……決まったと思ったが、やはり浅い……!)


 レベル差――か。


 立ち上がったリィドは、肩で息をしながらも、鋭く俺を睨んだ。

 その目には、今まで見せてこなかった感情が宿っていた。


 怒り。


「今の一撃、俺の“命”を取れるとでも思ったか?」


 風が乱れる。リィドの髪がばらつき、目の奥が獣のように光る。


 リィドの手が風を巻き起こす。


「兄貴たちに馬鹿にされちまう……今度は本気で沈める」


 刹那、リィドの姿がかき消える。


 再び、風が吹く。

 辺りの空気が、緊張の糸のように張り詰めた。

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― 新着の感想 ―
エイトとリィドの白熱した戦闘描写思わず息をのんでしまいました。 エイトとリィドの勝敗はどうなるのか? この後の展開が気になります。 71話以降の事なのですが、やはりどこかルビ振りに??となってしまう…
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