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第80話 鞍馬山③

 倉橋の盾の隙間から、再び鋭い視線が突き刺さる。

 剣は動かず、盾は微動だにしない。完全な防御の構えだ。


 私は静かに一歩、また一歩と時計回りに回り込む。

 棍の先端を低く揺らしながら、間合いと機会を探る。


(……今は急がない。崩す)


 倉橋はじり、と足を動かし、常に正面をこちらへ向けている。

 わずかな動きも見逃さぬ構え。焦りも隙もない。


 Sound(サウンド) Control(コントロール)は戦闘開始時に発動させていた。


 倉橋の周囲の音が、少しずつ……削がれていく。

 鳥の声、風のざわめき、草の軋む音。

 それらが薄く、遠く、ゆっくりと気づかれないように

 徐々に、徐々に音を奪っていく。

 私たちの会話、戦闘の音だけはそのままに……


 ――踏み込み。


 棍を腰の位置に引き、一気に踏み込む。

 右下から斜め上へ棍を振り上げ、盾の側面を狙う。


 ガンッ!


 盾が僅かに傾き、振動が伝わる。

 すぐさま回転し、左手を軸にして体を沈めつつ、棍の反対側を下から跳ね上げるように打つ。


 カンッ!


 盾が再度受け止めた。その瞬間、倉橋の剣が動く。

 滑るような切っ先――水平斬り。


「……速い」


 私はすかさず体を引き、ギリギリで剣をかわす。

 頬を掠める風圧。あとわずかで切られていた。


 後退しながらも、一瞬、棍の背を盾の縁へ打ち込む。


 倉橋は盾を戻し、腰を落とした。依然として守勢。

 だが剣の初速は速い。出れば即座に致命傷になる間合い。


 私は再度、低い構えに移行。棍を横に滑らせる。


「……次はどう出る?」


 小さくつぶやいた。


 その瞬間、倉橋が逆に一歩踏み込んでくる。


「おう……そろそろこっちの番だ」


重戦車ヘヴィータンク!」


 盾が低く構えられ、腰を落とす――倉橋の全身が光に覆われる。


 ドンッ


(早い!)


 突進が来ることは筋肉の動きで分かっていたが、予想を上回る速さ。

 かろうじて右に飛び避けるが、倉橋はそこを読んでいた。

 瞬時に肉薄し剣を振りかぶる。


「……しつこい」


 咄嗟に私は棍で地を強く打った。

 その反動で後方へ素早く跳び下がる。


 私は体勢を低く取り、再度間合いへ滑り込む。

 棍はまるで蛇のようにしなり、左右から盾の縁を狙って揺れる。


 倉橋は盾の正面を維持したまま、剣を振る気配を見せるが――まだ振らない。


(こちらの出方を待っている)


 次の瞬間――全ての音を元に戻す。

 突然の音の変化に、倉橋が困惑したように動きを止める。


 私はナイフを放った。狙いは盾の下端、視界の死角。


 チリ……(鈴の音は消している)


 音もなく現れたナイフに、倉橋は慌てて盾を引き、避けた。


「今――!」


 私は踏み込み、棍を盾の縁へ強く打ち込み、盾を跳ね上げさせた。


「貰った!」


 防御の崩れた倉橋の頭部に棍を打ち付ける。


「Ironclad (アイアンクラッド)」


 ガキィン――!


 金属音が鳴り響く。


 倉橋は低く息を吐き、頭をなでると、盾を再び構える。


「見事――だが……終わらんぜ」


「……望むところです」


 通じぬ攻撃、揺らがぬ守り――仕掛けの糸口はどこだ。


 火花が再び散る。

 両者ともに仕掛けと守りの読み合いが、さらに一段階深まった。


 ♦


 イレーナが一歩、滑るように後退した。

 その動きは女豹のようにしなやかで、距離感の操作に長けている。


「へっ……いい動きしてるぜ」


 鎖を肩から滑らせるように引き戻す俺。

 だがイレーナはその間に再び鞭をひと振り――


 ピシャッ!!


 空間を断つ鋭い音とともに、鞭の先が地を這う。

 目標は――足元。


「っと、読めてるぜ姐さん!」


 俺は素早く後方へ飛びのき、同時に鎖を逆手に持ち替える。

 鎖の一端を低く薙ぎ払うように振るい、鞭の動きを押し返す。


「へぇ……ただの力任せじゃないんだ?」


 イレーナの口端が吊り上がる。

 その視線は変わらず冷たく、しかしわずかに愉悦が滲んでいた。

挿絵(By みてみん)

「姐さんのほうこそ、余裕ぶってられるのも今のうちだぜ」


 俺は間合いを詰めた。

 踏み込みの圧力でイレーナの足運びを制限する――そこが狙いだ。


 鎖が這い、唸り、地をえぐるようにうねる。

 一歩――二歩――詰めるたびに鎖の唸りがイレーナの耳元をかすめた。


「ッ……鬱陶しいねえ」


 イレーナは素早く鞭を巻き戻すと、一気に宙へ跳ねた。

 わずかな空中時間、こちらの圧力を逃がす。


「させねぇよ!!」


 俺は鎖を斜めに放つ。

 空中で逃げ場を狭める狙い――だが。


「甘いさ」


 イレーナは空中で体を捻じり、鞭を一閃――紅い軌跡が弧を描く。

 紅い弧を描いた鞭が俺の鎖を弾き返し、同時に着地。


(さすがだ……間合いの操作が巧い)


 踏み込みを一瞬止めざるを得なかった。


「ほらほら、どうしたんだい? もう手が止まってるよ?」


 イレーナはわずかに腰を突き出すような挑発的な姿勢を取る。

 片手は鞭を低く構えたまま、好きな距離での再戦を誘っていた。


「へっ……姐さん。煽ってくれるじゃねぇか」


 俺は鎖をだらりと肩に戻し、口角を上げた。


「だがな――こっからが"俺の間合い"だ」


 再び肩の鎖を引きずり出し、半歩踏み込む。

 今度は攻め手のリズムを変える。


(姐さん、きっちり見せてもらうぜ……その動きの限界をな)


 ♦


 姫川は振り上げた剣をゆっくり下げると、

 まるで散歩の途中かのような仕草で私の隣へ歩み寄った。


 そのまま、ひょいと腰を下ろす。


「……!?」


 思わず息が詰まる。

 私は即座に体を起こしかけた――が、衣服の締め付けがまだわずかに残っており、うまく動けない。


「私を殺さないのですか?」


 問いかけは静かだったが、胸の奥は警鐘を鳴らしていた。


 姫川は面倒そうに片手を振る。


「ん~今日は処理班いないから、始末するの面倒ッスね」


 軽薄な言葉の裏に滲むのは、底の見えない冷徹さだった。

 だがその瞳はやはり、笑っていない。


「でも、下手に暴れたら手足の一本や二本、折るっスよ?面倒なんでそのままじっとしていて欲しいっス」


 ぞっとする言い方だった。

 言葉は穏やかだが、そこに嘘は一切ない。

 本気でやるつもりの声だ。


 私は喉を鳴らすことしかできなかった。


「……手伝いに行かないんですか?」


 ようやく、唇が震えるようにして言葉を紡ぐ。


 それに対して、姫川はあくびを噛み殺すように肩をすくめた。


「二人とも強いっスからね~」


 気怠げな声音。だがその背筋は少しも緩んでいなかった。

 まるで私が反撃の気配を見せれば、即座に制する用意があるかのように。


 私はただ、息を整えるしかなかった。


 ♦


 鎖と鞭が、再び火花を散らす。

 俺と姐さんの間合いはぎりぎりの均衡を保ったまま、次の一瞬を睨み合っていた。


 その時――


「……ん?」

 俺の耳に、砂を踏み鳴らすような素早い足音が飛び込んできた。


 同時に姐さんも動きを止め、鞭を揺らしたままそちらへ鋭い視線を向けた。


 社の入口を挟んだ六人の戦場を……一人の影が駆け抜けていく。


「誰だ……?」

 低く俺が唸る。


 姿は乱れたショートジャケットにタクティカルパンツ姿、年齢は三十代半ば程度か。

 腕には古びたナックルガード、腰にはライブラが見えている。


「野良……」

 佐伯の冷静な声が漏れる。


(それなりの手練れだ……この状況で割り込める胆力は本物だな)


 その男は、俺たち六人の間合いをまるで読み切ったように、誰とも接触せず、まさに“縫う”ような軌跡で駆け抜けた。


「ふっ……はっ、横取り狙いか……」

 イレーナが口の端を吊り上げ、鞭を低く構え直す。


「動くな」

 倉橋の盾が低く振るわれかけたが――間に合わない。


 男は一気に社の石段を駆け上がった。


「悪いなアイテムは――いただきだ……!」


 ――その瞬間だった。


 ゴォ……ォオオ……ッ……!!


 空気が震えた。


 耳を裂くような低音の咆哮が、山肌に響き渡った。


「なっ……!」


 次の瞬間、社の影から紅い巨影が現れた。


 背丈は二丈を超える。

 膨れ上がった筋肉、朱の肌、金色の瞳――


 ――鬼。


 頭に二本の大きな角。

 腰には無数の徳利を下げ、片手には巨大な棍棒を握っている。


 そして、その足元。


 野良プレイヤーが気づいたときには遅かった。


「ま、待っ……!」


 紅い巨体が振りかぶる――


 六人の誰もが、一瞬、息を呑んだ。

 わずかに、社の中から漂い出た気配だけで、全身が硬直する。


 野良の男が一歩退いた時には、すでに遅かった。


 ゴオオオオ――


 声にならぬ地鳴りと共に、鬼の棍棒が――空を裂く。


 ドガァッ!


 社の階段を一段踏み砕きながら、男を一撃で吹き飛ばしていた。


 その身体は、もはや形を保てず、血と共に社の外へ叩きつけられた。


「……」


 誰一人、言葉を発せなかった。


「……こいつは……ヤバいぜ……酒吞童子ってやつか」

 俺が鎖をゆっくり肩に戻す。


「なあ……姐さん」


「……大当たりさね。喧嘩してる場合じゃなさそうだね」


 イレーナが、鞭を低く下ろし、鋭い目だけが動いていた。


 倉橋は一歩、佐伯と咲耶の間合いから退き、盾を前に出した。

 姫川もゆるりと手を下ろして、咲耶の横でフードを軽く直していた。


 酒呑童子は、一歩、音もなく地を踏んだ。


 そのだけで、空気がズシリと重くなる。


(今のこの面子でも、まともに挑めば全滅だ)


 俺は判断した。


「姐さん――手を組まねえか、どうだ?」


 ニカッとだけ笑い、鎖の端を静かに握る。


 イレーナはしばし見据え――ふっと鼻で笑った。


「……仕方ないねぇ。さすがに、あたしもこれは“見物”じゃ済まないわ」


 くるりと鞭を回して腰に戻しながら、俺のほうへ鋭い視線を寄越した。


「共闘、成立。……でも油断はしないことだよ」


「おう、望むところだ」


(さて――ここからが本当の地獄の始まりか……)


 六人は、社の前で、異様な緊張の中、再編成の態勢を取っていた。


 酒呑童子の瞳が、冷酷にこちらを見据えている――


 次の瞬間にも、再び地が揺れるかのような殺気が、静かに満ちていった。


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