第77話 強襲③
「もっと熱い戦いを期待したんだがな……終わりだ」
イグナスが炎を纏いながら、じりじりと榊原に向かってくる。
一方、ミィシャとヴォルクも、それぞれ本気の気配を放ち始めていた。
援護の光が、遮られた。
テミスの三人――イグナス、ミィシャ、ヴォルク。
それぞれが、完全に“殺しにかかる”気配を纏いながら、確実に距離を詰めてくる。
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俺はイグナスを睨みつけながら静かに話した。
「六識翔影 (ろくしきしょうえい)は剣を操るスキルじゃない、触れたものを自在に操るスキルだ」
イグナスは歩みを止める。
「……それが?」
「先の戦いに加え、お前たちとの戦闘で随分と転げまわったよ」
「……!?」
「隼人!雨宮!」
俺の叫びと共に、足元から風のような衝撃が走った。
「――六識翔影《砂礫舞陣 (されきぶじん)》」
次の瞬間、地面に散らばっていた無数の砂利が一斉に舞い上がり、烈風と共に宙を奔った。
「っ……ぐぅっ……!」
「目が……ッ!」
風が唸りを上げ、砂利が弾丸のように宙を駆けた。
肌を刺す粒子が目を焼き、喉に入り、視界を暴力的に奪っていく。
「走れ!!」
俺の怒声に、葛西と雨宮は本能のままに駆け出した。
足をもつれさせながらも、二人は岩陰から山肌へと飛び出す。
榊原もすぐに続いた。
一方その頃――
「クソッ、小賢しいッ……!」
イグナスが砂利を払いのけるように腕を振るい、激しく咳き込んだ。
ミィシャは目元を押さえながら、ヴォルクは耳を震わせ威嚇の唸りをあげている。
「逃がすかよ――!」
イグナスが叫び、砂礫の中から飛び出しかけた、そのときだった。
「ッ……!」
突如として彼の背中に、鋭い金属の斬撃が突き刺さる。
それは、地面に転がっていた榊原のブレードだった。
「……ぐっ……! まだ動いたのか……!」
イグナスが片膝をつき、血を流す。
あとの二人も、同様に後方からの攻撃を受け、小さく呻いた。
榊原が、この場の“全て”を掌握していたことに、三人はようやく気づく。
ミィシャとヴォルクは追撃に向かおうと3人が消えた方角を睨みつける。
「……追撃は不要だ。目的は達成した」
ミィシャとヴォルクもそれに従い、静かに身を引いた。
イグナスの視線の先に淡く輝く、月光のような光を宿した勾玉が落ちていた。
先の混戦の中、葛西の腰から滑り落ちていたのだ。
「……あら。面白いもの、残してくれたわね」
ミィシャがゆっくりとそれを拾い上げ、不敵に笑った。
「勝負は次に預けるぜ」
イグナスが忌々しげに唸った。
風が止み、砂礫が地に落ちるころには、三人の姿はすでに見えなくなっていた。
戦場には、静寂と――忌まわしき爪痕だけが残された。
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山肌を駆ける足音が、荒い息遣いに混じって響いていた。
草を掻き分け、岩を飛び越え、三人は懸命に走る。
背後に追撃の気配はない。だが、気は抜けなかった。
「……はぁ、はぁ……! くそ……! 完全に、やられたな……」
肩で息をしながら、苛立ち混じりに吐き捨てた。
「大丈夫か翼。無理すんな、傷は?」
「大丈夫、大丈夫……そこまで傷は深くないよ……ふぅ、逃げ足だけは鍛えてて良かった……」
そう笑う翼の声は、どこか震えていた。
「葛西君こそ大丈夫かい?」
その問いに、俺は息をつきながら答えた。
「……俺もなあ……骨、何本かいってると思う。ま、死にはせん大丈夫や」
その後ろで、榊原さんが冷静な口調で言う。
「……今回は完全に分が悪かった。全員、限界が近かった」
「……榊原さんすいません……ヘマしてまいました」
その言葉に、全員が黙り込んだ。
彼は振り返ることなく呟いた。
「悔やんでも仕方がない。生きて帰れた、それが全てだ」
彼の言葉は、静かで、芯があった。
「回収されてしまったのは痛いが、あの場で粘れば三人とも命を落としていた。撤退は最善だったと判断している」
「……えぇ。分かってます、頭じゃ。でも……」
俺は悔しげに天を仰ぐ。
「生きていれば次がある」
「……このままじゃ終われへん。あいつら、絶対にどっかで倒す」
「……うん。僕も……。次こそは、ちゃんと勝つ」
翼の目にも、ゆっくりと闘志が戻っていく。
「なら、まずは体を治すことだ。戦うのは、それからでいい」
榊原さんが前を向き直り、森の奥へと足を進める。
「次に同じことは通じない。向こうも“警戒”を始める。だからこそ、俺たちも進化しなきゃならない」
「――それに、あいつらまだ本気出してへん」
あいつらは狩りを楽しんでいた。だからこそ逃げられたんやと思う。
葛西と雨宮も、その背中を追うように駆け出した。
まだ、終わってなんかいない。
俺たちは生き延びた――次は、必ず勝つ。
♦
ノウシス日本支部
ライブラから警報音が鳴り響く。
内心こんな時に来るのかと辟易した気分だ。
暫くすると駆けてくる足音が聞こえる。
「先生!」
飛び込んでくる影が二人。
「俺たちが行ってきます、先生はこちらで待機しててください!」
それだけ言うと二人は飛び出していった。
みんな出払ってしまい、私とルチアだけになった。
いつもは大勢でにぎわっているだけに心細く感じる。
誰かと同行すれば良かったのではないかと考えがよぎる。
「先生……みんな帰って来ますよね?」
不安そうな表情で私を見つめている。
「ええ……帰ってくるわ強い子たちだもの……
それに何があっても私が死なせはしないわ」
「そうだ……美味しい紅茶を見つけたの、一緒に飲んで皆の帰りを待ちましょう。
お土産に買ったお菓子も開けちゃおうか?」
暗く沈んでいたルチアの表情が明るくなる。
「じつは目を付けてたお菓子があったんです!」
(みんな無事で帰るのよ)
心の中で願うのみだった。