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第73話 白霧の女②

「距離十五メートル。さらに接近中……」


 雨宮の声がかすれる。


「……攻撃してきてへんけど、なんや、この圧……!」


 時折霧の薄い所から覗く姿。


 確かに“女”。真っ白な和装、艶やかな黒髪。だが、その顔だけは――見えない。霧のせいじゃない。“顔という情報そのもの”が欠けてる。


「榊原さん、投げるか?」


「いや、まだだ。向こうから仕掛けさせろ。雨宮にしか見えていない以上、行動パターンが掴めない」


 その時だった。


 白装束の女の髪が、ゆらり、と風もないのに揺れた。


 次の瞬間――


 ばっと女の両袖が大きく広がると姿が消える。


「翼、何が見えとる!?」


「無数の尻尾が、女の背中から――!」


「尻尾……?」


「九本……。あれは――」


 雨宮だけに見えている“女”の姿――真の姿が浮かび上がる。


「九尾の狐……玉藻前だね」


「……マジかよ」


 俺は息を呑む。


 スキル《観察者》の視界でのみ視認できる敵。つまり俺たちの攻撃は、位置も正確に把握できなければ当たらへんってことや。


「榊原さん。見えへん相手に、どう戦う気や?」


「雨宮のナビゲートがすべてだ。あいつを守りながら、雨宮の指示に従って動く」


「俺らが盾、翼が目やな……!」


 再び、霧が揺れる。


 玉藻前が動いた――。


「隼人、三時方向、距離十! 突進してくる!」


「任せろ!!」


 俺はトンファーを構え、霧の中に踏み込む。


 見えへん相手に一撃を叩き込む。それはもう、信頼しかない。


 雨宮の声だけが、頼りや。


「今!振り下ろして!!」


 ――振り抜いた。


 風を切る音の先、何かが当たった手応え――だが、同時に跳ね返されるような衝撃。


「……くっそ、かてぇな!」


「隼人、無理はするな。俺がブレードを投げる!」


 榊原さんの声。


 空中を切り裂くブレードが、霧の中を疾走する。


 そして――


 ずしゃっと、肉を裂く鈍い音。


「命中確認。だが、反応は鈍い……再生の兆候は今のところ無し」


「翼、次はどこや!?」


「正面! ――今度は、こっちを見て笑ってる……!」


 「笑ったって?」


「うん……笑ってるよ。目はまだ見えないけど。でも、口元だけは、はっきりと……」


「俺らなんか余裕ってかい」


 霧の中、俺はトンファーを逆手に握り直す。


「動きはどうや、翼」


「左へ移動中……速い。隼人、狙われてるよ!」


「OK、上等や!」


 勘や予測じゃない。雨宮の声が、俺の目や。


「斜め前、距離五! 右!」


「っしゃああっ!」


 俺は横に回転するように身を沈め、右トンファーを突き上げる。狙いは、胸元……というより、“霧の中にある気配”や。


 ――ドンッ!


 手応え。だが、重い。まるで巨岩を殴ったみたいな衝撃に、こっちが吹き飛ばされそうになる。


「ちっ……! 当たったが、効いてへん……!」


「隼人、下がれ。次は俺がいく」


 榊原さんの声とともに、鋭い金属音が空を切る。二丁のブレードが正確無比に霧の奥へ投げ込まれ、雨宮の指示とぴたりと一致する座標に突き刺さる。


 ぐしゅっ……!


「二発とも頭部に命中……」


「やったんか?」


 二丁のブレードが地面に落ちる。


「(Trajectory Return)トラジェクト・リターン!」

 榊原さんのスキルで、投擲したものが元の持ち主に戻る。

 7本のブレードを装備し6本は投擲用、一本は近接用にするのが榊原さんのスタイルや。


「傷が……ない?再生?いや……」


「尻尾が九本のうち、一本が消失!」


「ちゅうことは……あと8回殺れってことか?」


 俺は舌打ちして体勢を立て直す。


 俺の言葉に、誰も返さへんかった。けど、空気でわかる――この場にいる全員が、同じことを思っとる。


 ――こいつ、“尻尾の数”が残機や。


 「翼、動きはどうや」


 「さっきより早い!右に大きく跳んだ! 一瞬、空中に――今度は榊原さん!」


 「了解」


 榊原さんが無言で身を沈め、重心をずらす。直後――


 空気が裂ける音。見えない爪のような何かが、すぐ目の前を薙いで通り過ぎた。


 「っ……!」

 榊原さんの頬に、わずかに血が滲む。


 「地面、低く構えて……今です、三時方向に投げてください!」


 二本のブレードが弧を描き、霧の中へ吸い込まれる――


 ――ゴッ!


 低い音とともに、どす黒い液体が霧の中から飛び散った。


 「一本、尻尾が消えました。残り七……!」


 その瞬間だった。


 「っ……うおッ!?」


 俺と榊原さんの視界に、違和感が走った。


 霧が、明らかに“揺れた”。


 ただの風じゃない。玉藻前の“気配”が、急激に増していく――


 「やばい、これは……強くなってる」


 雨宮の声が震えた。


 「何が起きてる?」


 「尻尾が減るたびに……変化してるみたいだ」


 尾が減っただけで、こんなにも雰囲気が変わるのか――。


 「本体を斬れば、残機が減る。けど、そのぶん奴も“進化する”ってことやな」


 「……やっかいやな」


 「あと七本だ。いくぞ」


 榊原さんの声に、俺はトンファーをぐっと構え直した。


 「上等やんけ。これこそ、戦いやろ」


 だが――


 次に来た動きは、さっきまでとまるで違った。


 「っ……!」


 霧の中から、鋭く切り裂くような音。風圧だけで土が舞い、俺の足元の岩がえぐれた。


 「榊原さん、回避してください! 地形が崩れます!」


 「確認。……爆ぜた、地面ごと!」


 玉藻前の一撃で、あたりの地面が抉れ落ちる。そこには、暗く口を開けた亀裂――


 「地形も利用してきた……!」


 「隼人、Groove Breakerだ!」


 「了解――ッ!」


 スキル《Groove Breaker》。


 体に一気に火が走る。視界が明るくなった気がした。鼓動が速くなり、身体が軽くなる――世界がスローに見える。


 「翼、場所を!」


 「真正面、距離五。速い、今!」


 「行くでぇえッ!!」


 俺は霧の中を跳ねるように突っ込む。


 瞬きするより速くステップを刻み、右トンファーを突き上げた。


 ――ドゴッ!!


 芯をとらえた。手応えが明確にあった。

 けどその瞬間、吹き飛ばされるような衝撃。


 「ぐっ……!」


 背中から地面に叩きつけられる。が、それでもわかる。


 「……減ったか?」


 「やったよ!一本消失。残り六!」


 霧の奥で、何かが動いた。

 一瞬――まるで濃霧の幕が裂けたように、姿が現れる。


 女の形をしていた。

 真っ白な着物、異様に長い黒髪。

 その背後に、黒い尾のようなものが、九本――いや、六本、揺れていた。


 だが、それはすぐに霧へと溶けた。

 まるでこちらに「見せつけて」から、消えたかのように。


 「……今の、やっぱり玉藻前やな」


 「挑発か、あるいは……」


 「自信の現れでしょうね」


 再び空気が軋む。霧の奥――玉藻前の気配が、重たく脈打つように感じられる。


 「今の一瞬の“視認”……ただの偶然じゃない。明らかに、こちらを観察してる」


 「こっちの動きに反応して、姿を見せた。まるで……狩りを楽しんでるみたいに」

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