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第70話 ただいま、の景色

 静寂の中に、何かが揺れた。


 遠くから、誰かの声がする――気がした。

 けれど、その声は水の底から聞こえるようにぼんやりしていて、内容までは聞き取れない。


(……誰かが……)


 まぶたが重たい。

 腕が……足が……あれ? 動かない?

 いや、それどころか――


 身体が重い……まるで全身に重りが乗せられているかのように。


 呼吸は、できている。

 けど、自分がどこにいるのか、何が起こったのか、すぐには思い出せなかった。


 重い瞼をゆっくりと開けてみることにした……。

 眩しい天井の照明が視界に入り、思わず目を細める。

 手足が動かない、情報を得ようと首と視線だけを必死に動かす。


 そして――俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。


「……どういう状況?」


 両腕、両足、腹

 寝ている俺を枕にして寝ている者たちが居た。


 一人の頭が持ち上がり、俺と目が合う。


 目に涙がみるみると滲んでいく「ふぇ」


 ふぇ?


「ふぇ〜ん、英斗さんが起きた〜」

 と再び俺の腕に突っ伏した。


 その声と同時に今まで寝ていた者たちが顔を同時にあげる。


「英斗!」「吉野君」「吉野さん……」「良かった……」


 いつものメンバーに佐伯さんまで?徐々に記憶が戻ってくる。


 皆に随分心配を掛けたようだ……。


「ふぇ〰ん」

 そしてガシっと力強く俺を抱きしめてくる人物


「なんでお前が居るんだ?」


「二人とも死んじゃったって聞いたから〰」

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃ顔が近い……ルチアだ。


「殺すなや」

 ぼそっと隼人が突っ込みをいれる。


 気が付くと身体が軽い、手足が動いた。

 動けない原因は彼らだった。


 恐る恐る俺は布団から手を出してみる。

 そこには変わらない俺の腕、手、指がある。


 そして……足も。


「……おかえりなさい」

 優しい声だった。

 声の主、そこにいたのは――マチルダ先生だった。


 金色の髪をまとめ、いつもと変わらぬ白衣を纏って。

 穏やかに微笑んでいた。


「……せん、せい……?」


 声を出した瞬間、喉の奥が焼けるように痛んだ。

 咳が漏れそうになるが、それさえもうまくできなかった。


「しゃべらなくていいわ、まだ。水分も控えてね」


 先生がそう言って、柔らかく微笑む。

 それだけで、なぜか涙が出そうになった。


「吉野……さん」

 咲耶が俯き小刻みに震えている。


 俺は咲耶の口が動く前に

「一週間……」


 俺の言葉に咲耶は顔を上げる


「俺の当番、一週間交代な」

 そう言って咲耶に笑って見せた。


 咲耶は俺に抱き着くと泣き出した。

 安心するように、落ち着かせるように、頭に優しく触れた。


「英斗ずるいな、咲耶ちゃん俺の当番も変わっ……」


「関西君はもう遅いです」

 俺の胸に顔をうずめながら咲耶は容赦なく言った。


「俺も頑張ったんやで……咲耶ちゃん……」

 隼人の目尻に涙が滲む


 いつものやりとり、和やかな雰囲気


「英斗君……君は一週間眠っていたの、まだ無理はしないで」

 力強い印象のある佐伯さんは今日は柔らかい優しい雰囲気を纏っていた。


「私がついていながら……」


「佐伯さん……覚えてますよ、あなたが必死に俺の命を繋いでくれたこと

 感謝こそあっても、恨むことなんか何もありませんよ」


 ガチャリと扉が開き、誰かが入ってくる。


「そろそろ昼食……!?吉野!」

 榊原さんだ。俺の姿を見ると踵を返し何処かへ走っていった。


 しばらくするとバタバタと複数の足音が近づいて来る。


 再び扉が開かれると、伊庭さん、榊原さん、日本支部の職員たち……大勢の姿が見える。


「吉野……よく戻った」


 伊庭さんは俺にしがみついていたルチアをひょいと抱え榊原さんに渡した。

 榊原さんは後ろの職員にルチアをパスすると姿が見えなくなっていった。遠くの方で苦情の声が聞こえる。


「神楽を……ありがとう」

 伊庭さんは呟くように言った。


 医務室が人で溢れかえり、あちこちから無事を祝う声が飛んできた。


「隼人がお前を救うために死にかけた……礼を言ってやってくれ」

 榊原さんがそういうと、隼人は拳を俺に近づけてくる。


 俺は隼人の拳に拳を軽くぶつけ「ありがとう」と素直に伝えた。


「やめぇ、はずかしわ」

 照れたように頭をかいていた。


「葛西、今回は助けられた……だが何があっても"あれ"だけは絶対にするな」

 伊庭さんは隼人の目のをしっかりと見据えていた。


「分かってます、"あれ"だけはしませんて」


 伊庭さんは隼人の言葉に頷くと

「分かってるならいい」


 何があったか分からないが隼人に無茶をさせてしまったようだ。

 心の中でもう一度、感謝の言葉を述べた。本人に伝えると、また"止めろ"というだろうから。


「さあ、みんな、吉野はまだ安静にしたほうがいい」

 伊庭さんに促されると、一人、また一人と医務室から出ていった。


 これだけの大勢に心配してもらえる、なんだか胸の中がくすぐったい気持ちだった。


 それにしても意識を失ってる間に、何か大事なことを"忘れている"気がする。

 あの声は誰だったのか……声?今何を考えていた?

 ……俺は考えることをやめた。


 ♦


 次の日に目を覚ますと、身体に違和感も何もなく起き上がることができた。

 皆のおかげとはいえ、あれ程の重傷が一週間ほどで動けるようになる、

 ライブラはさすがだと感心した。


 くーくーという寝息が聞こえるので音の方を向いてみると

 ルチアが幸せそうな顔で、椅子に腰かけ寝ていた。


 ルチアも心配してフランスから来てくれたんだよな……礼を言っとかないとな


「う〜ん、とり天、温泉、ついでに吉野さん……」


 いますぐ送り返そう。


 そう思っているとルチアが目を覚ました

「あっ唐揚げ?……英斗さん」


 誰が唐揚げやねん!隼人なら、そう言っただろう。


「ずっとそこにいてくれたのか?」


「日本支部の皆と話してたら、英斗さんが目を覚ますまで見張ってと頼まれたんです!」

 鼻を膨らまし、私頼られてます感を出している。


 つまり、うるさかったから、ここに追い出されたということだな

 俺は瞬時に理解した。


「一睡もせずに見張ってたんだからね!」


 涎の跡を隠しもせずに言い張るルチアに恐怖すら覚えた。


 寝起きに食べ物の話を聞かされたせいだろう、ルチアと話していると小腹が空いてきた、

 時計を見ると10時、昼には早いが何か作って食べるか……


 食堂に行くと何名かの姿が見えた。


 佐伯さん、マチルダ先生、隼人の3人だ


 俺に気づいた佐伯さんが手を振る。


「もう歩いて大丈夫なの?」


「はい、お陰様で違和感も何もないです、なんだかお腹まで空いちゃって」


「ほな、なんか作ってきたるわ、座っとき」

 そういうと隼人が厨房に消えていく。


「今日は訓練はどうしたんですか?」


「英斗君が目を覚ますまで、なんだか皆訓練に身が入らなくてね」


「明日から休んだ分取り戻すわよ!」

 いつもの力強い佐伯さんだ。


「私は吉野君に問題がないか経過を見てから帰ります。

 あと数日滞在させてね?」


「もちろんですよ、助かります」

 ずっといればいいのに……心の声をかろうじて抑えた。


「私はマチルダ先生と一緒に帰るから仕方ないよね?」


 俺はルチアのポケットに押し込まれた観光マップを見逃さなかった。


「しかたないあとでこの辺案内するか……」


「え?いいんですか?やったー、英斗さん私信じてました!」


「なんや観光行くんかいな?」

 隼人が戻ってくると、俺の前に持ってきたものを置いていく。


 トーストに温泉卵、サラダ、スープ、ちゃんとしたものを用意してくれて感動する。

 ”サンキュッ”と隼人に礼を言うとがっついた、寝ていた分を取り戻す様に。


「吉野君ゆっくり食べなさい」


 マチルダ先生に母親のように注意され皆に笑われた。


 食事を済ませた後、支部の皆に挨拶をしてから、近くを案内することにした。


「あれめっちゃ旨いで」


「どれですか!」


「あの店、どら焼きにモンブラン挟んでるやつ」


 もうすでに色々食べていたのに、迷うことなく店内へと消えていく。

 あの小さな体のどこに消えていくのか不思議で仕方がない。


「ルチアちゃん、相変わらず気持ちええくらい食うなぁ」

 隼人もルチアに感心しているようだ。


 暫くしてルチアが戻ってくると手に持っていた一つをマチルダ先生に差し出した。


「あら、ありがとうルチアちゃん」

 スプーンですくって一口食べると、先生の顔がほころんだ。


 先生のこんな表情初めて見たかも……俺と隼人は見とれていた。


 カシャ


「これだけ心配かけといて、鼻の下を伸ばしてる所を本部の皆に見せたらどうなるか……」

 ルチアの口元がニヤリとして、スマホを俺たちに振って見せる。


 ルチアを見ると手には大量をお土産をぶら下げている。

 それを俺たちの前に、ドヤ顔で突き出してきた。


「……アイテムボックスにいれてやるよ……カプサ」


 透明の膜の揺らぎのようなものが見えると、ルチアの手荷物を放り込んでいった。


「くっ」

 ルチアに弱みを握られた――俺はそう理解した。


 俺たちはしばらく観光してから、支部へと戻った。

 その道中、意外だったのは――先生が、とても楽しそうにしていたことだ。

 あの穏やかな笑顔が、今も鮮明に焼き付いている。


 ♦


 数日後、先生達が帰国する直前にそれは起きた。

 ……新たなミッションだ。


 それは、俺たちがまだ知らぬ――新たな激戦の幕開けだった。


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