第66話 決意×代償×願い①
山の朝は、凛とした冷気に包まれている。
旅館裏の訓練場には、静寂を裂くような声が響き渡っていた。
「もう一歩、深く踏み込め!」
榊原さんの鋭い指導。その視線の先では、隼人が息を切らせながら木刀を振るい続けている。
「ぐっ……わかってるんですけど、体がついていかへん……!」
「慣れろ。敵は待ってくれんぞ」
隼人の動きには、確かな進化が見られる。ただ榊原さんは、そこに甘えない。容赦のない目がそれを物語っていた。
一方で、俺と伊庭さんは向かい合い、静かに間合いを探る。
「……ッは!」
木刀を振り抜くと、その刃先が伊庭さんの防御をわずかにかすめた。
「今……届いた?」
息を切らしながら問いかけると、
「それでいい」
伊庭さんが小さく頷く。
日々の稽古で、レガシーフィードとの同調が深まっている――そう実感する瞬間だった。
すぐ横では、咲耶が低い姿勢から美しい軌道で薙刀を振っていた。
動きには無駄がなく、迷いもない。柔らかさと芯の強さが同居している。
「神楽、左が甘い。踏み込みのあと、身体を開きすぎよ」
佐伯さんが淡々と指摘を入れると、咲耶は瞬時に動きを修正する。
あのあと俺は、学生業に専念するように伝えてみたが
むしろ、咲耶は無理を押してでも訓練に加わるようになった。
仲間の力になりたい気持ちと、支部の皆が、咲耶には普通の生活を過ごさせてやりたい
両方の想いが衝突し少しだけ、ぎくしゃくした空気になっていた。
そのとき――
「ピ――――!」
警報音がライブラから鳴り響いた。
離れた場所でスケッチをしていた雨宮が、すぐに駆け寄ってくる。
討伐メンバーは迅速に決まり、今回は佐伯さん、隼人、咲耶、そして俺の4人で向かうことになった。
当初は雨宮が出撃予定だったが、
「今回は……私が行きます!」
咲耶の強い決意に、誰も反論はできなかった。
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「この辺りね」
そういうと佐伯さんは歩みを止めた。
「いつも通り基本はあなた達だけでね、準備はいい?」
俺たちは頷いて返事をした。
「「「「武装展開!」」」」
装備が装着されると同時にミッションが開始される。
すぐにライブラを取り出し敵の位置を確認した。
敵の反応を示すマークがものすごい速さで近づいてくる。
「早い!すぐに来る!正面!」
敵の反応が示す方角に構えをとる……!?が敵は現れない。
足元に影が映った。
「気を付けて上よ!」
佐伯さんの声が飛んでくる。
頭上を見上げてみると大きな鳥……人?
「ハーピー……!」
鳥の翼を持ち、女性のような顔立ちをした異形の魔物が、鋭い爪を広げて急降下してくる。
「散開ッ!」
佐伯さんの号令と同時に、咲耶、隼人、俺は左右へと身を投げた。
地面に激突する直前で、ハーピーは鋭く旋回し、再び空へと舞い上がる。羽ばたきで巻き上がった風が、砂と葉を巻き込んで視界を遮った。
「高速飛行か……!」
俺はすぐにライブラで位置を確認するが、すでにマップ上からも見失っていた。
「上空!三時方向!」
咲耶の鋭い声。反射的にそちらを見やると、二体目のハーピーが翼をたたみ急降下してきていた。
「隼人!」
「いけるで!任しとき!」
隼人が跳ねるように地面を蹴り、空中のハーピーを狙って突撃する。
「グルーヴ・ブレイカー!」
跳躍中にタイミングを合わせ、腰をひねっての強打がハーピーを狙う。
だが――直前ハーピーの降下速度が上昇しトンファーが空を叩く。
「ぐぁっ」
隼人が体当たりを受け、地面に叩きつけられると、くぐもった声が漏れた。
別の個体が鋭いかぎづめを向けて降下してくる。
「させません!」
すかさず咲耶がカバーに入る。
ハーピーは咲耶の姿を見つけると追撃を諦め直ぐに上昇を開始した。
俺の身体も動いていた「シールド!」
シールドを足場に素早くジャンプを繰り返す。
逃げようとするハーピーに追いついた俺は翼を切り裂いた。
地上では、もう一体が咲耶に向かって滑空してくる。
「……天耀断!」
薙刀が閃光のように振るわれ、滑り込むように接近してきたハーピーのかぎ爪を足ごと切り裂く。
そのまま半身を開き、薙刀を下からすくうように斬り上げ――
「……っ!」
ハーピーの腹部に切っ先が食い込み、甲高い悲鳴を上げながら上空へと逃げようとする。
「逃がすかい!」
ハーピーの背後に回り込んでいた隼人がトンファーを頭部に叩きこんだ。
”ごしゃっ”という鈍い音と共に頭部が消失した。
さらに俺が落としたハーピーを地上に落下する前に、咲耶の薙刀が首を跳ね飛ばす。
「まだ来る!咲耶!」
俺の言葉と同時に3匹のハーピーが姿を現した。
「はい!」
すでに薙刀から弓へと装備を変えていた咲耶は矢を放つところだ。
「鏑鳴!」<かぶらなり>
咲耶のスキル、最速の弓の一撃
咲耶の矢が放たれた瞬間、俺の身体は自然と動き出していた。
落ちてくるハーピーを狙いすまし、刃が閃く。
一閃。ハーピーの首が宙を舞った。
俺の背後で隼人が再び飛び上がる。
ハーピーが隼人に狙いを定め2体とも降下を始める。
鏑鳴!<かぶらなり>
咲耶の矢が再び一体を落とす。
「シールド!」、「シールド!」
俺と隼人は同時にシールドを貼ると、ハーピーは2枚のシールドを割り切れず
激突し落下する。
「グルーヴ・ブレイカー!」
消滅する寸前のシールドを踏み込むと、落下中のハーピー追いつき
2体を叩き潰した。
ハーピーは断末魔の叫びを上げながら、そのまま地面へと崩れ落ち、やがて黒い粒子となって消えた。
「……やったか」
息を整えながら振り返る。
咲耶はすでに薙刀を構え直し、周囲を警戒している。
隼人は肩で息をしながらも、「よっしゃあ!」と拳を突き上げた。
「まだ終わりじゃないわ!そこの茂み……来る!」
佐伯さんが耳を澄ませながら声を上げる。
その瞬間、茂みが激しく揺れた。
飛び出してきたのは――異様な生き物だった。
半身は鶏、もう半身は蛇。
荒れた鱗の混じる翼をバサバサと広げ、鋭いくちばしの奥からは低い唸りが響いていた。
尾は蛇のように長く、地面を這うたびに枯れ草が焦げたような音を立てる。
「ッ……コカトリス!?……みんなさがって!」
叫ぶ佐伯さんの声は焦りの色がにじみ出ていた……