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第65話 自慢の娘

 目の前にキラーアントが立ちふさがる。


 本来なら俺の攻撃力では装甲を切り裂けない相手だ。


 だが俺のレガシーフィードは装甲の硬さを物ともしなかった。

 過去の達人たちは弱点を知っていた。


 刀は迷うことなく節と節の間に刃を通すと脚を切断する。


「よし、あと一歩だ……!」


 キラーアントが軋むような金属音を上げてのけ反る。


 俺の身体は止まらない。側面に回り込み、隙間に次々と攻撃を加えていく。


 すると別の個体が視界の端で俺の方を向き口を大きく開けるのが映る。


「雨宮!」


「分かってる……!」


 直後、口を大きく開けたキラーアントから酸が吐き出された。


 俺の声に即座に反応した雨宮は、少し離れた位置から俺の側面にシールドを貼る。


 強力な酸は雨宮のシールドに阻まれた。


「葛西君、今だよ!」


「任しとき!」


 トンッ、と地面を蹴る音と同時に、隼人が跳ねるように敵の正面へ飛び出す。


「グルーヴ・ブレイカー!」


 隼人の一撃が叩きこまれる。

 まるで分厚い鉄板に叩きつけたかのような金属音が鳴り響きキラーアントの胸部が陥没する。


 だが致命傷ではない。


 隼人のスキル"ヘヴィー・リベリオン"なら一撃で吹き飛ばせるはずだが、

 グルーヴ・ブレイカーのレベルを上げるのが目的のため、あえて使用している。


「らぁぁぁぁっ!」


 そのまま連撃を繰り出すその姿はダンスをしているかのように、華麗で力強い。

 ギアが上がるにつれ隼人の姿が見えなくなっていく。


 直後、体全体が大きくぐらつき、その場に倒れ込んだ。

 土煙が舞い、静寂が戻ってきた。


「よっしゃあ!決まったぁ!」


 隼人がガッツポーズを取りながら振り返る。


 俺の目の前にいたキラーアントもバラバラに解体が終わったところだ。


 雨宮の方に視線を移すと、シールドが高速回転している。

 まるで電動の丸ノコギリのように


「いけ!」


 力強い雨宮の声と共に高速回転したシールドがキラーアントに向け放たれる。

 チュィンという音がしたかと思うと、ゆっくりと左右に分かれ倒れていった。


 脳への負担を抑えつつ、最大限の効果を発揮する攻撃方法――雨宮は自分なりの“戦い方”を編み出していた。


「今のは……完璧な連携だったな」

 俺の呟きに雨宮も静かに息を吐いて頷いた。


「三人の動き、悪くない、それに想像以上だな……雨宮、お前のスキルは格上のモンスターでも通用する」


「……ありがとうございます」


 素直に礼を言った雨宮に、榊原さんは頷いた。


 高台から俺たちの戦闘を見守っていた榊原さんが、静かに降りてくる。


「吉野のスキルのシンクロ率の上昇。雨宮の全体把握とサポート、そして葛西の判断も速い。

 連携を前提にした動きになってきている。……この調子でいい」


「へへっ、嬉しいやら怖いやら……」


 隼人が頭をかきながら笑う。


「気ぃ抜いたら、またスパルタ稽古やろ?ほんなら、ずっと気合い入れとかなアカンわ」


 榊原の視線が、ゆっくりと俺へ向く。


「吉野、お前のスキルは“感覚”と“慣れ”が命だ。動きが読み取れるからこそ、その情報量に振り回されるな」


「……はい」


 レガシーフィードの使用は、確かに俺の力になっている。

 けど、それだけに頼っていたら――きっと、超えられない壁が来る。


(俺は、俺自身の力で戦わなきゃならない)


 俺たちは顔を見合わせて、自然と小さく頷き合った。


 キラーアントの亡骸が黒い粒子となって空中に溶けていく。

 このミッションで、俺たちのチームとしての形がひとつ見えた気がした。


「ミッションは終わっていない。気を抜くな。」

 榊原さんの言葉に俺たちは気を引き締めた。


 ♦


 夕暮れが山の端を朱く染める中、俺たちは林道をゆっくりと歩いていた。

 足元にはカサリと落ち葉の音。緊張の解けた空気が、ほんのり温かい。


「……ふぅー。終わったなぁ」

 隼人が首をぐるぐる回しながら大きく伸びをした。


「無事で何よりだな」

 榊原さんは、ポケットに手を入れたまま、前を歩く俺たちを見守るような視線を向けている。


「キラーアント、見た目以上に厄介だね……あの酸、油断したら大怪我だったよ」

 雨宮がぼそりと呟いた。


「でも助かった。雨宮のシールドがなかったら、俺、あれで焼かれてたかも」

 俺が言うと、雨宮は少し照れたように目をそらした。


「えっと……その……防げてよかった」

 声は小さいが、どこか誇らしげな響きがあった。


「しかしさ、榊原さんの“見守り”って、精神的に一番キツない?」

 隼人が苦笑いしながら振り返る。


「それはどういう意味だ?」

 榊原さんが薄く眉を上げた。


「いやマジで、見てるだけであのプレッシャーはキツすぎますって」

 隼人は両手を振って笑う。


「お前が勝手に緊張しているだけだ」

「うっ……否定できん……」

 また一つ、隼人がしおれていく。


「でも、葛西君のグルーヴ・ブレイカーもすごかったよ。最初の一撃であれだけ装甲をへこませるなんて……」


「ふっふっふ、見てくれました?アレ、まだまだ改良の余地あるんすよ。いま色々お試し中……やけど

 、まぁ、一発で真っ二つにする翼に言われてもな」

 隼人がちょっと引き気味に言った。


「なんなん翼のシールド可能性無限大か?」

 隼人の言葉に俺達は思わず吹き出す。


「“シールド・ザ・リッパー”とかになんのかな」

 俺が冗談を言うと、


「それ、めっちゃカッコええやん……採用で!」

 隼人が目を輝かせた。


「ええ?、勝手に採用されちゃった」

 雨宮が苦笑いしてる。


 日本支部に来てから一ヵ月――成長している。確かに手応えはある。

 けれど、目指すべき場所はまだ遠い。


 支部に戻ると、ちょうど咲耶が学校から帰ってきたところだった。

 制服姿のまま、少し疲れたような表情が見える――けれど、そこにはきっと別の想いも滲んでいた。


「あ!咲耶ちゃんお帰り!」


 隼人の声に咲耶が振り向いた。


「皆さん討伐……ですか?」


「知らないモンスターの絵を書きたいんだけど……今回はキラーアントの群れだったよ」

 雨宮が残念そうに肩を落とす。


「それは残念でしたね」

 小さな笑みを浮かべると少し表情が硬くなったように見えた。


「どうかした?何かあったか?」

 俺は咲耶の様子に心配になり声を掛けていた。


「いえ……」


「学生をしていればいい、気に病むな」

 榊原さんは優しい口調で語りかけると、咲耶の頭に優しく手を置いた。


 どうやら学校が始まり訓練にあまり参加できていないのを気に病んでいる様だ。

 榊原さんは一瞬で咲耶の考えを見抜いた……

 日本支部のメンバーは咲耶が小学生の頃から面倒を見ている、親兄弟のような気持ちなのだろう。


「翼も新必殺技ができたし、ミッションは俺らに任しといたらええねん!」


 咲耶は小さく頷くと小走りで駆けていった。


 榊原さんは咲耶の遠ざかる背中を見つめていた。


「ご両親から預かった大事な子、俺たちは真剣に育て

 真っすぐ成長した、俺達の自慢の娘だ……だが俺や伊庭の不器用さまで似てしまったのか、

 自分のことをあまり言わない子になっちまった」


「佐伯や葛西が来てからは……少しは自分を出すようになった。

 だが、俺や伊庭じゃ届かない。あの子のこと……見てやってくれ」

挿絵(By みてみん)

 そう語る榊原さんの声音は静かだった。

 その横顔には、親としての誇りと、届ききらないもどかしさが、ほんのりと滲んでいた。


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