第60話 静寂のあとに
リザードマンたちが武器を振り上げ、咆哮を上げると一斉に地を蹴った。
「来るぞ!」
先頭の一体が剣を振りかざして突っ込んでくる。
だが――
(見える)
相手の肩の捻り、踏み込みのリズム、重心のズレが、すべて“情報”として流れ込んでくる。
レガシーフィード――
かつて何百、何千もの戦場を渡ってきた戦士達の経験と動きが、俺の身体を通して再現されていた。
一瞬のステップで間合いをずらし、剣の軌道から外れると、懐へ踏み込む。
刀を抜きざま、リザードマンの首筋に一閃。
シュバッ!
斜めに走った刃が、鱗を裂き、動脈を断ち、血の弧を描いた。
一体目が、呻く間もなく崩れ落ちる。
「速……!」
誠が、呆気に取られたように呟いた。
すかさず二体目が剣を振り下ろしてくる。
だが、俺の身体はそれすら一拍先に察知していた。
(重心が右に傾いた、軸足は左……フェイントはない)
即座に判断。身体が動く。
下から潜るように滑り込むと、肩口をすれ違いざまに切り裂いた。
刃が骨を噛み、さらに押し切るように深く突き刺す。
「ギシャアァッ!!」
断末魔の悲鳴を上げて、二体目が膝をつく。
だが、背後――!
三体目が槍を構えて接近してきていた。
仲間ごと刺す気だ。鋭い突きが一直線に俺の背中を狙う。
(殺意が……濃い)
視線をわずかに流し、手首を返す。
「はぁっ!」
振り向きざまの袈裟斬り。
振り下ろすというより、なぞるような鋭さ。
リザードマンの槍は空を裂き、俺の刀がその腕ごと切断する。
ザクッ――!
リザードマンが顔を歪め、後退るが、追撃の刃がそれを許さない。
横薙ぎ、逆袈裟、突き――
三手の連撃が、寸分の迷いもなく撃ち込まれる。
(経験が、動きに宿る)
動きに一切の迷いはなく、3体目の敵を翻弄していく。
攻撃、回避、体勢の立て直し、そのすべてが“完璧”だった。
「英斗……お前ぇいったい……」
明夫さん達が驚愕の眼差しで俺を見ている。
「ハァッ」
隣では咲耶の気合の声と共にリザードマンを横なぎに真っ二つにしているところだ。
「シールド!」
雨宮の声と共にシールドに矢が数本飛んでくる。
離れた場所に5体の弓兵だ。
俺たちの傍にはまだ3体
そして――
俺の前に、より大型の個体が現れた。
両手に湾曲した刃を構えた、赤銅色の鱗を持つリザードマン。
見た目だけで分かる、明らかな“上位種”一回りでかい。
(あれは……隊長格か?)
英斗は刀を構え直した。
血を吸った刃が夕日に反射し、鋭く光る。
刹那、地を蹴って突っ込む――
交錯の瞬間、一騎打ちが始まった。
リザードマンの隊長格と交差した瞬間、鋭い金属音が空気を裂いた。
ギィンッ!
湾曲した双剣と、日本刀が正面で激突する。
衝撃が腕を伝い、骨に響いた。
(重い……!)
その一撃で、相手の力量が伝わってくる。
こちらの一撃をいともたやすく受け止めた反応速度と、筋力。
明らかに他のリザードマンとは格が違う。
一太刀、二太刀。剣戟の応酬は、技術のぶつかり合いだった。
同時。
咲耶が手早く矢をつがえ、弓兵のリザードマンの頭部を正確に射抜く。
「グルーヴ・ブレイカー!」
隼人は一瞬で間合いを詰めると甲冑の上からトンファーを叩きこむ。
強力な打撃は、まるで爆発したかのように胸に穴が開いた。
俺は再び踏み込み、刀を振る。
正面からの斬撃を双剣で受け止められ、弾かれる。
相手の剣が反転し、上段からなぎ払うように切り下ろされる!
素早く下へ滑り込み、しゃがむようにして回避。
すぐさま片足を軸に体をひねり、振り返りざまに斬撃を一閃!
ザッ!
左肩に浅く傷を刻む。だが致命傷にはならない。
隊長格のリザードマンは怒りに震え、低く唸った。
(なら……次で決める!)
俺は息を整え、刀を低く構える。
目の前で相手が斜めに構え直す。
動きの読み合いが始まる。
風の流れ、足音、呼吸、視線のわずかな揺れ――
すべてがトリガーになり得る、刹那の駆け引き。
そして、
先に動いたのは――リザードマン。
双剣を大きく振りかぶり、飛びかかってくる!
俺は即座に前傾姿勢から踏み込み、斜め下から右上へ刀を振り上げた。
双剣の振り下ろしと、斬撃が交差する。
ガギィィィィン――ッ!
刃が軋み、火花が散る。
だが――
俺はリザードマンのすぐそばの茂みに"ノイズポイント"を唱えた。
ガザガザっと茂みから音がなると、視線を音の方へと向ける。
それは一瞬、瞬きするほどの時間だ。だがそれで十分だった。
「ッらぁあああああ!!」
渾身の力で押し返し、そのまま相手の懐へ滑り込んだ。
そして、刀を握り直し――
腹部から肩口へ、縦一文字に斬り上げる!
ズバァッ――!
肉が裂け、赤銅色の血が舞う。
リザードマンが苦悶の咆哮をあげ、膝をついた。
だが――とどめにはまだ足りない。
(ならば――これで終わらせる!)
俺は再び距離を取ると刀に電流を流した。
踏み込む。
間合いに入る。
斬る。
横なぎ、逆袈裟、そして最後に――
首筋を狙った鋭い一撃。
シュッ――!
数瞬の沈黙。
リザードマンの隊長格の身体が、ガクリと崩れ落ちた。
切り裂かれた空気に、血の匂いが濃く滲む。
英斗は肩で息をしながら、ゆっくりと刀を下ろし、倒れた影から目を逸らした。
背後では、咲耶は器用に弓と薙刀を使い分け3体目の弓兵を倒していた。
隼人は前衛のリザードマンを全て倒し、すでに残る2体のリザードマンへと迫っていた。
「その2体で終わりだよ!」
雨宮の声と同時に咲耶の放たれた矢と隼人のトンファーが、それぞれの敵へと命中する。
血の匂いに混じって、山の風が静かに吹き抜けていった。
まるで、この地に流れた死を慰めるかのように。
「……終わった?」
誠が呆けたように呟いた。
明夫さんも、刀を持つ英斗を見つめたまま言葉を失っていた。
「……終わった」
俺はそう答えながら、刀を鞘に収めた。
雨宮が駆け寄ってきて
「みんな怪我はない?」
「はい。全員無事です」
咲耶が静かに頷く。
「…………」
村田さんは呆然と立ち尽くしていた。
理解が追い付いていないのだろう。
「こんなの、都市伝説どころじゃねぇぞ……」
ポツリと明夫さんが呟くのが聞こえた。
咲耶と隼人も、武器を下ろして振り返る。
戦場の緊張感が、ようやくほどけていく。
リザードマンの死骸から粒子が舞い始め
黒ずんだ瘴気が立ち上る。もうすぐ消滅するだろう。
「英斗どないする?」
隼人の言葉に俺は考えた。
あと数分でミッションが終わり明夫さん達の記憶が改ざんされるだろう。
正直そんな姿は……もう見たくない……
「行こう……」
俺が静かに呟くと来た道を戻り始めた。
隼人達も何も言わず俺についてくる。
俺は足を止めて、振り返った。
「誠……ゾンビは噛まれても感染しないってさ」
急に話しかけられた誠は呆然とし「そうっすか……」と静かに呟いた。
明夫さん達の視線が背中に刺さるのを感じる。
マチルダ先生の言葉が脳裏をよぎる。「町には住めない」
これでいいんだ……万が一にも巻き込むわけには行かない。
♦
「嬢ちゃん?大丈夫か?」
俺は小さく震えている嬢ちゃんに優しく話しかけた。
「……はい……ちょっとびっくりしちゃって……」
「姉さん、これ拾ったんですけど……」
誠の手には赤く光る宝石のような石が握られていた……