第59話 村田探検隊!?
茂みから、さらに二人。
「ん?英斗!」
「英斗さん?」
明夫さんと、誠だ。
予想外の出来事に固まるが、なんとか言葉を絞り出す。
「こんなところで何してるんだ?」
答えたのは明夫さんだ。
「こんなところって……お前こそ、最近見ねぇと思ったら、
そんな格好して何してんだよ?山でコスプレしてんのか?」
明夫さんの後ろに居る誠は、咲耶を見つけると素早く口臭を確認し髪を整えている。
前にも見たことがある光景だな。変わらないな。
よく見ると全員の胸に村田探検隊のバッチが輝いている。
「噂のトカゲの再調査ですよ!
前に吉野さんが勝手に調査に行って、大きいトカゲ見た、でも横取りされたって言ってたじゃないですか?
一匹居たってことは仲間がいるかもしれないでしょ?だから捕まえに来たんです。」
「嬢ちゃんにはかなわねぇよな……」
明夫さんがボソリと呟く
隣で頷く誠は、相変わらず大きな荷物を背負っている。
村田さんが詰め寄ってくると一気にまくしたて始めた。
「吉野さんが悪いんですよ!私だけ、のけものにして都市伝説調査に勝手に行ったんですから!!
今日はあの時のリベンジです!!、そもそも何ですか!」
「吉野さんも一緒にと思って、ずっと電話してるのに全然出てくれないじゃないですか!!
無視ですか!?また私に黙って……あげくに違うメンバーを連れて都市伝説の調査?どうなってるんですか!!」
「いや…ちょ」
久しぶりの村田圧だ、思わず後ずさる。なんていうプレッシャーだ。
「あの……姉さん?ちょう落ちつきいや……」
隼人が恐る恐る村田さんに声を掛ける。
「あなたは黙っててください!」
「スマセンした!どうぞ続けてください!」
隼人は素早く咲耶の後ろに隠れた。
村田さんは顔を真っ赤にしながら、さらに勢いを増した。
「それにですよ!?こっちはずっと心配してたんですからね!? あの日、
あんなボロボロの状態でいなくなって、泣きそうになったんですよ!? 」
「それなのに、次に会ったらいきなり、メンバー変えて山にいるって、
どういうことですか!?あれですか!?ワケありな男を演出してるんですか!?」
俺は小さく首を振る。「違う」と言いたいのに、タイミングがまるで無い。
「だいたいですね! 吉野さんってば人の気持ちをなんだと思ってるんですか!?
あんなにワクワクしてたのに! せっかく新しいノートも買って、すごく楽しみにしてたんですよ!」
「ページ1には、“都市伝説とその真実について”って――書き始めたんです。
そのタイトルを決めるのに、私、一カ月も悩んだんですよ……!?」
「それが! 全部! 無駄になったんですよ!? 責任取ってください!!」
(責任?……責任って、なんの責任ですか……?)
「しかもその格好! なんなんですか?ふざけてるんですか?その顔! その目!
絶対なんかあるって分かるんですよ!? 黙っていなくなるし、連絡つかないし!」
「そういうの一番タチ悪いですからね!? “なんでもない”が一番なんでもあるんですよ!?
わかってます!?“なんでもない”で済んだら警察いらないんですよ!?」
もはや何の話かわからない。話題が拡散しすぎている。
さすがの明夫さんも「嬢ちゃん……ちょっと落ち着け」と小声で呟くが、村田さんの勢いは止まらない。
「私達四人で"村田探検隊"だと思ってたのに、
それを勝手に別メンバーで調査行くとか! そういうの一番ダメなパターンですからね!? 」
「しかもそっちのチーム、全員コスプレって明らかに!連帯感半端ないじゃないですか!
絶対そっちのほうが楽しいやつでしょ!? 私、ただのガチ勢でしかないんですよ!?
でも! そういう“地味に強いガチ勢”が最後に逆転する展開、あると思うんです!」
誠がポカンと口を開けている。
「姉さん……何が言いたいんすか?」
すると村田さんが急に止まった、俺のズボンに取り付けた缶バッチを凝視していた。
「それ付けてくれてたんですね……」
村田さんはそこでようやく言葉を切った。
肩で息をしながら、ぎゅっと拳を握る。
「吉野さんが、どこかに行ってしまいそうで、怖かったんです……。理由も分からないのに、
どんどん遠くに行っちゃいそうで、何もできないのが……、悔しかったんです」
その声は、さっきまでの怒声とはまるで違った。
まっすぐな、切実な声だった。
「英斗……俺と誠だって心配したんだぞ……」
「そうですよ短い付き合いですけど……黙っていなくなっちゃうなんて、水臭いじゃないですか?」
俺は……なんて返せばいいんだ。
しん……と、周囲の音が止まったような気がした。
風もなく、鳥も鳴かない。ただ木々の葉が、わずかに揺れる音だけが耳に残る。
……空気が変わった。
ふと、肌に冷たいものが触れた気がして、背筋に緊張が走る。
その瞬間、遠くで不自然に重い音が――「チャッ……チャッ……」
草を踏む鈍い音が近づいてくる。
「あの……お邪魔してすみません……」
雨宮がもの凄く控えめに割って入る。
「英斗君、敵がすぐそこに迫ってるよ……」
そうだった村田さんのあまりの剣幕にすっかり忘れていた。俺たちは討伐中だったんだ。
カチャ……チャッ。
草を踏む音と、金属の擦れるような重い足音が迫ってきた。
まるで、鎧を着た兵士の行進――しかし、その足音は明らかに“人間”のものではない。
「来る……!」
俺はとっさに叫び、明夫さんたちを背後に押しやった。
隼人たちも即座に動き、一般人を庇うように前に立つ。
「えっ、ちょ、マジで何か来てない!?」
誠が思わず後退る。目を見開いたまま俺を見ている。
そして――
ガサッ! ガシャッ!
茂みをかき分け、現れたのは――
《それ》は、まぎれもなく、人ではなかった。
身の丈は俺より少し高い程度。だが全身を覆う鱗は、青銅のように光り、
鋭く裂けた口元の隙間から、蛇のような舌がチロチロと覗き出る。
爬虫類のような顔つきに、細く黄色く光る瞳――
両腕には剣、槍といった武器を握りしめている。
腰には簡素な金属の装具。装備からして、知能があるのは間違いない。
――リザードマン。今度こそ本物だ。以前見たものと似てはいるが違っていた。
一体、二体……三体。
次々と茂みから現れ、こちらを取り囲むように広がっていく。
その背後に、さらに数体の影がちらついた。
「な、なんだよ、あれ……!」
誠の声が震えている。
明夫さんも、初めて見る“異常な現実”に目を細め、静かに拳を握った。
「英斗……これは、こいつらはコスプレじゃないよな?」
「……うん。明夫さん達は下がってて」
村田さんが思わず叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!? これって噂の大きいトカゲ……」
「本物です。あとで説明しますから、今は……動かないで!」
俺は刀を構えた。
横に並ぶ咲耶と隼人も、それぞれ武器を手にする。
敵は沈黙のまま、じわじわと間合いを詰めてきた。
その瞳に浮かぶのは、明確な“殺意”――こちらの動きをすべて読もうとするように。
“兵士”としての訓練された動きがある。
(これが……リザードマン。舐めてかかるなよ……!)
俺は自分に言い聞かせた。
背後にいる三人の命を守ることが、今の最優先。
そのために、俺たちは前に出る。
「彼らは僕が守るよ!」
「頼む!」
三人を雨宮に任せ俺は前に出た。
ここは絶対に通さないと誓って。