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第55話 二階堂

 拍手と共に足音が近づいてくる。


「お疲れさまでした皆さん、あれ程の大きさのスライムを倒してしまうなんて前代未聞ですね」


 声を掛けてきたのは細目の男、二階堂だ。

 後ろにはペンダントを身に着けた男が控えている。


「お前……どこ……おってん……」

 隼人が息も絶え絶えに声を出す。


「私もスライムの処理を致しておりましたよ?見えませんでしたか?」

 にこやかに答える。


「皆さん随分とお疲れのご様子……あなたは……そうでもなさそうですね」


 この感じ……嫌な予感がする。

 俺は咄嗟に3人の前に立つ。


 全員の装備が消える。ミッションが終了したのだろう。


「ミッションは終わった……俺たちは部屋に戻る」

 俺は二階堂を睨みながら言うと、隼人に手を貸そうとする。


「私の、このお塩……どこから発生していると思います?」

 ニッコリと微笑みながら、今もサラサラと塩が落ちる様子をみせる。


「スキルで無限に湧いて出るのでしょうか?」

 二階堂の視線は俺たちを見ている。


 気配を殺しながら、隼人たちを庇うようにじりじりと後退する。


 二階堂は微笑を崩さない。

 だが、その目の奥には、冷たく光る悪意が滲んでいた。


「このスキルは――視界に映る範囲の選んだ場所から“塩分”を、強制的に抽出する力」

 サラ、サラ……と塩が床に落ちる。


「海水だろうと、飲み物だろうと、体内の塩分だろうと……選びません」


 その意味を、俺たちはすぐに理解した。


「……私たちの……体内の……」

 咲耶が震える声で言う。


「そう、皆さんから、……ほんの少しずつ、“命の塩”を奪っていただけです」


 にこりと、心底楽しそうに二階堂が微笑む。


「塩分を奪われた体は、筋肉の動きが鈍り、脳の命令が遅れ、ついには……心臓さえ、止まってしまう」


「くっ……!」

 俺は奥歯を噛みしめた。


「さあ、どうなさいますか?」

 二階堂が一歩、にじり寄ってくる。


 後ろのペンダントの男も、無言で俺たちを見据えていた。


 隼人も咲耶も雨宮も、顔色が悪い。

 動けるのは、偶然塩を口に含んだおかげで体内塩分が比較的保たれている俺だけだ。


(俺が、時間を稼がなきゃ……!)


「武装展開!」

 俺は再度装備し刀に手を掛ける。


「先ほどの戦い見ていましたよ?あなたレベルが低そうですね?

 動けるのが……葛西さんでしたら結果は変わっていたかもしれませんね」


 俺の武装に気にする様子もなく近づいてくる。


 俺は刀に電撃を流し一気に抜刀しようとした。


 ……!?


 鞘から刀を抜くことができない。いつのまにか二階堂の手が俺の手を抑えていた。


「無理なさらず。すぐに楽にして差し上げますよ」

 つま先が、俺の腹にめり込む。


 俺の体は九の字に折れ、甲板を転がりながら遠くに弾き飛ばされた。


 苦しんでいる暇はない。すぐに態勢を立て直す。


 視線を二階堂にやると、ゆっくりと俺の方に向かってくる。


 動けない3人は後回しにして、先に俺を始末するつもりだ。


 動けるのは俺だけなのに……この圧倒的な力の差。どうすれば……!


 スキル!たしか何か新しいスキルがあったはずだ。


 俺は慌ててライブラを取り出した。


 画面を開きすぐにスキルを装備した。

 スキルの名前はLegacy Feedレガシーフィードだ。

 効果を確認する時間はない。


 俺は一か八かでスキルを叫んだ。


「レガシーフィード!」


 頼む何か起きてくれ!……!?


 今度は二階堂に手をかざし「レガシーフィード!」と叫んだ。


 何も起きない!


「スキルの使い方すら知らないのですか?あなたにライブラは必要ありませんね?」


 ゆっくりと二階堂の手が伸びてくる。


 俺は身体が強張り動けない……はずだった。


 ――なのに、俺の体は自然に動いていた。


「っ……!」


 一瞬、踏み込み。

 腰を落とし、二階堂の腕をいなす。


「……!?」


 細目の奥で、二階堂の視線が僅かに鋭さを増した。


 身体が自然と動く、止まらない。


 肩を取る。

 肘を極める。

 一気に捻る――


 締めサブミッション、アームロック!


「……っ!」


 技が入った。たしかに、極まった!

 だが……技の掛けかたなんか"俺は知らない"


「驚きましたよ……ただの素人だと思っていましたが……でも」


 低く呟いた二階堂の全身から、凄まじい力が弾けた。


「ふんっ」


 信じられない反発力で、俺の体が弾き飛ばされる。

 甲板を転がりながら、なんとか体勢を立て直した。


 極めたはずの関節技を、まるで紙をちぎるように力で引きはがされた。


「くそっ……!」


 腕が痺れる。

 手のひらの感覚が鈍い。


「技だけでは、レベル差は埋められませんよ」

 二階堂の瞳に冷たい光が宿る。


 それでも――


「まだ、終わりじゃない!」


 俺はすぐさま立ち上がった。

 呼吸を整える間もない……だが、身体は自然に構えを取っていた。


 俺は二階堂の後ろに立つ男のことを考えると

 身体が勝手に走り出す。


「向かってきますか?凝りませんね?」


 二階堂が口元に薄く笑みを浮かべた瞬間――


 俺の身体は、さらに加速していた。


 二階堂の間合いギリギリで、踏み込みながら――


 一歩、ズラす!


「……!」


 二階堂の指先が、風を裂いた。

 もし正面から突っ込んでいたら、一撃で倒されていただろう。


 だが、俺は自然と“外”に回り込み

 ギリギリでかわした。


 標的は――あいつだ!


「おおおっ……!!」


 気合いを込め、駆け抜けた。


 二階堂が振り向こうとする。

 その前に、俺は肩を低く沈め――


 ドンッ!


 男の懐に、タックルを叩き込んだ!


「ぐぇっ!」


 男は壁に叩きつけられると意識が途切れたのだろう、力なくうなだれている。


「っ……よし!」


 俺はすぐに男の意識が途切れたのを確認し、飛び退く。


 間一髪――


 二階堂が、鋭い蹴りを俺のいた場所に叩き込んでいた。


「やってくれますね……ですが」


 にじり寄る。

 さっきよりも、圧が強い。


「あなたの実力では、私には勝てませんよ」


「――勝つつもりなんかない!」


 叫ぶと同時に、俺は滑るように横に飛んだ。

 二階堂の視界に矢を放つ咲耶の姿が映る。


「神箭・白鳳!」


 矢が光の霊鳥へと姿を変え二階堂に襲い掛かる。

 いけ!いってくれ!


 二階堂は光の矢を素手で受け止めた。


「くっ……うぉおおお!」

 気合の声と共に咲耶の矢が消滅した。


「シールド!」

 雨宮の声と同時に隼人がスキルを足場にジャンプする。


「ヘヴィ・リベリオン!」


 隼人の攻撃に合わせるように、俺の体も自然と動き出す。


 上と下からの同時攻撃だ。


 二階堂は俺のことなど眼中になかった。見据えるのは隼人だけ。


 俺の刃が襲いかかる。 だが、斬れない――いや、斬れさせてもらえない。

 皮膚に触れる寸前でピタリと刃が止まる。

 俺の攻撃力を二階堂の防御力が遥かに勝っているからだ。


 そして隼人の必殺の一撃を食らう前に、回し蹴りを隼人に叩きこむと

 咲耶たちの元まで蹴り飛ばされた。


「私を殺さないように手加減するからですよ」


 二階堂が隼人達に言うと、俺に向き直った。


 来る!


 ――時間を稼ぐしかない。

 それが、俺にできる唯一のことだ。


 ――バリバリバリバリッ!!


 甲板上空に、爆音が轟いた。


 見上げると、ヘリコプターが旋回していた。

 ノウシスのマーク入りの、輸送ヘリだ!


 ヘリから、黒いシルエットが三つ、ロープを伝って降下してくる。


「間に合った……!」


 咲耶が、震える声で呟いた。


 ガツンッ!!


 3人は降下を終えると隼人たちの傍に駆けつける。


「まったく……数だけは大したものですね」


 二階堂の顔から余裕が消えていた。


 俺は荒い呼吸を整えながら、二階堂を睨み据えた。


「……いいでしょう……今日はこのくらいにしておきましょうか」


 二階堂は小さく笑うと、倒れた男を軽々と肩に担ぎ上げた。


「次は、もっと楽しい勝負をしましょうね?」


「待て!」

 俺は逃がすまいと攻撃を仕掛ける。


 ひらりと手を振ると、二階堂は夜の闇へと溶けるように姿を消していった。


 斬撃が空を斬る。

 くそっ逃がした!俺は心の中で舌打ちをした。


 そして隼人たちの元へと駆け寄る。


「……英斗……ナイス……!」


 隼人が、壁にもたれながら親指を立てた。


「ええ……本当に……」

 咲耶も、驚きに目を見開いたままだった。


「助かったよ……」

 雨宮も、苦笑混じりに呟いた。


 俺は、無言で膝に手をつき、深く、深く呼吸を整えた。


 ――ああ、怖かった。

 本当に、怖かった。


 だけど。


 俺たちは、生き延びた。


 皆無事だった。本当に良かった。


 今はただ。

 仲間と、生き延びた喜びを噛みしめていた。

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