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第54話 スライムの海

「……スライム、やと……?」


 隼人が震える声で呟いた。


 暗い海に溶け込むように、巨大な何かが蠢いている。

 それは確かに“波のない海”を作り出していた。

 この船を、まるで葉っぱのように支えながら――静かに、静かに、動いている。


「……ありえない……あんなサイズ……」

 雨宮が言葉を失う。


「……あれが、敵……?」

 咲耶も、信じられないという顔で巨大な影を見下ろしていた。


 ――そのとき。


「動くぞ……!」


 俺たちはすぐに判断した。


「あんなもんと戦うんか!?」

 隼人が声を張り上げる。


「分からない……」

 俺は、波のない海を見つめながら呟いた。


 スライムが直接這い上がってくる気配はない。


「普通のサイズならまだしも、あんなん吹き飛ばすん無理やで」

 隼人が歯を食いしばる。


「エイリクは有効打が無ければ逃げ一択って言ってたけど……」


「海の上やからな……」


「逃げ場無し……か」

 息を一つのみ込み、俺は刀の柄を強く握った。

 その冷たさが、かえって思考を研ぎ澄ませてくれる――戦うしかない、と。


「おい、足元!」

 隼人が叫ぶ。


 床板の隙間から、ぬるりとした何かが滲み出してきた。

 それは、ゆっくりと広がり、蠢く粘液となって船の表面を侵食している。


「船を溶かそうとしてる……!」


 咲耶が素早く矢をつがえ、粘液に向かって放つ。


 ――ズチュ。


 矢が粘液に突き刺さり、わずかに蒸気が上がった。

 が、すぐに粘液が再生していく。


「焼き切るか、蒸発させるしかないか……!」

 俺は雷撃をまとわせた剣を振り抜き、粘液を裂いた。


 バチバチと火花が弾け、粘液はひとまず後退する。


「効いてる、でも量が多すぎる!」

 雨宮も叫びながら、シールドを形成しスライムから吐き出された酸を防ぐ。


「このままじゃ、ジリ貧や!」

 葛西に焦りの声が混じる。


「おや?これは大きなスライムですね」

 いつのまにか二階堂がそばに来ていた。


「何呑気なこと言うとんねん、手伝えや!」


「そうは言いましても……私もスライムに対する有効手段を持ち合わせておりません」

 にこやかに言ってのけた。


「私の特技は手から少量のお塩が出るくらいでして」


「試しにスライムに掛けてみましょうか?」

 指をちょこちょこと動かすと少量の白い粉が落ちるのが見えた。


 すると床板の隙間から滲み出ていたスライムが引っ込んでいった。


「おや?」


 そう呟くと別の場所のスライムにも塩を掛けてみる。


 するとスライムは再び引っ込んでいった。


「効いてるのか?」


「わからんけど、可能性はあるな」


「僕食堂に行って塩を取ってくるよ!」

 そういうと雨宮は走っていった。


 咲耶は俺と視線を合わせると頷き無言で雨宮の跡を追った。


 こんな状況でも一人になるのは危険だと思ったからだ。


「よっしゃ、時間稼ぎや!」

 隼人が叫び、粘液に向かってトンファーを振り下ろす。

 バチン、と雷撃のような音が弾け、スライムの一部が焼ける。


「どんだけ削ってもキリないぞ!」

 俺も剣を振るい、飛び散る粘液を必死に払いながら周囲を見渡す。

 船体のあちこちから滲み出たスライムは、じわじわと俺たちを囲い込もうとしていた。


 二階堂はのらりくらりと、たまに塩を振りかけては楽しそうにしていた。


「クソッ、早く塩持ってきてくれ……!」


 ――そのとき。


「戻ったよ!」

「塩、持ってきました!」


 雨宮と咲耶が、大きな塩袋を抱えて駆け戻ってきた。

 食堂の備蓄用らしい、粗塩がたっぷりと詰まった袋だ。


「こっちにも撒け!」

 隼人が叫び、雨宮が袋を開けて塩を掴み取る。


「行きます!」

 雨宮と咲耶が、それぞれ塩を手にして、スライムに向かってばら撒いた。


 ――ザッ。


 バサリと広がった塩が粘液に触れると、表面の膜が破れ体液が漏れ出る。

 スライムが、明らかに怯んだ。


「効いとる!効いとるで!!」

 隼人が叫ぶ。俺たちの顔にも、わずかな希望の色が灯る。


「海にいるのにどうして塩が効くんだろう?」

 雨宮は冷静に分析しようとしていたが


「あとで本部に報告して検証してもろたらええねん!」

 隼人は叫びながら塩を巻く


「一袋分まるまる下の本体に掛けたらどうなる?」

 俺が叫ぶと、隼人が即座に反応した。


「やったろやないかい!!」

 隼人が豪快に笑い、雨宮と咲耶も大きく頷いた。


「――せーのっ!」


 四人で息を合わせ、粗塩の袋を一斉に逆さにする。

 塩の白い粒が、まるで雪のように夜の空へ舞い、

 そのままスライムの広がる表面に――どさっと降り注いだ。


 風下にいた俺に大量の塩が口に入ってしまう。

 しょっぱすぎる……がそんなことを言ってる場合ではない。


 スライムに大きな穴が開き、大量の水分が流れだしているのが見える。


「効いてる……!確実に効いてる!」

 雨宮が声を張る。

 頬には塩の粒がついていたが、それに気づく余裕もないほど必死だった。


 スライムは苦しむように大きく波打ち――

 ぐらり、と船全体が揺れた。


「捕まれ!」

 咄嗟に叫ぶと、みんなが手すりや壁に捕まる。


 直後――


 ボゴォォンッ!!


 鈍い爆発音のような音を立てて、

 巨大スライムは海中へと崩れ落ちた。


 ぐずぐずと形を保てず、塩を浴びた部分から溶け崩れていく。


 すると――


 ドォンッ。びちゃ


 甲板にスライムの欠片が降ってきた。


 ドォンッ。びちゃ、びちゃ


 これは……


「崩壊する前に無事な部分を切り離しているのか?」

 俺が呟くと、咲耶もすぐに弓を構えた。


「甲板に落ちた破片も、動いてる……!」


 確かに、びちゃびちゃと音を立てながら、

 降ってきたスライムの欠片たちが、じわじわと蠢いている。


「生きとる……!」

 隼人が低く唸った。


「まだ油断できない!」

 雨宮がシールドを展開し、防御態勢を取る。


 小型とはいえ、無傷な部分を残している以上、

 スライムたちは個別に生存を試みようとしている――そんな気配があった。


「数は……数十体ってところか」

 俺は刀を構えながら周囲を確認した。


 小さなスライムの群れが、船上を這い、

 ぬるぬると、不気味にこちらへ迫ってきている。


「まとめて片付けるぞ!」


「了解!」

「はい!」

「せやな!」


 三人が即座に応じ、戦闘態勢に入る。


 ◇


 小型とはいえ、動きは油断ならなかった。

 小刻みに跳ねたり、粘液を飛ばして攻撃してくるものもいる。


 俺はクラックルを流した一撃で斬り裂き、

 隼人のヘヴィ・リベリオンは打撃を超えて爆発の威力に近い。

 スライムは爆散し個体数を減らしていく。


 咲耶のスキルもスライムを消滅させていく。

 スライムが酸を吐いてくると雨宮のシールドが防いだ。


「小さいけど、油断したらやられるな」

 隼人が跳ね飛ばされかけた身体を体勢で持ち直しながら叫ぶ。


「粘液に触れるなよ!」

 斬り払いながら俺は叫んだ。


 ◇


 それから数分――


 俺たちは連携して、一体ずつ着実にスライムの残骸を掃討していった。


 やがて、最後の一体が隼人の一撃で爆散した、

 甲板に静寂が戻る。


 荒い息をつきながら、四人で顔を見合わせる。


「塩のおかげで思ったよりも楽だったな」

 俺が低く呟いた。


 咲耶も、小さく頷く。

 隼人も、ぐっと親指を立てた。

 雨宮は座り込みながら、ほっと息を吐いた。


「でも……やっぱり、戦うって疲れるなぁ……」

 座り込んだまま、雨宮が苦笑した。


「ほんまや。……疲労感がヤバいわ……」

 隼人も膝に手をついて、肩で大きく息をしている。


「私も……正直、足が震えています」

 咲耶が弓を下ろし、そっと壁に寄りかかった。


「鍛え方が足りないんじゃないか?」

 俺は肩をすくめて軽口を叩いた。


「いやいや……英斗の働きが足らんのちゃう?俺……もう立てへん……」

 隼人の呼吸がやけに浅く早い……


 雨宮、咲耶も同様だ。


「……なんか、おかしくないか?」俺はぽつりと口にした。


 その言葉に、咲耶も隼人も、顔を上げる。


「確かに……普通の疲労とは、ちょっと違うかも」

 雨宮も、額に滲む汗を拭いながら、苦しそうに言った。


 戦闘が終わったというのに、3人の体力が回復する様子が無い。


 まるで――

 見えない何かに、じわじわと、絡みつかれているような……。


 俺たちは、言いようのない違和感を抱えたまま、静まり返った甲板に立ち尽くしていた。




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