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第4話 ミッション

 いよいよだ。

 心がざわつく。和らいでいた感情が一気に引き締まり、背筋が凍るような感覚に襲われた。

 反射的にポケットへ手をやり、ゲーム機を取り出す。


【ミッション】

 討伐依頼

 ランク:E

 人数:3

 期限:3日

 場所:地図を表示する


 震える指で「地図を表示する」をタップ。

 開かれた地図には、山奥にピンが立っていた。


「……ここから、ちょっと距離があるな。山の中か……」


 焦る気持ちを抑え、近くのバス停へ急ぐ。地図と照らし合わせれば、バスで麓までは行けそうだ。

 時刻表を確認すると、ちょうどバスが来る頃合いだった。


(最悪タクシーで行くことも覚悟してたけど……運がいい)


 バスに揺られながら、スマホで地図を再確認する。

 麓までは15分。降りてからは1時間ほど歩けば着くはずだが、俺は地図を読むのが得意ではない。

 道に迷わずたどり着けるかが不安だった。


 さらに、向かっている最中に誰かがミッションをクリアしてしまうかもしれない。

 バスが信号で停車するたびに、イライラが募る。


「人数:3」──ミッションには自分以外にあと二人が必要なようだ。

 つまり、他のプレイヤーに会えるかもしれない。


(頼む……いてくれ……)


 期待と不安が入り混じる中、バスが麓に到着する。ここからは徒歩だ。

 周囲を見回すが、それらしい人影はない。とにかく現地へ急ぐ。


 鞄の中には包丁が入っている。前回のミッションで討伐依頼とあったため、万が一に備えて持ち歩いていた。

 何かを倒すということなのだろう。


(持っているだけで嫌な気分だったが……今は、少し心強い)


 普段の運動不足が悔やまれる。気持ちは急くのに、足がついてこない。それでも一歩ずつ確実に目的地に近づいていく。


 地図を見ていて気づいたのだが。自分の現在地が表示されているようだ。

 目的地に近づいているのがわかる。


(前回は気づかなかったけど……これなら迷う心配はなさそうだ)


 ひたすら登ること、約1時間。

 ようやく、地図が示す場所にたどり着いた。


「……ここか」


 誰もいない。

 風に揺れる草の音だけが、静かに響く。


(……本当にここでいいのか?)


 急いで来たものの期限は3日。もしかしたら最終日に来ることも考えられる。

 最低限の水と食料は持ってきたが、3日間ここにいるのは厳しい。


(何より……誰も来なかったら?)


 ゲーム画面に変化がないか確認する。


 現在ミッション参加者 0名

 ミッション開始しますか?

 YES / NO


 なるほど。目的地に到着しないと、ミッションに参加できないのか。


(やっぱり、俺以外は来ていないな……)


 冷たい岩に背中を預けながら、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。

 情報がないまま参加するのは危険すぎる。


 ……待とう。


 日が沈み、辺りが暗くなっていく。静けさが増し、近くの茂みから物音が聞こえるたびに心臓が跳ね上がる。

 風が木々を揺らす音がやけに大きく聞こえた。


(懐中電灯くらい持ってくればよかった……)


 スマホのライトはある。けれど、電池を消耗したくない。

 ――月明かりがあるのが、唯一の救いだった。


 どれくらい時間が経っただろう。

 遠くから何かが近づいてくる気配がする。


 耳を澄ませる。どうやら、人のようだ。

 話し声が、徐々に近づいてくる。


 さっきまでの“孤独”とは違う、別の不安が湧いてくる。

 ゲームのこと。寿命のこと。助けてくれるのか、それとも――

 頭の中が、ぐるぐると回った。


 気配が近づくごとに、緊張も高まっていく。


 俺は意を決して、スマホのライトを点けた。

 先客がいることを、あえて“見せる”。


 すると、相手はこちらに気がついたようで、声が聞こえた。


「お? 先客、何人?」


 話し声がはっきりと聞こえる。2人とも男のようだ。

 やがて、姿が見える。


 一人は俺と同じくらいの身長で、骨太の青年。年齢は20代後半くらい。

 もう一人は少し背が低く、少し尖った雰囲気をしている。

 二人とも黒い手袋をしていた。


 骨太な男が、こちらに近づいてくる。


「初めまして。シゲルって言います。あなたは?」


 落ち着いた口調だった。


「……俺は英斗。吉野英斗」


 俺も名乗り返す。


 シゲルの後ろには、もう一人。無言のまま、こちらの様子をうかがっていた。


「えーと、ここにいるってことは……ゲームの所有者ですよね?」


 シゲルがそう尋ねた瞬間、

(きた!)と心の中で小さくガッツポーズを取る。


 俺は後ろポケットからゲーム機を取り出し、そっと見せた。


 シゲルは頷き、やわらかく続ける。


「俺たちも、持ってます。失礼ですが……ゲーム歴、浅いですよね?」


「……始めて1カ月。レベル2。あとは、何も知らない」


 俺は小さく頷きながら、そう答えた。

 シゲルはニコリと笑みを浮かべる。


「心配しなくて大丈夫ですよ。僕たちはこのゲーム機のことを

“ライブラ” って呼んでます。誰が名付けたのかは、わかりませんが」


「ただ、結論から言うと……ライブラについては、誰が何の目的で作ったのか、

 知っている人はいません。分かっていることが、いくつかあるだけです」


 シゲルは続ける。


「あなた……えーと、エイトさんは、寿命のことが気になるのでしょう? 違いますか?」


 俺は興奮気味に尋ねる。


「あの画面に表示されている寿命がなくなると……どうなる? 助かる方法は?」


 シゲルは微笑みながら答える。


「大丈夫って言ったでしょ?」


 そして、ゆっくりと続けた。


「寿命が0になっても、レベルが1に戻るだけ。死ぬことはないですよ」


 緊張が解け、その場にへたり込む。


(助かった……!)


 俺は大きく息を吐き、天を仰ぐ。


「聞きたいことは山ほどあるでしょうけど、とりあえず……まずはミッションを済ませましょう。

 続きは、場所を変えて話しましょう」


 シゲルがそう言うと、もう一人の男が前に出てくる。


「俺、岩屋ッス。ミッションの説明は俺がしまっす!」


「ミッションを開始すると、モンスターが出てくるんで、始末する……以上ッス!」


「……それだけ?」


 俺が聞くと、岩屋は「ッス」とだけ答える。


 シゲルが補足する。


「え〰と少し補足しますね、戦闘はある程度危険です。攻撃を受けると、最悪死ぬこともあります。

 ただ、ある程度危険だ、と言ったのは、逃げることが可能だからです。」


「危なくなったら、”エクスヴェイド”!と叫んでください。寿命を消費しますが、

 ミッションから離脱ができ、怪我も治ります。

 寿命を増やすこともできますから、気にしなくて大丈夫です。」


 そして、念を押すように言った。


「忘れないで。“エクスヴェイド”ですからね」


 不穏なセリフを聞いた気がする、慌てて聞き返そうとするも

 2人は「ミッション開始!」とゲーム機”ライブラ”を操作した。


 光が走り、風がやんだ。

 すると、2人の姿が、さっきまでの私服から一変した。

 中世の騎士のような鎧に身を包み、腰には鋭利な剣。目を疑うような光景だった。


「ほら、参加して」と、シゲルが穏やかな口調で促してくる。


 慌ててライブラの画面から「YES」を選択する。しかし、俺の姿は変わらない。


「参加してしばらくしたら、モンスターがどこかに発生するっス」と岩屋が言った。


「半径何メートルかは分かりませんが、ここを中心に、三日以内に探し出して始末します。

 ──あ、いま“三日”と言いましたけど、今回は私がいますから。すぐに見つかりますよ」


 シゲルがそう言いながら、「こっちです」と手招きし、先頭を歩き出した。


 30分ほど進んだところで、「ここです」と立ち止まった。


 すると、すぐ近くの茂みがガサリと揺れ、小柄な人型の“何か”が現れる。


 緑色の肌に、尖った耳。木製の盾と剣。背中には弓。――全部で五体。

 その姿はまさに“ゴブリン”だった。


(本当に……モンスターが出るなんて)


 唐突に始まった戦闘と初めて見るゴブリンに思わず狼狽える。

 だが、2人はそんな様子など微塵も見せない。


「今回はゴブリンっスか。楽勝ッスね〜」


 岩屋がそう言いながら、手に持った剣をくるくると回し、軽い足取りでゴブリンのほうへ向かっていく。

「一匹は残しておいて。英斗さんの練習に使いますから」


 そう言いながらシゲルは剣を抜き別の方向へ向かっていく。他にもまだいるのだろうか?


「練習? 俺の? あんな化け物を?」

 思考がついていけない。俺の頭が、理解を拒もうとしたその時――


 岩屋はすでに、2体のゴブリンと交戦していた。


「スキルを使うまでもないな」


 そう言って、剣を横一文字に振り抜く。

 迫ってきたゴブリンの首と胴が、音もなく離れた。


 もう一体のゴブリンが逃げようと背を向けた瞬間、

 岩屋は一歩踏み込んで、その喉元を正確に突き刺す。


 ゴブリンはゴボゴボと血を吐きながら、その場に崩れ落ちた。


 


 ……なんだ、これ。


 


 俺は今、何を見ているんだろう。


 この一ヵ月、現実ではありえないことをいくつも体験してきた。

 それでも、目の前の光景は、あまりにも非現実的すぎて――

 実際に起きているとは思えなかった。


 ただ、呆然と立ち尽くすしかなかった。


 血が。音が。匂いが。

 それらすべてが“これは現実だ”と俺に突きつけてくる。


 残る3体は戦法を変えた、岩屋を強敵と判断したのだろう。


 一体のゴブリンが盾を構えて前に立ち、

 やや後方にいた二体は、背中の弓に手を伸ばして剣を弓へと持ち替える。

挿絵(By みてみん)

 彼らは一定の距離を保ったまま、素早く弓を引き、矢を放った。


 ヒュン、と空気を裂く音。


 岩屋の盾が矢をはじく。そのまま、彼は音もなく距離を詰めていく。


 盾を構えたゴブリンが、仲間を庇うように一歩前へ出た。

 だが次の瞬間――真上から振り下ろされた剣が、盾ごと頭を叩き割った。


 木の砕ける音、骨の砕ける音――。

 それらが重なって響いた時には、ゴブリンの頭は粉砕されていた。


 逃げようと背を向けたもう一体も、

 岩屋の剣がその背を袈裟斬りにし、容赦なく切り捨てる。


 ――戦闘は、わずか数秒で終わった。


 残る1体も逃げ出そうとしていたが、いつの間にか回り込んでいたシゲルが退路を断っていた。


「エイトさん! どうぞ!」


 シゲルがゴブリンを俺のほうへ追いやる。


 軽い調子で言って、ゴブリンをこちらへ追い立てる。


「ま、待って! 俺は……」


 言葉が喉に詰まる。

 慌てて包丁を取り出して構えたが、手が震えている。


 ……やるのか?本当に?


 最初から、これは討伐依頼だとわかっていた。

 何かを倒す――分かっていた。


 だが、いざ目の前にすると、足がすくむ。

 俺の動揺が伝わったのか、ゴブリンが武器を剣に持ち替え、こちらへ向かってくる。


「やばくなったらエクスヴェイドですよ!」


 シゲルの声が飛ぶ。


 ゴブリンが剣を振り下ろす。

 俺はとっさに大きく身をひねったが、避けきれず――


 熱っ!


 胸のあたりを浅く斬られた。そこからじわじわと熱が広がる。


 俺は悲鳴混じりに奇声を上げながら、やけくそで包丁を振り回した。

 けれど、ゴブリンは軽く体をひねってそれをかわし、左手の盾で体当たりしてくる。


「ぐっ!」


 鋭い衝撃が腹に突き刺さる。

 俺の体は宙を舞い、そのまま背中から地面に叩きつけられた。


 必死で起き上がろうとしたそのとき――

 視界に映ったのは、剣を振り下ろそうとするゴブリンの姿。


(――死ぬ!)

「エクスヴェイド!!」


 俺は、必死に叫んだ。

 すると、全身が淡い光に包まれる。


 眩しさに思わず目を閉じた。

 浮遊するような感覚が、体を突き抜けた。


 ――そして、目を開けると。


 目の前から、ゴブリンの姿が消えていた。

 2人の姿も、どこにもなかった。心臓が激しく脈打つ。

 もう少しで死ぬところだったと考えると、ぞっとする。


 切られた部分を確認すると、服は切れているものの傷はない。

 シゲルの言っていた通り、治ったようだ。

 どうしようか悩んでいたところ、遠くの方から声がする。2人の声だ。


「おーい、ここだー!」


 探しに来てくれたことに安堵する。

 しばらくして2人と合流すると、先ほどまで騎士のような恰好だった2人は、元の姿に戻っていた。


「探しに来てくれて助かったよ。ありがと」

 そう軽く礼を言うと、岩屋がシゲルに向かって尋ねた。


「シゲルさん、どうするっス?」


 シゲルは、何でもないことのように答える。


「処分でいいでしょ」


 さっきまで笑顔だった2人の顔が、今はどこか狂気めいて見えた。

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