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第39話 機内

 ヘリの機体がゆっくりと下降を始め、眼下に広がるリヨンの街並みが徐々に近づいてくる。

 遠くに見える空港の滑走路には、数機の旅客機が待機しており、その一角――

 格納庫のような建物のそばに、黒い機体の専用機がひっそりと止まっていた。


 機体が着陸し、ローター音が静まり始める。

 ヘリのドアが開くと、外の空気が一気に流れ込み、わずかにジェット燃料の匂いが混じっていた。


「おー、さすがノウシス専用機……シブいなあ」

 葛西が感心したように言いながら、荷物を担いで先に降りていく。


 雨宮は相変わらず無言のまま液タブを抱え、機械的に後を追った。

 俺も慌てて立ち上がり、地面に降り立つ。

 コンクリートの地面の感触が、やけに現実的に感じられた。


 タラップを上がると、内部は民間機とは違う、無骨で落ち着いた作りだった。

 余計な装飾は一切なく、コンソールや強化素材の座席がずらりと並ぶ。

 完全に“任務用”に設計された空間。


「一応、長距離フライトやからな。ちゃんと寝られるスペースもあるで」

 葛西が笑いながら後方を指差す。


 機内の一角には、仮眠用の小さなキャビンがいくつか用意されていた。

 俺は頷きながら座席に腰を下ろし、ハーネスを締める。


 その瞬間――


「カシャッ」

 何かの音がして、隣で雨宮が写真を撮っていた。


「……資料。後で描く」

 ぼそっとつぶやくと、また液タブに集中し始めた。


 俺が雨宮をしげしげと見ていると


 葛西が俺の肩を軽く叩く。


「ま、ええやん。旅は道連れ。日本まで、よろしく頼んまっせ」


 飛行機のエンジンが始動し、静かに滑走路へと向かっていく。


 飛行機が滑走路をゆっくりと進みながら加速を始めると、座席の上部から柔らかな声が響いた。


「おはようございます、皆さま。ノウシス専用機『リブラ・ワン』へようこそ」


 聞き取りやすいアナウンス。その声の主は、キャビンアテンダント――ノウシス所属の職員、アンナ・フェリエールだった。

 彼女は端整な顔立ちと落ち着いた所作で、座席の間を静かに歩きながら話を続ける。


「本機は現在、フランス・リヨンを出発し、日本・羽田空港へ向けて飛行いたします。到着予定時刻は約15時間後、天候はおおむね良好です」


(15時間……長いな)


「安全上の注意を含め、詳細はお手元のモニターまたは端末をご確認ください。ご質問などありましたら、お気軽にお声がけくださいね」


 その時だった。


「質問です。アンナさん、何歳ですか」


 葛西が、まるで小学生の授業のように手を挙げて言った。 一瞬、機内に変な静けさが流れる。


 アンナ――20代半ばくらいに見える落ち着いた女性は、わずかに目を瞬かせた後、ふわりと笑った。


「ありがとうございます。ですが、その質問には"高度な機密"が含まれていますので――お応えできません」


「うわっ、国家レベルのセキュリティで返された……!」


 葛西が両手を上げて笑うと、機内にくすりとした笑いが広がった。


「ご想像にお任せしますね」

挿絵(By みてみん)

 そう言って、アンナは一礼するとコックピット方向へと歩いていった。その背筋は、冗談にも優雅さを崩さないプロのそれだった。


「……俺、完全に手玉に取られてへん?」


 葛西がぽつりと漏らす。


「まあ……今のは見事に一本取られてたな」

 俺は思わず笑って返した。


「カシャッ」

 隣で雨宮が写真を撮っていた。


「……資料」

 ぼそっとつぶやくと、また液タブに集中し始めた。


 飛行機が上空に差しかかり、シートベルトサインが消えると、機内は少しだけリラックスした空気に包まれる。


 葛西が座席のハーネスを外しながら、俺のほうを振り返った。


「なーなー、エイトくん、飛行機って慣れてる? 俺は何回か乗ったけど、いつも着陸のときビビんねん、高いとこは好きやねんけどな」


「いや、実は初めてで」


「あー転送で行ったんやったっけ?だいぶレアやなぁ」


 隣で雨宮が「……揺れると線がズレる」とまた液タブを睨んでいる。


「性格がズレとんねん」


 葛西がすかさず言うと、雨宮は無言で「うん」と頷いた。


「みとめるんかーい」


 思わず吹き出す俺。


 どこかズレている三人組だけれど、

 妙に落ち着くこの空気が、これからの旅路を少しだけ明るくしてくれる気がした。


「雨宮君は、変わらんなぁ……」


 葛西がぼそっと言いながら、斜め前で液タブに夢中な男を見やる。


「会ったことあるのか?」


 俺が聞くと、葛西は軽くうなずいた。


「俺もヴェルコールで教育受けたからな。何回かおうたことあるで」


「へぇ……」


「レアキャラやったから、あんまり話したことないけどな」

「どっからともなく現れて、ミッション終わったらどっか消える。気ぃついたら絵だけ残ってんねん、怖ない?」


 冗談交じりの葛西の口調に、思わず笑いがこみ上げる。


「……神出鬼没の絵描き、か」


「そうそう。で、今となってはAMAMIYAブランドやろ? すごいもんやでほんま」


 葛西は少しだけ感心したように言った。

 隣の雨宮本人は、そんな言葉が聞こえていてもいなくても――やっぱり液タブにペンを走らせている。


「ライブラはどこで?」


「気がついたら部屋にあってん。それからは大変やったな……まぁ、分かるやろ?」


「それはもう」


 お互い、思わず顔を見合わせて笑い合う。

 ライブラという共通点が、言葉にしなくても伝わる経験を共有していた。


「三年前にヴェルコールに行って、そこで一年くらい修行したんや」

「雨宮君は……俺より前からおったな」


 葛西が視線を雨宮に向ける。


「なぁ雨宮君?」


「……うん」


「いつからおるん?」


「……うん」


「…………」


「何かいてるん?」


「ゴブリン」


「聞こえてるやん!」


「葛西君ゴブリンに……似てる」


「誰がゴブリンやねん!」


「報連相が苦手」というマティアスさんの言葉が、今になってじわじわと実感を伴ってくる。


 雨宮が本当に何を考えているのか、今のところさっぱり分からない。


 そんなことを思いながら、俺は小さく息をついた。


 でも、この凸凹トリオ、案外悪くないかもしれない


 機体は順調に高度を上げ、外の窓には白い雲海がどこまでも広がっていた。

 その向こう――朝日が、金色の光で世界を染め始めている。


 静かな空の旅。

 けれど、その静けさが長く続かないことを――このときの俺たちは、まだ知らなかった。

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