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第38話 日本へ

 翌朝、指定された時間にヘリポートへ向かうと、すでに数人の姿が見えていた。


 澄んだ朝の空気の中、山々に囲まれた空間に響いているのは、ヘリのローター音と、鳥のさえずりだけだった。

 一際目立つのは、マティアスさんの姿。

 その隣には、見慣れない男が二人――。


 ひとりは、眼鏡をかけた細身の青年だった。

 肩まで伸びた黒髪は、無造作に流れ落ちている。

 服装も一風変わっていた。奇抜というほどではないが、和風のようでもあり、どこか未来的でもある――そんな、不思議なセンスだった。


 胸元からは、細いストラップが垂れ、小型の液タブとノートPCらしき機材がぶら下がっている。

 まるで研究員か、現場取材に来た記者のような雰囲気だ。


 男はちらりとこちらに視線を向けた。

 そして、ほんのわずかに会釈する。

 礼儀正しいというよりは、単に気が散っただけのような、そんな曖昧な反応だった。


「彼が、雨宮あまみや つばさ君。今回の同行者だよ」


 マティアスさんが紹介する。


「雨宮です……どうも」

挿絵(By みてみん)

 ぼそりと呟くような挨拶だけ残して、雨宮はすぐに視線を液タブへ戻した。

 その指先は、ためらいもなく、画面の上をすでに描き始めている。


(この人がガーゴンを書いたのか)


 その隣に立つもう一人は、先ほどの男とは正反対の雰囲気をまとっていた。


 金髪は無造作なミディアムで、前髪は眉にかかるほど。


 快活そうな目元に、いつも笑みを浮かべていそうな口元。

 どこか陽気な空気を纏った、親しみやすそうな男だった。

挿絵(By みてみん)

「おっ、あんたが吉野英斗さんか! はじめまして、俺は葛西かさい 隼人はやとです!」


 関西訛りの明るい声が、朝の静けさを弾いた。

 快活そうな表情に、人懐っこい笑み。初対面の緊張を吹き飛ばすような勢いだった。


「……あ、よろしく」


 思わず手を差し出すと、葛西の手のひらは予想以上にしっかりとした握りだった。

 まるで、仕事も人付き合いも慣れきった、そんな男の手。


「彼は日本支部の所属で、今回は案内として来てもらった」

「雨宮君も、日本支部は初めてなんだよ」


 マティアスさんが穏やかに補足する。

 俺は軽く頷きながら、ふたりの顔を見比べた。


「ふたりとも、君の旅には頼もしい仲間になるだろう」


 そう言ったあと、マティアスさんはふと視線を葛西へと向けた。


「……久しぶりだね、葛西君」


 その声は、いつも通りの落ち着いた口調だった。

 けれど、その奥には、わずかに懐かしさが滲んでいるようにも感じられた。


「うわっ、マティアスさん! ほんまもんや!」


 葛西は目を見開き、大げさなほどに驚いた表情を浮かべると、帽子を取るような仕草で軽く頭を下げた。


「なんや、思ってたより元気そうで安心しましたわ。背中曲がってたらどうしようかと思たけど」


「変わらないね、葛西君は」


 マティアスさんは苦笑しながら、肩をすくめる。


「ここにいた頃は、君はまだ新人だった。……ずいぶん頼れる顔になったね」


「やめてくださいよ〜、そんな“息子が出世した”みたいな言い方……恥ずかしなるわ」


 葛西は照れ隠すように頭をかきながら、それでも頬には本気で嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


「それにしても……他のみんなも元気してますか?顔見せてくれるもんやと思ってたのに、薄情やなぁ」


「すまないね。急だったもので、調整ができなかった」


「気にせんといてください。どうせ元気に決まってますから」


 それはたしかに、長く離れていた旧友との再会だった。

 笑いの中に、積み重ねてきた信頼と、変わらない絆が確かに息づいていた。

 けれど、その軽妙なやり取りの中には、互いの信頼と時間の積み重ねがにじんでいた。


 葛西は、にかっと笑って

「ま、難しいことは抜きにして、とりあえず旅を楽しもうや!」

 と、陽気に笑った。


 すでに準備を終えた黒いヘリの機体には、ノウシスのエンブレムが刻まれている。

 機体は静かに、けれど確かに、離陸の気配を帯びていた。


「皆、気をつけて行っておいで」


 マティアスさんの穏やかな声が、風に乗って届く。


「行ってきます」


 俺は、少し緊張しながらも声を返した。


 そのまま俺たちは、順にヘリへと歩を進める。


「何回乗っても、飽きへんなあ……」


 葛西がぽつりと漏らした。

 目を輝かせながら、ゆっくりと機体を見上げている。一方、雨宮はというと、無言で乗り込んでいく。


 機内は無駄のない構造で、シートが左右に並び、中央には簡易の通信端末が設置されていた。

 シートに腰を下ろし、ハーネスを締める頃には、もう機体が微かに浮き始めていた。


「ほな行こか、日本へ……!」

 葛西が笑いながらガッと拳を握る。


「……どっちかっていうと、空を移動するのは苦手なんだけどな。揺れると線が歪むから」

 雨宮がぼそりと漏らすが、視線はすでに液タブへ落とされている。

「いや……書くなや!あかん手が動く、突っ込んでもうた」


(…………)


「て雨宮君無視か〰い」


 自由な葛西君にマイペースな雨宮君

 正直……不安しかない

 やっぱり日本へ行くのは止めようかと思っていたが無情にもヘリは動き始めた。


 ローター音が一段と高まり、機体がゆっくりと地面を離れた。

 眼下に広がっていく、ヴェルコールの大地――深い森と鋭い稜線の向こうに、遠く街並みが霞んでいた。


 ここから俺たちは、リヨン空港を経て、日本へ向かう。


 初めての空路。初めての支部。



 ――新たな章の、始まりだった。

 

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