表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/110

第36話 レオン・アストリア

 ダグがアメリカ支部へ帰ってから、二週間が経った。

 ノウシスに来て、そろそろ二ヶ月が過ぎる。


 その間、俺は訓練と実戦を重ね――

 ついに、レベルは「10」に到達していた。


 レベル:10

 名前:吉野英斗


 攻撃力:70

 守備力:47


 年齢:29

 体力:43 / 43

 ちから:40

 まもり:30

 すばやさ:13


 ジャンが言っていた通り、レベル10から【ヴェルギス】が使用可能になった。

 ……もっとも、今のところ使う予定はない。

(というか、なるべくなら使わずに済ませたい)


 後は”シールド”というスキルを覚えた。

 名前の通り、手の先から小さいバリヤーを張るものらしい。

 3度目にしてやっとまともなスキルを覚えた気がする。

 消費寿命は2日だ。


 それよりも、最近ひとつ大きな“気づき”があった。

 以前、**「ちからの数値が上がっても、筋肉量が増えない」**という違和感を覚えていたが――ようやく、その理由がわかったのだ。


 イメージとしては、**「極薄のパワードスーツを常に身にまとっている」**ような感覚。

 つまり、肉体そのものが強化されているのではなく、“見えない補助機構”によって動きや力が底上げされている。


 レベルが上がったことで、訓練や実戦中の“感覚の変化”をより明確に実感できるようになった。

 パンチの重み。走ったときの推進力。斬撃時の負荷。

“自分が強くなっている”のではなく“力を借りている”――そんな感じだ。


 ……少しずつだが、ライブラという存在の「本質」にも近づきつつあるのかもしれない。


 そして今日は――


 前回のゾンビ戦以来、久々のレオンとのミッションだ。

 ランクは「D」。

 森の中を慎重に進みながら、俺たちは目的地を目指していた。


 森の中は、ひどく静かだった。

 風が葉を撫でる音と、遠くで囀<さえず>る小鳥の声。

 そして、自分たちの足が土を踏みしめる音だけが、湿った空気をわずかに震わせている。


 少し前を歩くレオンの背中は、いつも通りぶれがなく、迷いのない足取りだった。

 まるでそこに“敵がいる”とでも言うように、道を選び、立ち止まり、時折、周囲の気配に耳を澄ませる。

 その一挙一動が、ただの警戒ではない“訓練された鋭さ”を物語っていた。


 その背中を追いながら、意を決して話しかけた。


「……レオンさん」


「“さん”は……いらない」


 短く、けれどどこか柔らかさを含んだ声音だった。

 以前より、ほんの少し距離が縮まった気がして――それだけで胸が少しあたたかくなる。


「今回、同行させてもらって……ありがとうございます」


 俺の声に、レオンはふと足を止めた。

 わずかに振り返り、口元に淡く、けれど確かな微笑が浮かぶ。


「雰囲気が……変わった。同行させてもいい……そう思った。それだけだ」


 選んだ言葉は簡潔だったが、そこに含まれた信頼は確かなものだった。


「もう……無茶はしません」


「ああ。君が“生きている”だけで、いつか誰かを救える。……その可能性を忘れるな」


 淡々とした口調なのに、その言葉はやけに胸に沁みた。

 まるで、冷えた心に熱いものをひとしずく垂らされたような感覚だった。


 俺は小さく頷いた。

 それだけ。けれど、それだけで――今は、十分だった。


 しばらく、木漏れ日が斑に差す小道を無言で歩いたあと、レオンがぽつりと呟く。


「……レベル、10に到達したと聞いた」


「ええ。前回のミッションで上がりました」


「お前はもう“任せる側”に近づいている。……力を誇ることなく、道を見誤らなければ……良い戦士になれる」


 それは、叱咤でも賞賛でもない。

 ただ、静かに灯された期待の言葉だった。


「……ありがとうございます」


 自然と、頭が下がった。


 ――そして。


 森の奥へと足を進めると、霧がうっすらと立ち込める谷間に出た。

 湿った空気が肌にまとわりつき、静寂が妙に重く感じられる。


 その中央に、そいつはいた。


 トロールだ。

挿絵(By みてみん)

 全身を苔むしたような皮膚。岩のような筋肉。

 手には木の幹をそのまま折り取ったような棍棒を握り、ゆったりと呼吸している。

 だがその息づかい一つひとつが、周囲の空気を震わせるほどの圧を持っていた。


「――見ろ、あれがトロールだ」


 レオンの声が低く響く。

 俺と、もう一人のプレイヤー、グレンがそれに続いた。

 相手はトロール一体、オーク五体。


 レオンはすぐに指示を出す。


「トロールは俺がおびき寄せる。

 オークは君たち二人で片付けろ。やれるな?」


「……はい!」

「了解」


 グレンが静かに頷く。落ち着いた雰囲気の男で、動きにも迷いがない。

 レオンが信頼を寄せるのも納得だった。


 レオンは霧の中へと踏み込んだ。


 瞬間、トロールが吠える。

 雷鳴のような咆哮。巨体がのそりと動き出す。


「よそ見すんな!」

 グレンの声が飛ぶ。


「――来る!」


 木々の影から、オークたちが現れた。

 それぞれが獲物を見据え、粗野な斧や槍を手に唸り声を上げる。


 五体。英斗とグレンで分担するには、ぎりぎりの数だ。


「まずは一体ずつ、確実に落とす!」


 グレンが駆け、俺も刀を抜いた。

 2体くらいなら同時に相手をできるようになっていた。


 オークの一体が俺に向かって突っ込んできた。

 腕を振り上げ、斧を振り下ろす――避けきれない!


 俺はあえて“受け”、刀で斧の軌道を逸らす。

 衝撃で腕が痺れるが、狙いはそこから。


「はあぁッ!!」


 腹部に一閃。


 血飛沫。のけぞったオークの首筋へ追撃。

 二撃目が決まった。


 倒れた一体を横目に、残る四体。


 グレンは二体と渡り合っていた。的確に動き、急所を狙って削っていく。


「英斗、もう一体回すぞ!」


「わかった!」


 二体目がこちらへ流れてくる。タイミングは悪くない。

 集中しろ、俺はもう、ただの素人じゃない。


 三体目もグレンと連携して片付けたころ、

 最後の一体が撤退しようとする素振りを見せた――だが逃がすわけにはいかない。


 俺が前へ、グレンが後ろへ。

 挟撃の形で追い込み、俺の剣が胸を貫いた。


「……ふぅっ……!」


 全身から汗が噴き出していた。

 だが、やれた。俺一人ではないが、オークたちを“処理した”。


 そのとき、トロールの唸り声が響いた。

 まだレオンと対峙している――いや“踊っている”と言った方が近い。


 一度も攻撃をもらっていないレオン。

 最小限の動きで、あの巨体の攻撃をすべて“ずらしている”。


「……信じられない……」


 レオンは俺たちの視線を察したかのように、声を飛ばす。


「オークは片付いたか?――なら、ここからは“連携”の時間だ」


 トロールの注意を引いたまま、少しずつ距離を取っていく。


 レオンは俺たちの教育のためにワザとトロールを残していたようだ。


「英斗、グレン。次はこいつをやってみろ、分かってると思うがトロールの再生力は異常だ」


「……了解」

「任せてください!」


 レオンは俺たちの後ろへと移動する。


 グレンが横へ回る。俺は反対へ。

 トロールはグレンに目を付けたようだ。


 グレンが叫んだ。

「英斗、俺の攻撃に合わせろ!」


 俺とグレンが同時に駆け出す。


「エッジ・ストライク!」


 グレンの剣が閃き、トロールの脇腹を深々と切り裂く。


 だが、その直後。

「……塞がってきてる……!?」


 さっき切ったはずの傷口が、すでに肉を盛り上げてふさがりかけていた。


(本当に、異常だ……!)


「今だ、英斗!」


 俺はグレンと入れ替わるようにトロールの懐に飛び込む。


「おおおおおッ!!」


 刀を握る手に全身の力を込め、さっきグレンが切り裂いた傷に渾身の一撃を叩き込んだ。


 ズシュッッ!!


 重い手応え。裂けた肉に刀が深く潜り込み、骨を断ち、確かに届いたと確信できた。


 その瞬間、トロールの身体がぶるりと震え、動きが止まる。


 グレンがすかさず背後から追撃を加え、俺も叫びながら二撃目を叩き込む。


 今度は、再生が間に合わなかった。


 巨体が、ゆっくりと、地に倒れ伏す。


 息を飲む静寂。

 次の瞬間、森の空気が一気に軽くなった気がした。


 レオンが歩み寄ってくる。


「――よくやった。判断も、連携も、悪くない」


「……ありがとうございま……」


「だが、まだ甘いな」


 そう言ってレオンは俺の頭上を見上げた。


「ブレイズ・バースト!」


 ゴウッ!!


 葉がざわめき、ぬるりとした影が降ってきた直後――火球が炸裂する。


 爆発音とともに、上空から何かが弾け飛んだ。


 視界の端で閃いた火花。次の瞬間、空から落ちてきたのは――スライムだった。


 炎に包まれながら砕けたゼリー状の肉塊が、木々の枝を弾いて飛び散る。

 粘性のある透明な液体が、葉を伝ってゆっくりと垂れ落ち、湿った音を立てて地面に染み込んだ。


 沈黙が満ちた直後の不意打ちに、俺とグレンは言葉を失っていた。


 その隣で、レオンは爆煙を背にして、静かに口を開いた。


「スライムだ。頭上は常に意識しろと、教わっているだろう?」


 言葉とは裏腹に、その口元にはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 その笑みは、静かに伸びる影のように鋭く、けれどどこか優しかった。


「だが――よくやった、エイト」


 レオンが俺の肩に手を置いた。その掌の重さが、確かな“認められた”証のように感じられた。


 そしてすぐ、隣の男へと視線を向ける。


「グレンは、訓練を一からやり直しだ」


「……ええっ……」

 肩を落とすグレンに、レオンの笑みは変わらない。


「さぁ、帰ろう」

 短くそう言って、レオンが踵を返す。


 ノウシス本部――拠点へと帰還した。

 背中には疲労と汗。そして、ほんの少しの誇りを背負って。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
(五色いずみ)  われらが英斗さんがだんだんたくましくなり、期待のルーキー化!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ