表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/110

第31話 実践

 ここに来てから、およそ一ヵ月が経った。


 そして今――俺はノウシスでの初ミッションに参加している。


 同行するのは、エイリクとハーコン。訓練でおなじみのバイキングコンビだ。


 森の中を、モンスターを探しながら三人で歩いている。


 探知系スキルを持っていれば早く見つかるらしいが、今回は訓練の一環として、あえてスキルには頼らず、自力で捜索するというスタイルだ。


 ミッション開始後にライブラを開けると、モンスターのいる方角だけわかるそうだ。(距離や高低差は分からない)


 今回のミッションのランクは「E」


“加護”を得た刀とはいえ、本当に通用するのか。正直、不安しかなかった。


「今の吉野なら、Eランクくらい余裕じゃわい」


「傷一つ、つかんである」


(買い被るのはやめてもらいたい)


 そんな掛け合いがあっても、俺の不安は消えない。


 かれこれ30分以上、森の中を捜索しているが、モンスターの気配はまったくない。


 ミッションが開始されると、プレイヤーにしか見えない“壁”のような結界が張られ、そのエリア内に敵が現れる仕組みらしい。


 範囲はそのときによって異なり、広かったり狭かったり……どうやら明確な法則性は今のところ見つかっていないという。


 どこにいるか分からない敵を、探し回るというのは、想像以上に神経がすり減る。


 突然背後から現れるかもしれない。


 そう思うだけで、全身の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。


 それでも、目の前にいる二人は――まるで散歩でもしているかのように、落ち着いていた。


(……いや、あの二人が異常なだけか)


 刀の柄に手を添えたその時だった。


「……止まれ」


 低く唸るようなハーコンの声に、思わず足が止まる。


 エイリクも眉をひそめ、前方を睨んでいた。


「……来るぞ」


 耳を澄ますと、カツ……カツ……と、まるで硬い骨が地面を叩くような音が聞こえた。

 次第にその数は増えていき、乾いた足音がリズムを刻みながらこちらへ近づいてくる。


(この音……まさか)


 次の瞬間、木々の間から現れたのは、全身が骨で構成された異形の存在――スケルトンだった。


 剣を握った個体が3体、槍を構えた個体が2体、残りの3体は弓を持ち、背後で構えている。


 合計8体。


 一歩一歩、骨が軋むような音を立てながら、奴らは森を進む。

 不自然に同じタイミングで首を傾け、こちらを見た。


 フランスでの戦いを思い出した。ナイフだったこともあるが一人では倒せない強敵だった。


「やれやれ、数だけは一丁前じゃの……」


 エイリクが、口の端を吊り上げながら斧を構える。


「落ち着いて対処するのである」


 胸の鼓動が速くなる。


「わかった!」


(俺にできるのか――いや、やるしかない)


 刀を抜き放ち、戦闘態勢に入る。

 空気がひやりと冷えた気がした。ただの森だったはずの場所が、一瞬にして“戦場”へと変わる。


 スケルトンたちは、合図を受けたかのように武器を構え、一斉に襲いかかってきた――!


「まずは後衛じゃな」


 エイリクがそう呟いた瞬間、地面を蹴る音が響いた。斧を携え、一直線に走り出す。あの大柄な身体で、どうしてあんなに速く動けるのか。


「下がるのである!」


 ハーコンが俺の前に出て、大盾を構える。


 次の瞬間、弓スケルトンたちが一斉に矢を放った。


 矢が風を裂くような音を立て、一直線にこちらへ飛んでくる。


 バシュン――ッ!


 ハーコンの盾がすべての矢を受け止めた。金属が骨を砕くような鈍い音と共に、矢が弾かれる。まるで鉄壁の壁だ。


「無理に攻めるなよ、吉野は一体ずつでよい、わしとエイリクが道を開くのである」


 視線の先では、すでにエイリクが一体の弓スケルトンの首を跳ね飛ばしていた。

 そのまま二体目、三体目と、回転するように斧を振るい、あっという間に後衛を沈めていく。


「カルシウムが足りておらんのう」


 エイリクがこちらに視線を向けると、ハーコンと呼吸を合わせて前衛のスケルトンを一体だけ、俺の前に追い込んでくれた。


「自信を持つである」


「やってみせい!」


 呼吸を整える。

(落ち着け……今までやってきた訓練を思い出せ)


 タイミングを見て、踏み込む。まずは一撃――!


 スケルトンの剣と俺の刀がぶつかり、甲高い音が響く。


 ガチガチと骨が軋み、スケルトンが押し返してくる。

 それでも体勢を崩さず、踏みとどまった。


「訓練を思い出し、押し返すのである!」


 ハーコンの声が飛ぶ。

 即座に反応し、重心を前へと移して押し返す。


 数合打ち合ううちに、動きが見えてきた。


 エイリクとの訓練を思い出す。


 あの斧はどこから飛んでくるか分からず、斬撃一つ一つが重く鋭かった。


 だが、目の前のスケルトンは違う。

 一撃こそ速く鋭いが、攻撃の軌道も単調だ。


(いける……)


 慣れてくると、避けるのも容易になってきた。


(ここだ!)


 下段から刀をすくい上げるようにして振るう。


 ガッ――!


 骨に食い込む鈍い手応え。

 スケルトンが仰け反った。


 その隙を逃さず、二撃目。今度は頭部を狙って真横に振り抜く。


 バキィッ!


 鈍く砕ける音。頭蓋骨が砕け、スケルトンがその場で崩れ落ちた。


「……っ!」


 全身が汗でびっしょりだ。でも、倒せた。俺一人の力で――!


「でかした!」


 エイリクが笑いながら近づいてくる。


「次である!」


 ハーコンが言うと、残りのスケルトンを盾で押しのけて道を作る。


 英斗の前に、一体。


 そして、その背後には、二人の戦士がしっかりと控えている。


 一人じゃない。


 そう思えたとき、恐怖が霧のように晴れていく。


(やれる!)


 刀を構え、二体目へと踏み込む。

 重心を低く、斬撃を一閃。骨が砕ける音が静寂に響いた。


 それからどれほど斬り結んだだろうか。


 ハーコンの盾が俺を守り、エイリクの斧が敵の注意を引いてくれた。

 その合間を縫うように、俺は最後のスケルトンを撃破していた。


 膝に手をつき、肩で息をする。汗が額をつたい、地面にぽとりと落ちた。


「ようやったのう」


「流石我が弟子である」


「いやいや、最初に教えたのはわしじゃ!我が弟子じゃ!」


「何を言っとる、ワシの方が――」


 ……また始まった。

 戦闘の緊張感が嘘のように、バイキング二人が声を張り合い、笑い合う。


 思わず口元がほころぶ。肩に力が入っていたことに、ようやく気づく。


 緊張の糸がほどけていく――それが、確かな勝利の証だった。


 その時、足元に散らばっていた骨の山が、静かに粒子となって宙へ舞い始めた。


 黒ずんだ汚れのような瘴気が立ちのぼり、ゆっくりと消えていった。


「……こうやって、消えるんだな」


 思い返せば、前にミッションクリアしたときは見る余裕がなかったからな。

 こんなふうに、跡形もなく消えていったのか。静かな感慨が胸をよぎる。


 スケルトンが消えると赤い石が残されていた。


 どこかで見たことがある石だ。


「これは……?」


 しゃがみ込み、そっと拾い上げる。


「強欲の石である」

 ハーコンが静かに言った。


「モンスターが消えると、それが落ちとる」

 エイリクの言葉に、ハーコンもうなずく。


 なるほど――以前、川辺で見かけた石。どうして落ちていたのかが分かった。


「拾って帰るぞ。その石は、研究に使われとる」

 エイリクが腰をかがめて、ひとつの石を拾い上げる。


 と、その時だった。


 耳元に、どこかで聞き覚えのある電子音が響いた。

 続けて、機械的な女性の声が淡々と告げる。


「レベルが上がりました」


 目の前にステータス画面が浮かび上がる。


【クリア報酬】

 寿命+60日


 レベル:6

 名前:吉野英斗


 攻撃力:59

 守備力:25


 年齢:29

 体力:28/28

 ちから:29

 まもり:8

 すばやさ:8


 残りポイント:8


 久しぶりのレベルアップに、思わずガッツポーズを取りそうになる。

 ……だが、それは叶わなかった。


 何にステータスポイントを振るか、慎重に考えようとしていた、その瞬間だった。


「守りが低いのである」


 ハーコンの、あまりにも冷静かつ無慈悲な声が響く。


「へ?」


 と間抜けな声を漏らす間に、俺の手からライブラがすっ……と奪われた。


「ちょっ、ハーコン!? なに勝手に――」


「ふむ、これで良いである」


 そう、俺が何にポイントを振るか思案する間もなく――

 残りの8ポイントが、すべて“まもり”に振り分けられていた。


 まもり:8 → 16


 唖然とする俺を尻目に、ハーコンは涼しい顔で腕を組む。


「何、レベルなどすぐに上がるのである」


 まるで何でもないことのように、当然のごとく言い放つ。


「いや、そういう問題じゃ……!」


 思わず抗議の声を上げるが、どこ吹く風だ。


(……いや、まあ……守り、大事だし……)


 じわじわと来る敗北感とともに、俺は小さくため息をついた。

 確実に強くなっている実感がある――それだけが、せめてもの救いだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
(甲斐被るのはやめてもらいたい) →「買い被る」
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ