第31話 実践
ここに来てから、およそ一ヵ月が経った。
そして今――俺はノウシスでの初ミッションに参加している。
同行するのは、エイリクとハーコン。訓練でおなじみのバイキングコンビだ。
森の中を、モンスターを探しながら三人で歩いている。
探知系スキルを持っていれば早く見つかるらしいが、今回は訓練の一環として、あえてスキルには頼らず、自力で捜索するというスタイルだ。
ミッション開始後にライブラを開けると、モンスターのいる方角だけわかるそうだ。(距離や高低差は分からない)
今回のミッションのランクは「E」
“加護”を得た刀とはいえ、本当に通用するのか。正直、不安しかなかった。
「今の吉野なら、Eランクくらい余裕じゃわい」
「傷一つ、つかんである」
(買い被るのはやめてもらいたい)
そんな掛け合いがあっても、俺の不安は消えない。
かれこれ30分以上、森の中を捜索しているが、モンスターの気配はまったくない。
ミッションが開始されると、プレイヤーにしか見えない“壁”のような結界が張られ、そのエリア内に敵が現れる仕組みらしい。
範囲はそのときによって異なり、広かったり狭かったり……どうやら明確な法則性は今のところ見つかっていないという。
どこにいるか分からない敵を、探し回るというのは、想像以上に神経がすり減る。
突然背後から現れるかもしれない。
そう思うだけで、全身の感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
それでも、目の前にいる二人は――まるで散歩でもしているかのように、落ち着いていた。
(……いや、あの二人が異常なだけか)
刀の柄に手を添えたその時だった。
「……止まれ」
低く唸るようなハーコンの声に、思わず足が止まる。
エイリクも眉をひそめ、前方を睨んでいた。
「……来るぞ」
耳を澄ますと、カツ……カツ……と、まるで硬い骨が地面を叩くような音が聞こえた。
次第にその数は増えていき、乾いた足音がリズムを刻みながらこちらへ近づいてくる。
(この音……まさか)
次の瞬間、木々の間から現れたのは、全身が骨で構成された異形の存在――スケルトンだった。
剣を握った個体が3体、槍を構えた個体が2体、残りの3体は弓を持ち、背後で構えている。
合計8体。
一歩一歩、骨が軋むような音を立てながら、奴らは森を進む。
不自然に同じタイミングで首を傾け、こちらを見た。
フランスでの戦いを思い出した。ナイフだったこともあるが一人では倒せない強敵だった。
「やれやれ、数だけは一丁前じゃの……」
エイリクが、口の端を吊り上げながら斧を構える。
「落ち着いて対処するのである」
胸の鼓動が速くなる。
「わかった!」
(俺にできるのか――いや、やるしかない)
刀を抜き放ち、戦闘態勢に入る。
空気がひやりと冷えた気がした。ただの森だったはずの場所が、一瞬にして“戦場”へと変わる。
スケルトンたちは、合図を受けたかのように武器を構え、一斉に襲いかかってきた――!
「まずは後衛じゃな」
エイリクがそう呟いた瞬間、地面を蹴る音が響いた。斧を携え、一直線に走り出す。あの大柄な身体で、どうしてあんなに速く動けるのか。
「下がるのである!」
ハーコンが俺の前に出て、大盾を構える。
次の瞬間、弓スケルトンたちが一斉に矢を放った。
矢が風を裂くような音を立て、一直線にこちらへ飛んでくる。
バシュン――ッ!
ハーコンの盾がすべての矢を受け止めた。金属が骨を砕くような鈍い音と共に、矢が弾かれる。まるで鉄壁の壁だ。
「無理に攻めるなよ、吉野は一体ずつでよい、わしとエイリクが道を開くのである」
視線の先では、すでにエイリクが一体の弓スケルトンの首を跳ね飛ばしていた。
そのまま二体目、三体目と、回転するように斧を振るい、あっという間に後衛を沈めていく。
「カルシウムが足りておらんのう」
エイリクがこちらに視線を向けると、ハーコンと呼吸を合わせて前衛のスケルトンを一体だけ、俺の前に追い込んでくれた。
「自信を持つである」
「やってみせい!」
呼吸を整える。
(落ち着け……今までやってきた訓練を思い出せ)
タイミングを見て、踏み込む。まずは一撃――!
スケルトンの剣と俺の刀がぶつかり、甲高い音が響く。
ガチガチと骨が軋み、スケルトンが押し返してくる。
それでも体勢を崩さず、踏みとどまった。
「訓練を思い出し、押し返すのである!」
ハーコンの声が飛ぶ。
即座に反応し、重心を前へと移して押し返す。
数合打ち合ううちに、動きが見えてきた。
エイリクとの訓練を思い出す。
あの斧はどこから飛んでくるか分からず、斬撃一つ一つが重く鋭かった。
だが、目の前のスケルトンは違う。
一撃こそ速く鋭いが、攻撃の軌道も単調だ。
(いける……)
慣れてくると、避けるのも容易になってきた。
(ここだ!)
下段から刀をすくい上げるようにして振るう。
ガッ――!
骨に食い込む鈍い手応え。
スケルトンが仰け反った。
その隙を逃さず、二撃目。今度は頭部を狙って真横に振り抜く。
バキィッ!
鈍く砕ける音。頭蓋骨が砕け、スケルトンがその場で崩れ落ちた。
「……っ!」
全身が汗でびっしょりだ。でも、倒せた。俺一人の力で――!
「でかした!」
エイリクが笑いながら近づいてくる。
「次である!」
ハーコンが言うと、残りのスケルトンを盾で押しのけて道を作る。
英斗の前に、一体。
そして、その背後には、二人の戦士がしっかりと控えている。
一人じゃない。
そう思えたとき、恐怖が霧のように晴れていく。
(やれる!)
刀を構え、二体目へと踏み込む。
重心を低く、斬撃を一閃。骨が砕ける音が静寂に響いた。
それからどれほど斬り結んだだろうか。
ハーコンの盾が俺を守り、エイリクの斧が敵の注意を引いてくれた。
その合間を縫うように、俺は最後のスケルトンを撃破していた。
膝に手をつき、肩で息をする。汗が額をつたい、地面にぽとりと落ちた。
「ようやったのう」
「流石我が弟子である」
「いやいや、最初に教えたのはわしじゃ!我が弟子じゃ!」
「何を言っとる、ワシの方が――」
……また始まった。
戦闘の緊張感が嘘のように、バイキング二人が声を張り合い、笑い合う。
思わず口元がほころぶ。肩に力が入っていたことに、ようやく気づく。
緊張の糸がほどけていく――それが、確かな勝利の証だった。
その時、足元に散らばっていた骨の山が、静かに粒子となって宙へ舞い始めた。
黒ずんだ汚れのような瘴気が立ちのぼり、ゆっくりと消えていった。
「……こうやって、消えるんだな」
思い返せば、前にミッションクリアしたときは見る余裕がなかったからな。
こんなふうに、跡形もなく消えていったのか。静かな感慨が胸をよぎる。
スケルトンが消えると赤い石が残されていた。
どこかで見たことがある石だ。
「これは……?」
しゃがみ込み、そっと拾い上げる。
「強欲の石である」
ハーコンが静かに言った。
「モンスターが消えると、それが落ちとる」
エイリクの言葉に、ハーコンもうなずく。
なるほど――以前、川辺で見かけた石。どうして落ちていたのかが分かった。
「拾って帰るぞ。その石は、研究に使われとる」
エイリクが腰をかがめて、ひとつの石を拾い上げる。
と、その時だった。
耳元に、どこかで聞き覚えのある電子音が響いた。
続けて、機械的な女性の声が淡々と告げる。
「レベルが上がりました」
目の前にステータス画面が浮かび上がる。
【クリア報酬】
寿命+60日
レベル:6
名前:吉野英斗
攻撃力:59
守備力:25
年齢:29
体力:28/28
ちから:29
まもり:8
すばやさ:8
残りポイント:8
久しぶりのレベルアップに、思わずガッツポーズを取りそうになる。
……だが、それは叶わなかった。
何にステータスポイントを振るか、慎重に考えようとしていた、その瞬間だった。
「守りが低いのである」
ハーコンの、あまりにも冷静かつ無慈悲な声が響く。
「へ?」
と間抜けな声を漏らす間に、俺の手からライブラがすっ……と奪われた。
「ちょっ、ハーコン!? なに勝手に――」
「ふむ、これで良いである」
そう、俺が何にポイントを振るか思案する間もなく――
残りの8ポイントが、すべて“まもり”に振り分けられていた。
まもり:8 → 16
唖然とする俺を尻目に、ハーコンは涼しい顔で腕を組む。
「何、レベルなどすぐに上がるのである」
まるで何でもないことのように、当然のごとく言い放つ。
「いや、そういう問題じゃ……!」
思わず抗議の声を上げるが、どこ吹く風だ。
(……いや、まあ……守り、大事だし……)
じわじわと来る敗北感とともに、俺は小さくため息をついた。
確実に強くなっている実感がある――それだけが、せめてもの救いだった。