表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/88

第3話 帰郷

ゲーム機を拾ってから1ヶ月ほど経つ。一向にミッションが起こる気配がない。

 まるで、あの一度きりの偶然だったかのように、静まり返っている。


 本当にミッションが発生するのだろうか?

 焦燥感だけが、時間と共に濃くなっていく。


 今日は夜勤で深夜0時からの勤務だ。


 今、店内に客はいない。レジに女性店員が一人立っているだけだ。

 彼女は大学生の村田さん。向井さんとは違い、噂話——特にネットの情報には興味がない子だ。

 ここにきて1年くらいで、今どきの子には珍しく化粧っけのない感じだ。


 店にきて3時間は経つが、客はほとんどこない。深夜帯はこんなものだ。

 村田さんは小説が好きで、特にやることがないときは本を読んで過ごしている。

 一度だけ何の本を読んでいるのか尋ねてみたが、普段本を読まない俺にはタイトルすらわからなかった。

挿絵(By みてみん)

 無口というわけではないが、村田さんから話しかけてくるのは滅多にない。

 無言が耐えられなくなった俺が話しかける——といった具合だ。


 そして今も、その沈黙を破ろうと決心する。「む」と言いかけたところで——


「そういえば吉野さん」


「んぇ!」予想外のことで変な声が出る。


「この間お勧めしてくれた”KDOのうるせぇわい”聴きましたよ。」


 前に同じシフトになったとき、何か話題がないかと絞り出して話したことを思い出す。

 聴いてくれたんだ、と少し感動する。


「歌詞もいいですけど、あの力強い感じの歌い方、好きですね。他にもお勧めの曲ありますか?」


 思わず笑みがこぼれた。

 気づけば何曲か、おすすめを追加で教えていた。


「それと吉野さん?」村田さんが、また話しかけてきた。本当に珍しい。


「この前、看板がどうのってお話されてましたよね? 私にだけじゃなくて、他の人にも聞いてたって……」


「……そんなに気になりますか? 最初から何もなかったのに」


「吉野さんも、やっぱ気のせいだよね?て言ってたじゃないですか?」


 質問というより“不思議そう”な声だった。


 俺は焦って言葉を探す。


「いや...何て言うか、そう!看板を置くべきだと思って、丁度良いスペースじゃないかなって!」


 我ながら素晴らしい回答。


 俺をじろりと見つめ、顎に手をやり「う〰ん」と言って考えている。あまり納得していないようだ。


 そこに、タイミングを計ったかのように向井さんが入ってきた。

 時計を見ると、村田さんと交代の時間だった。


(……ナイスすぎる)


 心の中でガッツポーズを決める。


「もう上がりの時間だね、お疲れ様」


 小さく手を振りバイバイする。


 村田さんは、何かを言いかけるも、帰ることにしたようだ。


「……お疲れさまでした」


 振り返らずにそう言い残し、扉の向こうへと姿を消す。


 その背中に向井さんが声をかけた。


「最近、治安がよくないみたいだから、気をつけて帰るんだよ」


 扉の前で立ち止まり、少しだけ振り返る。


「はい、ありがとうございます」


 そう答えると、彼女は軽く会釈をして、再び歩き出した。


 そういえば、最近ニュースを見ていないことを思い出す。


「そんなに治安悪いんですか?」


「吉野君、ニュースは見なきゃ駄目だよ?」


 軽く注意され、最近の出来事を教えてくれた。


「ここ数ヶ月なんだけど、全国で”やけに”凄惨な事件が多くてね、犯人も見つかってないんだよ。」


「で、ここからはウ・ワ・サ、なんだけど……」


 なかば、やっぱりなと思いながら耳を傾ける。


「遺体の損傷具合が酷いらしくてね。

 たとえば、真上からすごい力で押しつぶされたようなとか、上半身が何かに吹き飛ばされたようなとか……

 なにより損傷した原因が全く分からないんだってさ......。」


「こんなの...普通じゃないよね...」小声で、そう呟いているのが聞こえた。


 看板のことを思い出す。看板のあった場所には小さな破片が落ちていた。

 無くなったのではなく、粉々に吹き飛ばされたとか...

 その考えに背筋に悪寒がはしる。


 この世には人知が及ばない、何かがあることを俺はもう知っている。


 家に帰ってからも、向井さんの言葉が耳から離れることはなかった……


 ♦

挿絵(By みてみん)

 久々に、実家へ帰ることにした。

 最後に帰ったのは……大学生の頃だったか?


 ただ、なんとなく顔が見たくなった。

 いや……違う...なんとなくじゃない。


 不安なんだ。

 不安で、どうしようもなくて。

 だから、せめて知っている顔を見て、少しでも安心したかったんだ。


 こんな年になっても、親孝行なんて一度もしたことがない。

 会っても、気の利いた言葉一つかけられない。

 挙げ句の果てに、……俺のほうが先に逝くかもしれないなんて。


 ……笑えないな。


“終活”なんて言葉、他人事だと思ってた。

 けど今なら、ほんの少しだけ……分かる気がする。


 ゲーム機に表示された【寿命】

 それが本当なら、まだ十年近く時間はある。


 だけど、本当に? 本当にその時間を生きていられるのだろうか?


 例えば、ゲーム機に「残り寿命10年」と表示されていれば、その間は何があっても死なないのか?

 ……きっと違う。


 ステータス画面には“体力”という項目がある。

 一般的なゲームなら、体力がなくなれば──死。


 つまり、十年生きられる保証なんてないのだ。

 まあ、俺に限らず、明日を生きられる保証は誰にもないんだけどな。


 結局、十年という時間に甘えてなんかいられないんだ。


 皮肉だな。

 死にたいと思うことはなかったが、生きることにも興味はなかった。


 ただ流されて、何となく日々を繰り返してきただけだった。


 それが今は──


「死にたくない」と、心から願っている。


 今になって、ようやく、命にしがみつこうとしてる。


 生きる意味も、価値も、目的も、分からない。

 それでも。


“生きていたい”と、そう思えたんだ。


 ♦


 俺の住むアパートから、新幹線や電車を乗り継いで三時間ほど。

 久々に降り立った駅は、昔と変わらない空気を纏っていた。


 家族は両親と俺だけ。兄弟はいない。

 両親は六十代後半だったはずだが、はっきりとした年齢は忘れた。


 親父は、ごく普通のサラリーマンだったが、もう定年退職したのだろうか?

 それすら知らない。


 別に、親と仲が悪かったわけじゃない。

 ただ、いつの間にか疎遠になっていた。


 母さんは専業主婦で、昔から俺のことをよく心配していた。

 今でもそうなのだろうか。


 実家は駅から少し離れていて、バスなら5分、徒歩なら30分くらいの距離だ。

 住宅街にある2階建ての青い屋根の家だ。


 普段はバスに乗るのだが、今日は歩きたい気分だった。

 変わった街並みと、変わらない風景。

 そのどちらにも、新鮮さと懐かしさがあった。


 もうすぐ家につく。

 でも、連絡はしていない。驚かせたかったわけじゃない。ただ――連絡を取る勇気が、なかった。


 玄関の前で、深呼吸をひとつ。

 帰ってきただけなのに、妙に緊張する。


 そっと、呼び鈴を鳴らした。


 ……しばらくして、インターフォン越しに声が響いた。

 懐かしい声。母さんだ。


 俺は少し躊躇したのち、小さく呟く。


「……ただいま」


 インターフォン越しに、動揺しているのが伝わってくる。


「英斗……! あんた……今まで何しとったん?」


 声が震えていた。

 インターフォンが切れ、慌ただしい足音が近づいてくる。


 玄関が勢いよく開き、母さんが飛び出してきた。

 言葉を失ったまま、俺を見つめ――その場に立ち尽くす。


 ほんの数秒の静寂。


 やがて、震える声が静寂を破った。


「今まで連絡もしいひんと、どれだけ心配したと思っとぉ? 急に帰ってきて、どないしたん?」


 涙を浮かべながらまくし立てる母の声が、胸に突き刺さった。


 俺は何故か、顔を見ることができないでいた。


 俯きながら、小さく呟く。


「……ごめん……」


 言葉にした瞬間、堪えていたものが一気に崩れた。

 溢れる涙が止まらない。


「ごめん……ごめん……」


 嗚咽混じりに繰り返す俺を、母さんは何も言わず、そっと抱きしめてくれた。


 こんな年になっても、俺はまだ……子どものままだった。


 ♦


 ——翌朝。


 親父は相変わらず寡黙でしゃべらなかったが


 毎日のように俺から連絡はないのかと聞いていたそうだ。


「もっとゆっくりしてったらええのに」


 心配そうな母さんの顔。


「たまには連絡するから。親父にも、ありがとうって伝えて」


 心からの感謝の言葉だった。


 家を出て振り返ると

 俺の姿が見えなくなるまで、手を振る母の姿に

 心の中で「ありがとう」と手を振り返した。


 駅までの道を、今日も歩いて戻る。

 ちょっとだけ遠回りして公園にも寄ってみた。


 ——来てよかった。


 なんだか、心が軽くなった気がする。

 久しぶりに、人の温もりに触れた気がする。


 次はいつ帰ろうか。

 そう思っていた、そのとき——


 突然、警報音が鳴り響いた。


 ——ミッションが発生したのだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お母さんとの対話から吉野さんが、善良に生きて来たことが伝わります。 会社をやめるきっかけになった上司は、よほど問題のある人だったのでしょうね。 村田さんの帰り道に何者かが待ち伏せしているようで、気にな…
「この世には人知が及ばない、何かがあることを俺はもう知っている。」 知っているのだから、身を守るために、せめて特殊警棒くらい常に身に着けていたらと思う。そんなに邪魔にならないと思うし。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ