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第28話 乾杯

 言い争っていたかと思っていたら


「ふん、吉野はなかなか筋がよかったのう」


「うむ。飲ませてやる価値があるのである」


 ……って、何の基準だよ。


「よし、決まりじゃな!行くぞ吉野、酒じゃ!」


「えっ、今から?」


「今からでなければ、いつ飲むんじゃ!」


「若者は付き合いが悪いのう。まぁよい。今日の主役はお主じゃ」


「所属祝いである!」


 そう言って俺の背中をぽんぽん叩く。……重い。


 ということで、流れるように3人で本部内にある酒場兼食堂エリアに向かうことになった。


 *


「吉野、ここのクラフトビールが絶品である」


「いやいや、まずはノルウェーの蜂蜜酒を飲まねばならん!」


 俺の前には、すでに3種類の酒がずらりと並べられていた。


 テーブルの上にはソーセージ、燻製肉、焼き野菜、チーズの盛り合わせがずらり。 食堂というよりは、完全にバイキングの晩餐会だった。


「で、吉野。訓練の感想はどうじゃ?」 「……正直、めっちゃキツかった。でも、ちょっとだけ楽しかったよ」


 するとエイリクが満足げにうなずき、ハーコンも「うむ」と静かに頷いた。


「いいぞ、もっと飲めい!」

「もっと飲むがよい」


 ガハハハと声が響き渡る。


 その後、何杯目かの酒が空いたころ――


「吉野さん探しましたよ〰部屋に行ったらいないんですもん」


 にぎやかな声とともに、ひょこっと現れたのはルチアとジャンだ。


「せっかく私たちが誘おうと思ってたのに、吉野さん達だけずるいです!」


「ほらルチア君それくらいにして」


 ジャンがルチアをなだめる。


 軽く咳ばらいをし

「吉野さん、所属おめでとうございます~!」

「吉野君、改めてよろしく」


「……なんで知ってるんだ」


「ふふん、私たちの情報網ナメちゃだめですよ~」


「よし、ルチアもジャンも飲めい!」

「祝いの席だ、しっかり飲むのである!」


「やったー!さすが私の師匠たち!」


「お主を弟子にした覚えはないぞ!」

「礼儀を教えたほうがよいであるな!」

 と、二人がうなる。


「僕はワインを頂くよ」


 そう言ってワインを注文する


「飲む気満々だな……」


「吉野君、今日の訓練はどうでした?」


「……疲れましたけど、面白かったです。普通なら明日、全身筋肉痛でしたね」


「それは何より」


 淡々としながらも、ほんの少しだけ口元が緩んだように見えた。


 この席には、バイキング達と頭脳派のスーツ男。

 そしてその隙間をルチアの笑顔が飛び跳ねている。


 不思議なメンバーだ。


 でも、妙に居心地は悪くない。


「それにしても吉野さん、意外とやるじゃないですか〜」

 ルチアがソーセージをつまみながら言う。


「“意外と”ってなんだ」

「だって最初、なんか……ぽやんとしてたし……」

「ぽやん……」


 ジャンがすっと横からフォローに入る。

「いや、吸収力はかなりのものだよ。少なくともルチア君よりは――」

「え? え!? ちょっとジャンさん!」


「うるさいのう。黙って飲まんか」

 エイリクが骨付き肉をかじりながら、ぐいっと酒を煽る。

「わしの若い頃はな、訓練と宴を同時にしておったもんじゃ」


「そのとおりである」

 ハーコンが同調する。


「多分あなた達だけですよ」


 ジャンがワインを飲みながら肩をすくめて見せた。


「私もここいいかしら?」


 そういうと空いている席に座る人物――


 マチルダ先生だ。仕事が終わったのだろう白衣は着ていなかった。


「お飲み物は?」

 気が付くと、まるで執事のように先生の横にジャンがいた。


「ワインを頂こうかしら?ジャン君ありがとう」


 軽く会釈をするとジャンはワインを取りに消えていった。


「先生このステーキがうまいんですじゃ」


「何を言う、まずはこのショットブラールである」


 二人が争いを始めそうになるとルチアが割って入った。


「先生、このマルゲリータが最高なんですよ!」


 マチルダ先生は、ありがとうと言うと、ルチアからピザを受け取った。


「あとで、お肉料理も頂くわね」

 にこやかにバイキングコンビにもフォローを入れる。


「マチルダ先生、お待たせいたしました」

 ジャンが紳士の如き動作でそっと、ワインをテーブルに置いた。


「吉野君、さっきは言いそびれたけど、改めてよろしくお願いします」


「あっ……は、はい!こちらこそ!」

 白衣を着ていない先生も雰囲気が違って、思わずドキドキしてしまった。


 視線を感じて目をやるとルチアがニヤニヤとこちらを見ていた。


 くっ鼻の下が伸びていたかもしれない。不覚だ……


 それからしばらく食事と会話を楽しんでいると


「そうじゃ吉野、お主、寿命が少なかったの? なぁ、ハーコン」


 エイリクが言うと、ハーコンが隣でうなずいた。


「そうであるな」


 次の瞬間、エイリクが唐突に俺の胸に向けて手をかざした。


「ヴェルギス!」


「なっ……!」


 あの言葉。――忘れるはずがない。あの日、シゲルと岩屋が俺の寿命を奪ったときに聞いた“呪い”のような声。


 血の気が引き、一気に酔いが覚めた。


 反射的に立ち上がり、エイリクを止めようとした――が。


「参った」


 そう言った彼の胸元から、ふわりと白い光が立ち上がり、俺の胸へと吸い込まれていった。


「……え?」


 呆然としていると、今度はハーコンがこちらを向いて、静かに呟く。


「ヴェルギス。……負けである」


 またしても淡い光が、今度はハーコンの胸から、俺の中へと流れ込んでいく。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、今のは……!」


「2人とも、吉野君が驚いているじゃないか。きちんと説明を……」


 ジャンが口を挟もうとしたが、エイリクとハーコンはそれを遮るように、またもやグビリと酒を煽った。


「うるさいのう、酔いが醒めるわい」

「……であるな」


「すまない、吉野君」


 ジャンが小さくため息をついて、優しく促した。


「一度、ライブラでステータスを確認してごらん」


 言われるまま、俺は震える指で画面を開いた。


(……え?)


 ぱっと見は変化がなさそうだったが、よく見ると――


【寿命:4年80日】


 あのとき奪われたはずの寿命が延びていた。


 エイリクとハーコンに視線を向けると、二人はちょっとだけ恥ずかしそうに、けれど誇らしげに。


「祝いじゃ」


「である」


 小さく、声を揃えて言った。


「……今のスキルって、寿命を奪うものじゃ……?」


 俺の問いに、ジャンが静かに頷いた。


「正確にはスキルではなく、ライブラの特殊機能のひとつでね。レベル10から使用が可能だよ」


「“寿命を賭けて戦い、勝てば奪い、負ければ倍の寿命を渡す”――それが“ヴェルギス”なんだ」


 シゲルの言葉を思い出していた。「バトルするまでもなく奪えますね」


 あの日の俺は戦う前から心が折れていた。戦うまでもなく負けていたんだ。


 ビールを傾けながらハーコンが言った。


「その寿命では、明日からの訓練に身が入らんであるからな」


 2人が優しく力強い声で


「「共に生きようぞ」」


 二人のグラスが合わさる音が聞こえた。


 涙が頬を伝った。


 そんな俺の様子を見て、ルチアがビール片手にふにゃっと笑った。


「も〜おじいちゃんたちが吉野さん泣かした〜」


「人聞きの悪いことを言うでない」

「主らが吉野を見つけなかったのが悪いのである」


「ひどーい、ジャンさん何か言ってくださいよ〜!」


 ジャンはワインを飲みながら静かに言った。

「ルチア君がもっとしっかりしていれば、こうはならなかったかもね」


「えぇぇぇぇ〜〜〜っ!? ひどいぃ〜〜っ!」


 マチルダ先生はそんな俺たちを微笑ましく見ている。


 笑い声と冗談が飛び交い、グラスが何度も打ち鳴らされる。


 エイリクがビールを掲げ声を上げた

「吉野に」


 皆の声が重なる

「「「「「乾杯!!」」」」」

挿絵(By みてみん)

 この夜、ノウシスの片隅で小さな祝宴が開かれた。

 それは、俺にとって初めての“仲間と飲む酒”だったのかもしれない。

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― 新着の感想 ―
(五色いずみ) エートさんはようやく居場所をみつけられたようですね。 ドーワーフお爺ちゃんに寿命も伸ばしてもらったし、至れり尽くせり。 宿敵(?)シゲルたちとのリベンジ再戦はまださきかな…… と想像…
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